CPなしの小説

久方ぶりに幼き日を過ごした氷の地を踏んだ。
この極寒の海から海底神殿へ導かれて、そう長い時は経っていない。それでも、既に自分はあちら側の人間なのだ、という感覚は拭えなかった。
師と同じように、厳しくも穏やかにアイザックを育んでくれた自然は変わらずそこにある。
しかし薄い壁一枚に隔てられているかのように、冷たさが容赦なく肌を突き刺してきた。
……自分はもう海闘士なのだ。決して戻れはしないのだ、と突きつけられたような気がした。先へは進まず、己が守護する北氷洋の柱へ戻ってしまおうか、とも誘惑に駆られる。
それでも見慣れた小屋の明かりが見えると、ふらふら吸い寄せられる蜉蝣かげろうの如く、勝手に足が進んでいった。

そうして、辿り着いた重い扉を押し開ける。
暖かな室内でアイザックを迎えてくれたのは、かつてと何も変わらずに微笑む師と弟弟子だった。
「おかえり、アイザック」
幼い頃と同じように言葉をくれる二人に、知らず頬は紅潮し目頭は熱くなる。
「……ただいま」
俯き気味にそう返すのがやっとで、気が付けば水瓶座アクエリアスの黄金聖闘士である師の師までが背後に立っていた。
忙しいに違いないのに、とアイザックが礼を伝えると、私が来たかったのだ、と水と氷の魔術師は微笑んだ。
候補生であった時、ついぞ見ることの無かったカミュの穏やかな顔はどこか師・水晶聖闘士に似ていてくすぐったい。
だがなんとなく、常に紳士然としている師よりもカミュの方が幼い表情である気がした。
聖闘士の中でも至高の存在たる人へのあんまりな感想に戸惑っていると、当のカミュから視線を感じた。
「カミュ……?」
「……いや…………大きくなったな、と」
微かに目を細め、カミュはアイザックの頭に手を乗せる。
かつては見上げるほどあった身長差はもう頭一つ分もない。
それが何故か無性に哀しく感じた。聖域の最高位たる黄金聖闘士。対して己は海界の最高位たる七将軍。
神に遣える戦士としての立場はそう変わらない。
だが星の導きのない非正規の聖闘士たる師は、青銅である弟弟子に至っては。実力はともかく、立場の差は下位と呼べてしまうのだと改めて思い至ってしまった。
かつて目指した背中は遠かった。しかし今はこれ程近くにある。その事実が、何故かアイザックの目頭を熱くした。
冷静であれと、クールであれと教えた弟子の不出来さを師達はどう思うだろうか。
情けない、と思えど止められなかった。
かつて海底神殿で彼らを甘いと否定したが、やはり己こそ甘い未熟者なのだ。
ポタリ、ポタリと足下に水が落ちる。
俯いたアイザックは顔を上げる術を持ち合わせていなかった。
「アイザック」
カミュが硬い声で名を呼んだ。
何と返せば良いのか、アイザックには分からなかった。そのまま黙っていると、肩に手が置かれた。
「顔を上げなさい。仮にもクラーケンの海将軍たる男がそんなことでどうする」
咎める声に唇を噛む。だが、続いた言葉は予想と異なる暖かい色が付いていた。
「道を違えても私の孫弟子だとも。己を誇り、常に前を向いて歩きなさい」
耳に入った言葉が視線を上げさせた。
しっかりと目が合ったカミュは穏やかな表情でアイザックを優しく抱き締めた。
信じられない事象の発生に視界がぼやける。
私の役割を盗らないでください、と言う水晶聖闘士やズルいですよ、アイザックだけですか、という氷河の声が遠くに聞こえた。
やはり皆クールには程遠い。そう思いながらもアイザックは年若い祖父師の背中に腕を回した。
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