良亜美

ガヤガヤと多くの人で賑わう日曜日。
浦和良は遊園地の入場ゲートで人を待っていた。
春光が心地良い休日、となれば周囲には親子連れやカップルの姿が溢れている。子供特有の甲高い声を上げながら走り去って行く幼い兄妹と、彼らを追う両親。微笑ましいその光景を横目に見ながら、良はそろそろだろうか、と腕時計に視線を落とした。
「良くん!」
水面に広がる波紋のように、耳に届く、聞き馴染んだ声。
顔を上げた先には、人の波を縫い此方に向かって来る待ち人が見えた。
「ごめんなさい……! 30分も遅れてしまって……。」
急いで走って来たのだろう。彼女の額には汗が滲み、息もすっかり上がっている。
慌てて呼吸を整えようとする恋人に良はそっと微笑んだ。
「大丈夫ですよ。困っているお婆さんが居たのでしょう?」
驚きに目を丸くした亜美は、良の顔を覗き込み小さく囁いた。
「予知が見えたの?」
……彼、浦和良には幼い頃から予知能力があった。

数年前。彼らがまだ中学生の頃だ。
太古の王国から続く因縁により、平穏に暮らしていた少女たちは戦場に身を投じた。
セーラームーン、セーラーマーキュリー、セーラーマーズ、セーラージュピター、セーラーヴィーナス。
クイン・メタリアを大いなる支配者と仰ぐダークキングダムとの壮絶な戦いの末、5人のセーラー戦士は未来を勝ち取った。
そして、ダークキングダムに属する妖魔の中でも最強と呼ばれた《妖魔七人衆》の一人。妖魔ブンボー。
……それが良の前世の姿であった。

古の時代、妖魔七人衆は月の王国との戦いでその身に幻の銀水晶の欠片である虹水晶を封印されていた。それ故に死した後、七人の妖魔は聖石の力によって人間として転生することになる。
七人衆の他の面々が何も知らず只人として暮らす中、良は知りたくもなかった前世の出来事を知ってしまった。己の背負う宿命を。
持って生まれた未来予知の力によって。

良が自分の能力が示すのは現実に起こる未来であると理解し始めた頃。悍ましい未来が見えた。
人ならざる者へと変化する未来。他人を傷付ける自分。恐ろしい過去。……幼い少年にとっては絶望にも等しいものであった。
稀覯な力も、自分は人ではないのだ、と暗示しているように思えてならなかった。
……そんな中で迎えた、あの運命の日。
良は、未来予知は胎内に封印された虹水晶の影響だと考えていた。だから虹水晶を取り出され妖魔化した後、長く自分を悩ませてきた能力は消え去る。そう思っていたのだ。
二度目に狙われ、セーラー戦士たちにコンタクトを取った時、既に残された力は僅かだった。今回見た予知が恐らく最後のものになるだろう、と。その時の良には確かな予感があったのである。
しかし闇と共に一度滅び、再生したこの世界で記憶を取り戻した彼には再び同じ……いや、以前よりも強い力が宿っていた。
浦和良として生を受けた世界において、良にとって予知能力というものは疎ましくて仕方のないものだった。
セーラーマーキュリーこと水野亜美と出逢い、己の運命を受け入れ、切り開くことを決めるまでは。
彼女と出逢った事。彼女たちと関わり、救われた事は彼にとって正しく人生の分岐点であった。
最初の出逢い。二度目の交流。そして再会。それらを経て、互いに掛け替えのない存在となった二人。まだまだ幼い恋ではあるが、想いは既に揺るぎなく確固たるものである。

強すぎる能力に――決められた未来に怯えていた、かつての少年を知っているからこそ亜美は不安そうな表情を向ける。
だが今の良は怯えるだけだったあの頃のままではない。
「心配しないでください。随分と制御出来るようになってきましたから。」
そう言って、恋人となった少女を安心させるように微笑んだ彼の表情は、数年前とはまるで違っていた。
光の導き手となってくれた少女たちとの再会を果たした時、自らの運命を受け入れる覚悟をした少年はある決意をした。
能力は才能。ギフトであると。天から贈られたものを祝福とするか、呪詛とするか。それを決めるのは自分自身であり、どのように使用するかであると。
そう受け留めた時、彼は初めて忌み嫌っていた能力を授かった事に感謝した。力があればこそ彼女たちと親しくなり、何よりも大切な、守りたい人が出来た。
戦いの場において僅かな可能性を見出し、仲間たちを導く役目を持つセーラーマーキュリー。なくてはならない戦士たちのブレーンを少しでも支える事が出来るなら。役に立てるなら。なんと自分は幸運なのだろう、と。
「良くん……。」
何かを言いたそうにしている亜美を遮り、良は努めて明るい声を上げる。
「あ! 亜美さん、あそこに行ってみませんか?」
良が示した先には、パステルカラーのファンシーな外観とは裏腹に難易度が高いと評判のミラーハウスがあった。
可愛らしいお姫様が住んでいます、とでも説明が付いてきそうな城の中に足を踏み入れると、当然辺り一面が鏡張りだ。外からの光は完全に遮断されている為、装飾は照明で鮮やかに照らされ、鏡に反射した光輝がキラキラと眩しい。
そんな中に浮かび上がった、幾重にも重なる自分たちの虚像。正直何処が鏡で何処が通路なのか全く分からなかった。
だがじっとしていても仕方がない。とにかく進もう、と良が選んだ場所には残念ながら、鏡の壁が鎮座していた。
良は強かに頭をぶつけ、痛みに蹲る。
「良くん、大丈夫!?」
慌てて駆け寄り声を掛ける亜美だが、問題ないと言いながら立ち上がる恋人の顔の赤いこと……流石の才媛も肩を震わせずにはいられなかった。
はは、とはにかんだ良の顔は更に色味が増していく。
その様を視界に捉えた亜美は、ふわりと優しい笑顔を浮かべ、正解の通路へとパートナーを誘った。

……自ら誘っておいて情けない限りであるが、出口に辿り着く頃にはすっかり良はぐったりしてしまっていた。亜美が居なければ途中で白旗を上げただろう事は疑いない。
クスクスと控えめな笑い声が聞こえると、もはや頭をかいて誤魔化すしかなかった。
「今度はあれに乗りましょう。」
別段気負っていたつもりはないのだが、良は《エスコート》という単語を頭の中の辞書から破り捨てることにした。
まるで子供のようにはしゃいで表情を変える亜美は珍しい。普段、真面目な顔で参考書に向かっている姿を見ることが多いだけに、随分と新鮮に映った。
うさぎ達と一緒だと、どうしても自分がしっかりしなければ、と考えてしまうのだろうか。
勿論、彼女達と居る時の亜美が楽しんでいないという訳ではない。それはそれで楽しげな恋人の姿を目撃している。
正直に言って、嫉妬がないと言えば嘘になる。
しかし彼女たちの仲の良さは、一朝一夕に始まったものでもない。前世からの縁とは別に、今生、ただの少女としても特別な存在の友人である。そこに対して、恋人だからと勝手な口を出す権利はない。
……そう理解してはいても、酷くもどかしく思う時がある。それこそ己の傲慢であろうかーー余談ではあるが、美少女戦士たちの恋人の地位にある者と話すと、殆どの者が同じ様な事を口にするのが興味深い所である。
閑話休題。お昼を過ぎると、流石に人の波に抗うのが難しくなってきた。気を抜くとはぐれてしまいそうだ。
どうしたものか、と考えていると急に右手を掴まれた。驚きに隣を見れば、顔を真っ赤にした亜美がいる。
「はぐれるといけないから……。」
喧騒で聞き逃してしまいそうな程、ごく小さく呟かれた言葉。良は嬉しさと恥ずかしさで顔がにやけるのを抑えられない。思わず手の甲で口元を隠し、そっと手を握り返した。
今、自分は恋人にはとても見せられないような顔を晒しているに違いない。
きちんと付き合っている、と言える関係になってから少し経つが、手を繋いだりという接触はなかった。
望んでいなかった訳ではなく、ただ切っ掛けが掴めずにいたのだが、照れ臭さと、呆れられたりしないだろうかという気持ちの方が勝っていた事も事実である。
そんな中、亜美の方から触れてくれた現状が良にとってどれほどの意味を持つか。

繋いだ手は、とても暖かかった。
にも関わらず、良よりもずっと小さい。この手で世界を守り、仲間と辛い戦いを乗り越えて来たのだ。

……そう考えると、どうしようもなく胸が熱くなった。
自分は自分に出来る事をしよう。
何があっても、この手を離さないでいよう。
彼女が自分自身を曝け出せる場所でいよう。
彼女を、水野亜美という一人の女の子を守ろう。

……そう決意を新たにした良は、ふと気恥ずかしくなり考えた。手を繋ぎながら、揃って林檎みたいに赤くなっている二人は、周りの人たちの視界にどう映るのだろうか、と。
4/12ページ
スキ