まもうさ

六月。水無月とも言う。
世間一般には梅雨時でジメジメして蒸し暑く、祝日もない、一年でも特に面白みのない月だろう。
けれども、この男にとっては一年で最も財布が寂しい……もとい、晴れやかな月である。
「まもちゃん、まもちゃん! あたし、クレープ食べたい!」
「いーわね! まもちゃーん、あたしもクレープ食べたいなぁ?」
元気に甘えた声を出す二人に衛は苦笑いを禁じ得ない。
「さっき、ハンバーグとかき氷食べてなかったか?」
言うだけ言ってみるが、返ってきたのは甘いものは別腹です、という二重奏。
両手にぶら下がったショッパーとポケットの財布に思いを馳せても責められはすまい。
もっとも、すぐそこに美味しいお店があるのだ、と腕を引っ張る二人に仕方がない、と返す顔は誰が見てもにやけている。
ここに内部太陽系戦士の四人がいたなら、「衛さんは二人に甘い!」「結局ベタ惚れなのよねー」などと生暖かい目で見られること請負である。

雑誌に載っていたのだというオススメの店を目指して住宅街を道なりに進む。
それに連れて、ガラーン、ガラーン、という音が徐々に大きく聞こえ出した。
「何の音?」
「鐘の音、じゃないか?」
「あれじゃない?」
辺りが開けたと思えば、白い壁が見えてくる。中々に広い敷地を囲って立つその隙間から、一層白く輝いて見える姿が目に入った。
おめでとう、と口々に上がる歓声が少々距離のあるこちらまで聞こえてくる。
間を置かず、隣から息を呑んだ気配を二つ感じて衛は笑った。
顔を向ければ、タイミングだけでなく表情までそっくりなうさぎとちびうさが壁の向こうの花嫁に憧れの眼差しを向けている。
純白のドレスが建物の中に消えるまで、存分に熱い視線を送り続けたうさぎは熱に浮かされたような顔をして言った。
「早くお嫁さんになりたいなぁ……」
別段初めて聞く言葉ではなかった。
にも関わらず、やけに鼓動が煩い。
「だったら、あたしはまもちゃんのお嫁さんになるー!」
未来の娘が腕に飛び付いて来て、衛の肩が下がった。油断していた為、地味に痛いのだが間髪入れずに沸騰したうさぎの声が響く。
「ぬわぁんですってー!?」
「いーだ。あたしのまもちゃんだもん!」
「あたしのまもちゃんなのよ!?」
やいのやいの。放って置けばヒートアップする事は経験上目に見えている。
掌をそれぞれの眼前に突き付けて、衛は毅然と言い放った。
「二人ともストップ! うさこ、大人げないぞ?」
まぁもちゃーん、と情けない顔をしている恋人を宥め、可愛い娘に目をやればアカンベーをしている姿をばっちり見てしまった。
「ちびうさ?」
「……ごめんなさぁい……」
気まずそうに赤い瞳を逸らす姿が、心に疚しい事のある時のうさぎに似ていて吹き出しそうになった。ブーイングが凄いに違いないので何とか押し留めたが。
全く仕方がない、という意味を込めてピンクのお団子頭をぽんぽん、と叩く。すると心から嬉しそうに右手が伸ばされた。
当然とばかりに手を繋いだ衛にちびうさは満面の笑みを浮かべ、続けて渋々、といった風にうさぎへと左手を差し出す。
うさぎは呆れて肩を竦めるが、手を繋ぐ事に否やはないらしい。時々子供のような喧嘩もするが、まだ産んでもいない娘にすっかり母親の顔をするようになったな、と衛は感慨深くなった。
「……子供の前に結婚だよなぁ」
「え? なんて?」
「まもちゃん、聞こえなかったよ?」
「いや、なんでもないよ」
きょとん、と見上げてくる大切な家族になんとか笑顔を返す。
思わず口に出していたことに驚いて、顔が熱くなるのが分かった。
「お目当てのクレープ屋さん、まだ先なのか?」
「もうちょっとだよ!」
「早く行こう!」
二人とも上手く誤魔化されてくれたらしい。鼻歌まじりに購入する甘味の相談を始めている。
つい今し方、言い争っていたことが嘘のようだ。
楽しげに並んで歩く自分達の姿を思い浮かべて、衛は内心で呟いた。

家族、か。

六月の花嫁はジューンブライド。
家族や友人に囲まれて幸せに笑う花嫁は、花婿にとって一体どれほど愛おしいものだろうか。

いつか。そう遠くない未来。
堂々と親子として、今日と同じように歩ける日が楽しみだと思った。
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