良亜美
ピロン、と軽快な音が響く。
ディスプレイに表示された時計は日付が変わったことを示している。こんな時間にメッセージとは珍しい。仲間からの緊急連絡ならばスマートフォンではなく通信機を使うだろう。クラスメイトの誰かだろうか、と亜美は端末を手に取った。
「……良くん?」
液晶画面に表示されていたのは恋人の名だった。
――まだ起きていますか?――
夜も更けたこの時間に一言だけのメッセージ。とはいえ、疑問形の言葉は彼らしかった。亜美がこの時間まで起きていることなど彼には分かっている筈なのだから。
――起きてるわ――
どうしたの、と返事を返す。
それだけのことだが、何故だかそわそわした。
良が転校してきて、半年以上が過ぎた。正式に恋人としてのお付き合い、というものが始まって、半年が経ったのである。
だのに落ち着かない。長い片想いが叶ったばかりのように、メッセージのやり取り一つでこんなにも気持ちが暖かくなる。口角が上がって、表情を取り繕えなくなるなんて。この半年で、今まで知らなかった気持ちを沢山知った。初めての経験も沢山あった。
……きっとそれはこれからも続いていくのだ。
そう思うと、素直に嬉しいと思えた。
確定した未来なんてない。けれども亜美には確信があった。
今なら、仲間たちと恋バナに花を咲かせることも出来るかもしれない。
いざそうなれば、気恥ずかしさで碌に話せない自分の姿も想像は付くが。
――少し、バルコニーに出て来れますか?――
新しく表示されたメッセージに亜美は首を傾げた。
少し迷ったが、顔を見れるのならやはり嬉しい。大丈夫よ、と送信して薄手のカーディガンを羽織った。バルコニーへ出る窓を開けると、部屋に風が吹き込んでくる。乱れた髪を手櫛で整え、亜美は外へ出た。
「亜美さん」
良は既に部屋から出て来ていた。
部屋の灯りが互いを照らして表情がよく見える。亜美の顔を見た良はほっとしたような、それでいて申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「こんな時間にすみません」
「良いのよ。それよりもどうしたの?」
意識を巡らすまでもなく、自分が笑っていることが分かった。昨日も学校で一緒だった。夕方は図書館にいて、塾の帰りも一緒だった。今日も、寝て起きたら、登校時に会える。
1日の内、それなりに長い時間を一緒に過ごしている自覚はあった。にもかかわらず、顔を合わせる時間が少し増えただけでも嬉しいと思えることを不思議に感じた。
「メッセージを送ろうかとは思ったんですけど、どうしても直接言いたくて」
はにかむ良が何を言いたいのか、亜美は全く理解が及ばなかった。恐らくそんな胸中を察したのだろう。良は一瞬苦い顔になった。
けれどすぐにいつもの優しい表情 かおに戻る。そして口を開いた。
「お誕生日おめでとうございます」
……亜美は思わず数度瞬きをする。
言葉がただ文字として頭の中を巡り、意味を理解するまで時間がかかってしまった。
「あ、ありがとう……」
「すみません、わざわざ出て来てもらっておいて……」
頭を掻く良の姿は照れている、というよりもシュンとしている、という風が正しいように見えた。そしてそう思い至って亜美は焦った。
ぎこちない言葉で誤解させてしまったかもしれない。
「違うの! ごめんなさい……! その、まさか今お祝いしてもらえるなんて思ってなかったから!」
すごく嬉しい、と伝えたいのに、言葉が出てこない。もどかしさに顔が赤くなる。
「亜美さん……」
良は目を丸くして、しかしすぐに柔らかい笑みを浮かべた。ほっと胸を撫で下ろし、亜美はそっと言葉を押し出す。
「……ほんとうに……ありがとう……」
良がいくつかのボタンを押せば済むことだった。
端末の文字でだって想いは伝わる。
おめでとう、という画面上のメッセージであっても、亜美は喜んだに違いない。けれど、文字にするより先に声で伝えてくれた。
わざわざ外に招いて、日付が変わってすぐに、面と向かって直接祝いの気持ちを紡いでくれた。
「……良くんのお陰で素敵な誕生日になったわ。ありがとう」
心からの気持ちを込め、亜美は真っ直ぐに良を見た。視線を受け止めた良が此方に手を伸ばす。
「……まだ、日付が変わったばかりですよ」
もっと、素敵な1日にしましょう、と差し出された手に自身の手を重ねた。
「そうね……そうだわ。こんなに素敵に1日が始まったのだもの」
きっと、素敵な1日になるに決まっているわ。
自信を持ってそう言えることに、思えることに驚いた。
恋はこんなにも人を変えるのかと、くすぐったい気持ちが湧いてくる。
それは勉強の虫である亜美にとって、良い変化なのか否か。今の亜美には分からない。
分かるのは、この選択を後悔なんてしないということ。
いま繋いでいるこの手を離したくないということだけ。
学校があるのだから眠らなくては、と思えど、温もりの名残惜しさに暫くそのまま佇んでいた。
ディスプレイに表示された時計は日付が変わったことを示している。こんな時間にメッセージとは珍しい。仲間からの緊急連絡ならばスマートフォンではなく通信機を使うだろう。クラスメイトの誰かだろうか、と亜美は端末を手に取った。
「……良くん?」
液晶画面に表示されていたのは恋人の名だった。
――まだ起きていますか?――
夜も更けたこの時間に一言だけのメッセージ。とはいえ、疑問形の言葉は彼らしかった。亜美がこの時間まで起きていることなど彼には分かっている筈なのだから。
――起きてるわ――
どうしたの、と返事を返す。
それだけのことだが、何故だかそわそわした。
良が転校してきて、半年以上が過ぎた。正式に恋人としてのお付き合い、というものが始まって、半年が経ったのである。
だのに落ち着かない。長い片想いが叶ったばかりのように、メッセージのやり取り一つでこんなにも気持ちが暖かくなる。口角が上がって、表情を取り繕えなくなるなんて。この半年で、今まで知らなかった気持ちを沢山知った。初めての経験も沢山あった。
……きっとそれはこれからも続いていくのだ。
そう思うと、素直に嬉しいと思えた。
確定した未来なんてない。けれども亜美には確信があった。
今なら、仲間たちと恋バナに花を咲かせることも出来るかもしれない。
いざそうなれば、気恥ずかしさで碌に話せない自分の姿も想像は付くが。
――少し、バルコニーに出て来れますか?――
新しく表示されたメッセージに亜美は首を傾げた。
少し迷ったが、顔を見れるのならやはり嬉しい。大丈夫よ、と送信して薄手のカーディガンを羽織った。バルコニーへ出る窓を開けると、部屋に風が吹き込んでくる。乱れた髪を手櫛で整え、亜美は外へ出た。
「亜美さん」
良は既に部屋から出て来ていた。
部屋の灯りが互いを照らして表情がよく見える。亜美の顔を見た良はほっとしたような、それでいて申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「こんな時間にすみません」
「良いのよ。それよりもどうしたの?」
意識を巡らすまでもなく、自分が笑っていることが分かった。昨日も学校で一緒だった。夕方は図書館にいて、塾の帰りも一緒だった。今日も、寝て起きたら、登校時に会える。
1日の内、それなりに長い時間を一緒に過ごしている自覚はあった。にもかかわらず、顔を合わせる時間が少し増えただけでも嬉しいと思えることを不思議に感じた。
「メッセージを送ろうかとは思ったんですけど、どうしても直接言いたくて」
はにかむ良が何を言いたいのか、亜美は全く理解が及ばなかった。恐らくそんな胸中を察したのだろう。良は一瞬苦い顔になった。
けれどすぐにいつもの優しい表情 かおに戻る。そして口を開いた。
「お誕生日おめでとうございます」
……亜美は思わず数度瞬きをする。
言葉がただ文字として頭の中を巡り、意味を理解するまで時間がかかってしまった。
「あ、ありがとう……」
「すみません、わざわざ出て来てもらっておいて……」
頭を掻く良の姿は照れている、というよりもシュンとしている、という風が正しいように見えた。そしてそう思い至って亜美は焦った。
ぎこちない言葉で誤解させてしまったかもしれない。
「違うの! ごめんなさい……! その、まさか今お祝いしてもらえるなんて思ってなかったから!」
すごく嬉しい、と伝えたいのに、言葉が出てこない。もどかしさに顔が赤くなる。
「亜美さん……」
良は目を丸くして、しかしすぐに柔らかい笑みを浮かべた。ほっと胸を撫で下ろし、亜美はそっと言葉を押し出す。
「……ほんとうに……ありがとう……」
良がいくつかのボタンを押せば済むことだった。
端末の文字でだって想いは伝わる。
おめでとう、という画面上のメッセージであっても、亜美は喜んだに違いない。けれど、文字にするより先に声で伝えてくれた。
わざわざ外に招いて、日付が変わってすぐに、面と向かって直接祝いの気持ちを紡いでくれた。
「……良くんのお陰で素敵な誕生日になったわ。ありがとう」
心からの気持ちを込め、亜美は真っ直ぐに良を見た。視線を受け止めた良が此方に手を伸ばす。
「……まだ、日付が変わったばかりですよ」
もっと、素敵な1日にしましょう、と差し出された手に自身の手を重ねた。
「そうね……そうだわ。こんなに素敵に1日が始まったのだもの」
きっと、素敵な1日になるに決まっているわ。
自信を持ってそう言えることに、思えることに驚いた。
恋はこんなにも人を変えるのかと、くすぐったい気持ちが湧いてくる。
それは勉強の虫である亜美にとって、良い変化なのか否か。今の亜美には分からない。
分かるのは、この選択を後悔なんてしないということ。
いま繋いでいるこの手を離したくないということだけ。
学校があるのだから眠らなくては、と思えど、温もりの名残惜しさに暫くそのまま佇んでいた。
