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「全く、どうしようもありませんよ。呆れた話です」

あのペテン師め、と柳生は小さな声で悪態をついた。
綺麗にアイロンのかかったシャツのボタンを上まできっちり閉めて、生まれてこの方ボタンを掛け違えたことなどないのだとでも言いたげな彼。普段はいい子に振る舞うこの男が、こうして汚い言葉を使う瞬間を私はとても気に入っている。
今日の愚痴は彼の相方、と言うのも、彼がお熱のテニスについての相方なのだが、その男についてで、まあいつも通りといえばいつも通りだ。

「やぎゅーくん、おくちが悪いね」
「私の口ではなく、仁王くんが悪い男なのですよ」

ちゃぶ台に額を叩きつけるように脱力した彼は、何やらぶつぶつと意味をなさない恨み言をつぶやき続けている。今日は相当きているらしい。そんなことだっていつも通りといえばいつも通りだけれど。

「そんなこと言って相方くんだいすきなくせに」
「もちろん嫌ってなどいませんが」

言って、私に当て付けるように深くため息をついて。それから、トンとちゃぶ台の下で足を足で軽く蹴られた。あらまあお優しいこと。軽く蹴り返すともう一回蹴り返されて。なんだか楽しくなってクスクス笑い合えば、いつも通り平和すぎるくらいのぬるま湯な空気。

「最近、その相方くんの話ばっかりじゃない?」
「手がかかると言いますか、手を焼くと言いますか、そう言う人ですから」
「ふうん、お世話してあげてるんだ」
「不本意ながら、ある程度は」

睨むように細められた目にちょっとだけ心が沸き立つ。ああ。いい子の皮を全部全部ひっぺがしてやりたいなあ。気だるい午後に溶かされて思考から少しずつ正常さが抜け落ちて行くみたい。ああ。あのボタン全部ぐちゃぐちゃに掛け違えてやりたい。
つま先を足の裏にするりと這わせるように動かせば、彼の肩がびくりと跳ねた。

「何をしているのですか?」
「別に?」

なんでもないフリで笑えば、彼もなんでもないフリで視線を天井へを移す。この温度も気に入ってるけれど、私はじれったくて仕方ない。もう一度するりとつま先で彼の足をなぞってみれば。

「おやめなさい」

そう言いながら耳がほのかにピンク色に染まっているから、私が何を考えてるかなんてもうわかってるんでしょう。私に言わせたいのか。それとも自分から言う勇気がないのか。ああ、もう。だからじれったいって。それとも今日は遊んでくれるつもりがないのかな。それなら仕方ない。思って立ち上がろうとした瞬間。

「どこ行くつもりです?」

つま先をつま先で踏まれて、じっと射抜くように見つめられる。そうそう。これ。私の欲しいもの、彼はよく知ってるみたい。そうやって惜しみなくくれるなら、私だって駆け引きなんかするつもりもない。惜しみなくあげていいと思ってる。

「どこにも行かないよ」

笑って答えれば、彼の一番上のボタンが一つだけ外れたようだった。


掛け違えたい/柳生



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