OW
※オメガバース
ぼこぼこシリーズです
彼が俺の肌に触れる。それだけで、腹の奥が疼いてしかたない。早く拓いて欲しい。すり寄って、その甘い匂いを肺いっぱいに吸い込んだ。
彼は喋らない。けれど、何をしたいのかはわかる。俺を孕ませたくってしょうがないのだろう。Ωを孕ませるのはαの本能だから、だからしかたない。これは仕方の無いことなのだ。Ωはそれを受け入れて、媚びなければならない。
その場にしゃがみこんで、スラックスを下ろせば顔にバキバキに勃起した陰茎が当たった。彼の匂いがする。愛しくて頬擦りをしていつものように口内に招き入れる。
精の生臭さが口いっぱいに広がって、唾液が分泌された。彼の物と思えば、嫌ではない。喉の奥を拓いて、限界まで咥え込む。下生えが鼻にあたってくすぐったい。喉を動かして、精を搾り取るように締め上げれば、彼は気持ち良さそうな吐息を吐いた。それに気を良くして、玉を優しく握り込む。持ち得る技量全てを尽くして奉仕すれば、やがて頭を掴まれて。そうして容赦なく喉奥に陰茎を突かれて、胃液が込み上げてきた。
「う゛、ぐぅ!」
吐きそうになるのをぐっと堪えて、好き勝手に揺さぶられる。いいこにしていなかったから、もしかしたら怒っているのかもしれない。吐くと殴られるから、必死に耐えるがそも人の身体は反射と言うものがある。どうにもならなくて、吐きそうになった瞬間、喉奥に精を吐きかけられた。甘い甘い、罪の味がする。
噎せないように気を付けながら、上がってきた胃液と一緒に少しずつ飲み下していく。そうしてじゅるじゅると尿道に残った精まで飲み干すと、ずるりと陰茎を引き抜いた。
唾液でてらてら光るそれにキスを落として、一息吐こうとすると平手打ちを食らう。きっと、なにかが気に入らなかったのだろう。
胸に付けられたピアスを揺らしながら土下座をすれば、彼は満足そうに笑った。
そうして、彼は俺の目の前に洋梨のような形をした物を差し出す。言葉はない。咥えろということだろうか。言う通りにしないと殴られるので、恐る恐るその金属を口に挿入する。ひんやりとしたそれがなんなのかなんて知るわけもなく咥え込むと、男はカチャカチャと音を立てて金具を弄り出す。すると、洋梨が口内で割れるように開いた。ぎちぎちと嫌な音を立てながら、口内で花開くそれ。目一杯拡げられた顎が限界だと叫んでいる。殴られるよりも痛みに、涙で視界が歪む。
「ぐぅっ!」
脂汗が頬を伝っていく。苦しい。なんでこんな目にあわなければならないのか。でも、拒否をしたらそれこそ殴る蹴るの暴行を受けるから、身体を震わせながら耐えるしかない。
そうして、男は触られただけで痛む顎を撫でる。がしゃん、と嫌な音がして、開いていた洋梨が閉じる。多分だけど、圧力に耐えられなかったんだろう。嗚咽と共に吐き出して、冷たい床に転がる。そうすると、舌打ちと共に男が近付いてきて無防備な腹を蹴り上げた。
「っ!おぐっ、うぅ!」
何処かが裂けたのか、口内に血の味が広がる。胃液が迫り上がってきて、その場で吐いた。先ほど飲んだ白濁と同じ色のそれが床にぼたぼたと落ちる。男がまた舌打ちをして、こぼれ落ちたそれを舐めとるように言う。惨めでしょうがない。言われるがまま吐瀉物に舌を這わせて、綺麗にすれば男は満足そうに笑った。
我ながら、酷い人生だと思う。親を早くに無くし天涯孤独の身である自分に、帰る場所なんて無い。そも、戸籍すらないΩを拾う奴なんか、ろくでもない奴に決まっている。冷たい床に転がりながら、全身を脱力させる。ここにいる内は俺は多数いる孕み袋のひとつにすぎない。孕んだら、その子供をまた犯せば良い。今のパートナーはそう言うくそったれな考えの持ち主だった。そこに愛なんて物はなくて、吐き気がする。
後孔はバカみたいなサイズのディルドで蓋がされていて、身動きをするだけで前立腺を押し潰して辛い。少しでも孕む確率を上げるためだと彼は言っていた。本当に、頭の悪い奴だと思う。
「うぅ……」
彼がいない間は、とにかく身体を休めた方がいい。飼われているΩは多数いるらしいが、最近他のαから買った俺を彼はいたく気に入った。なんでも、殴り甲斐のある顔をしているらしい。だから、暴力なんて日常茶飯事で、気紛れに与えられる食事をなんとか食べて生き長らえている。そんな状態だった。人権なんてない。そも、そんなものΩに与えられるわけがない。何処へ行っても扱いが変わることはなく、地獄が常だった。
身体に残る火傷の跡を撫でる。これは最初に飼われた人間に付けられた根性焼きの跡。傷痕だらけの身体はそれだけ死線を抜けてきた証拠で。でもそんなもの、誇れるわけもなかった。
産まれる場所が違ったら、もっと楽に生きれたのだろうか。うとうとと夢うつつを彷徨いながら思う。
まあ、そんなの現実的ではないのだけれど。
ある時のことだ。今回は、たまたま運が良かったのだろう。警察がこの箱庭を嗅ぎ付けて、突入してきたのだ。男はお気に入りの子だけを連れて既にトンズラしており、俺はたまたまその"お気に入り"からあぶれたことになる。良かったのかどうなのかはわからない。保護はされたけど、もう成人しているからと施設等に入ることもなく、そのまま放流されたのだった。
そうなると、話は変わってくる。戸籍のない俺を拾うような奴なんか、アングラもアングラな人間くらいしかいない。自分から地獄に戻るしか道がないのだ。
腹が減ってしょうがなくて、路地裏にへたり込む。身を売ろうにも、傷だらけの身体に価値があるとも思えない。早い話が詰みの状態だった。
警察官の慈悲で辛うじて与えられた服は、冬の街ではあまりに薄着で、その場に寝転がって、行き交う人々を眺める。
ちらちらと白いものが空から落ちてくる。それを雪だと思い出したのは、衰弱した身体の上にうっすらと積もり始めた頃にようやっとだった。
このまま、死ぬのかもしれない。楽になるのなら、なんでもいいや。目を閉じて、ふうっと息を吐く。
薄れ行く意識の中で、ふと誰かに抱き締められたような気がしたけれど、もう意識を保てるような状況ではなく、そのまま黒い闇に沈んでいった。
はっと目が覚める。目に入ったのは見知らぬ天井。起きようとしたけれど、流石にその気力はなかった。
何処だここ。地獄って、実は居心地がよかったりするのか?そんなことを思っていると、声をかけられる。
「目が覚めた?」
視線だけそちらに向ければ、そこには男が食器を片手にこちらを心配そうに見ていた。
「大分衰弱しているみたいだからここに運んだんだけど、生きてるみたいでよかったよ」
「ここ?」
「そ、俺が世話になってる診療所」
見れば、腕には何やら管が付いていた。なんだっけ、あれ、点滴。それをつけられる時はろくなことにならないからと半ばパニックを起こしながら引き剥がそうとすると、男に止められる。
「ちょっと、待ってって。大丈夫だから。それ、ただの栄養剤と水分。君、わけありだろ?」
「なんの利益があるんだ」
世の中、うまい話には裏がある。無償の施しなんて存在するわけもない。警戒しながら問えば、男はやれやれと言った表情で俺を見る。
「誰だって、路地裏で人が倒れていたら助けるだろ?」
「そんなわけない」
「普通のことだよ」
そんな普通、知らない。言われたことに驚いて呆けていると、彼がベッドサイドの椅子へ腰かける。
「おかゆ、食べれる?多分長いこと胃に物を入れてないだろうからこれなら食べられるかなって作ってみたんだけど」
「……食べる」
「起きられるか?」
「ん」
なんとか上半身を起こして、器を受け取ると恐る恐るそれを口に運ぶ。
優しい塩味。久方振りのなにも入っていないまともな食事に、涙がこぼれ落ちる。一口、また一口と口に運んで、夢中で咀嚼する。彼はその様を、ただ眺めていた。
「君、名前は?俺はね、ウーヤン・イェ」
「……ミズキ」
「そっか、ミズキね」
本当に安心していいのだろうか。こんな暖かい場所を与えられて、何も求められないなんてあり得ない。こんな金も持っていない人間に尽くしたところで何もないのに。そう思いながらも、食欲には勝てず渡されたおかゆを平らげる。
「良かった。物が食べられるなら思ったより悪くなさそうだ」
そう言って、彼は笑ったのだった。
早いもので、ここに連れてこられてから一週間になる。
最初は皮ばかりだった身体も、三食きちんと食べるようになってからかなり肉が付いた。ありがたいことだが、あのジーグラー女医に後になってからとんでもない金額を請求されるんじゃないかと怯えているのは内緒の話である。
あのウーヤンとか言う男は、飽きもせず毎日様子を見に来ては適当な話をして、そのまま夕方頃帰っていく。そんな生活を繰り返していた。特になんてことはないけれど、拾って貰った恩がある手前無下には出来ない。話を聞く限り大学生である彼は、どうも日本に留学に来ているらしい。大学に行けると言うことは、よほど頭が良いのだろう。俺なんか構ってないで勉強をしろと思うのだが中々言い出せずにいる。
「お、大分顔色が良くなってきたな」
ほら、噂をすればなんとやらだ。いつものように人懐っこい笑顔を振り撒いて、奴が病室に入ってくる。
「ウーヤン」
「調子、良さそうじゃん」
「ああ、おかげ様でな」
彼は例のごとくベッドサイドの椅子へ腰かけると、顔を覗き込んでくる。うざったるいったらありゃしない。
「なんだよ」
「先生がさ、そろそろ外に出てもいいかもしれないってさ」
「ああ、さっき本人から聞いた」
「それで提案なんだけどさ。ミズキ、うち来ない?」
「はあ?」
「前に話した通り、ちょっと前まで姉貴とシェアハウスしててさ、もう引っ越していったから部屋余ってるの。良ければどう?行くところ無いんだろ?」
矢継ぎ早に話を振られて、困惑する。だって、俺にそんな施したってしょうがないじゃないか。
それに会ったばかりの男の家に転がり込むのは気が引ける。何より、信用が出来ない。過去の古傷達を思えば当たり前だがしかし、何時までもここにいるわけにも行かないのも事実だ。
悩んでいると、彼が慌て出す。
「あっ、ごめん。急にこんなこと言われても信用出来ないよな。でも、約束するから!絶対悪いようにはしないからさ!」
まあ、ドが付くくらいのお人好しなのはわかっているし、言葉通りなのだろう。でも、問題は他のところにある。
「俺、Ωだから。ヒートだってあるし、拾ってくれたあんたに迷惑かけたくない」
結局そこなのだ。使い物にならない鼻では、彼がαなのかβなのかすらわからないが、どちらにせよ迷惑をかけるのが目に見えている。
「絶対手は出さない。誓うよ。信用出来ないなら鍵取り付けるし……」
あまりの必死さに、なんだか面白くなってきて思わず吹き出す。なんだこいつ。頭良い癖に、駆け引きが出来なさすぎるだろ。
「な、なんだよぉ」
「いや、面白い奴って思って。……よかよ。住んじゃる。何時までもここにいるわけにもいかないけん」
瞬間、彼の表情が一気に明るくなった。本当、わかりやすい奴。そんなんでよく生きてこれたなと思うが、そこは自分が極端なのかもしれなかった。
「本当に!?」
「本当もなにも、あんたから言い始めたとね」
「そうだけど……、なら早速部屋片付けてくる!」
「姉貴とやらには聞かなくていいのか?」
「出ていく時に許可は貰ってるから大丈夫だよ!」
そう言うものなのだろうか。わからないが、家主が良いと言っているのなら大丈夫だろう。ばたばたと音を立てて部屋を出ていったのを見送って、果たしてジーグラー女医から許可は下りるのだろうか等と思考を巡らせたのだった。
そのままトントン拍子に話が纏まり、俺はウーヤンの家に転がり込むことになった。かかった費用は全部ウーヤンが支払ったらしい。聞けば、バイトで貯めていた貯金を下ろしたとかなんだとかで、赤の他人にどうしてそこまで出来るのか理解に苦しむ。
そうして通された部屋は、真新しいベッドと最低限の家具が用意されていた。埃の匂いがすることから、最近まで放置されていたんだろうことが伺える。扉には鍵がついていて、一瞬監禁でもするのかと身構えたが、中からしか鍵は掛からないらしい。ヒート対策と言うことだろう。
「掃除は交代制にしようか。ご飯は俺が作るから安心して」
そう言って、彼はただ嬉しそうに笑うだけだった。もしかしたら殴られるかも、なんて身構えていたのが馬鹿みたいだ。
「……、家賃はどうすんだ?」
「あー、気にしなくて良いよ。ここ、親の持ち物だから。生活費はなんとかするから安心して。絶対に不自由はさせないからさ」
そうは言われても、流石に気が引ける。だが、学もない、戸籍もない自分を雇ってくれる場所なんてないことは、自分が一番わかっている。まぁ、追々考えていくしかないか。
「ミズキ、今日何か食べたい物ある?」
生憎、まともな食事を取ったのがまだ親元にいた頃の幼い記憶と、診療所での日々くらいしかなくて名前を知らない物が殆どだった。その中で、辛うじて知っている食べ物の名前を呟く。
「……ハンバーグ」
「わかった!夜はハンバーグにしよう。買い出しに行くけど着いてくるか?」
「荷物持ちくらいならやる」
正直、そのくらいしか出来ることがない。それにしても外に出そうなんて、俺が逃げるとか考えないのだろうか。……まぁ、考えないだろうな。
「着いたばかりなのにごめんな」
「よかよ」
「ついでに昼飯、ラーメンでも食いに行こう」
正直期待なんてしていなかったけれど、夢にまで見た普通の生活がそこにはあった。
絶対に何か裏があるに決まってる。そう身構えていた筈なのに、平穏な日々を過ごす内、警戒心は少しずつ剥がれていってしまった。ここでは、何かに怯えることもない。痛みなんて一番遠いまである。柔らかいベッドの上で朝を迎えて、寒さに震えることもない。食事はちゃんと三食出るし、やることは精々部屋の掃除くらいだ。パソコンの使い方も教えてもらって、少しずつではあるが、確かに世界が広がっている。
こんなに幸せでいいのだろうか。これだけ与えられると、今度はそれを失うのが怖くなる。もし飽きられたらどうしようなんて思って、それを夢に見るようになってしまった。
夢を見るなんて贅沢なことだと思う。昔のことがトラウマとして頭に張り付いていて、それで魘されて起きることだってある。そう言う時は大体脂汗をかいて起きるのだが、そのまま眠るのが怖くなってあいつのベッドに潜り込んだのも数回ほどあったりする。
あいつは何故、俺に施してくれるのだろうか。聞いてみたらいいんだろうけど、簡単に答えてくれるとも思えなくってそれは保留になっていた。
こんなに大切にされたことなんて今まで無かったから。だから、まず何よりも困惑してしまうのだ。
今までろくな生活をしていなかったのと、常々薬を使われていたせいで、俺の身体は機能不全を起こしているらしい。
まず、相手のフェロモンを感じ取れない。これに関しては良い面もあって、フェロモンに振り回されることもなくほとんどβと変わらない生活が送れている。問題は、ヒートの方。薬漬けになっていた分、抑制剤が効かないのだ。だから、ヒートが来たら部屋に籠って耐えるしかないのが現状だった。
「ミズキ、ご飯置いとくから食べれそうなら食べて」
扉の向こうに彼の気配を感じる。身体を起き上がらせるのもだるくて、ベッドに横たわるしか出来ない。
前までは痩せすぎてヒートが不規則だったが、最近は安定して来るようになった。月に3日ほど、どうしてもしんどい日がある。
自分で慰めるにも限界がある。なんでも誰かと
番になると緩和されるらしいが、ジーグラー女医曰く、繰り返し色んなαに番われたせいでその辺りもバグっているそうだ。
なんとか這いずって、鍵を開ける。そのまま部屋を抜け出して、彼の部屋の扉を開けた。
「ミズキ?」
「ウーヤン、……辛い」
「大丈夫……なわけないよな。俺で良ければなんでもするから」
彼は理性を手放すことなく、いつだって手を差し伸べてくれる。ぎゅっと抱き締められると腹の奥がじゅんと熱くなって、早く楽になりたくて涙を流す。
でも、数々のトラウマが邪魔をして、挿入まで耐えられないのだ。
「そばにいて」
「うん、いるから。大丈夫。何も怖くないよ」
彼の温かい手が、俺の傷だらけの肌を撫でる。それだけで冷えきった心が熱くなって、堪らなくなって甘えるように擦りよった。
楽になりたい。ヒートの時は辛くて苦しくて、いっそのこと殺してくれたら良いのにとまで思う。自分で死ぬのは違くって、ウーヤンに殺されたい。その温かい手で、この首を締め上げてほしい。我ながら歪んでいるとは思うが、気付けばそれだけ彼に依存しきっていた。
そんな日々を過ごす内、ちょろいことに俺は彼を好きになった。なってしまったんだ。
この生活が始まって半年程経ったある時、ウーヤンが体調を崩した。風邪でも引いたのか、弱々しく笑うと小遣いを渡してきて「これでご飯食べて」なんて言う。
その金で薬でも買えればと診療所へ行くと、丁度ジーグラー女医が資料をまとめていたところだった。
「あら、定期検診の日はまだ先よ?」
「いや、ウーヤンが具合が悪そうでさ……」
そう言うと、女医は溜め息を一つ吐く。そうして俺に手招きをして、椅子に腰かけるように言った。言われた通りその場に腰かけると、彼女は話し始める。
「……あの人ね、貴方が来てから強い抑制剤を飲むようになったの。多分、それの副作用ね」
「抑制剤?」
「そう、彼αなの」
α、ウーヤンがα?そんな様子なんて見せたこと無いのに。驚いて固まっていると、俺の様子を見た彼女が再び溜め息を吐く。
「自分から話すと言っていたけれど、その様子だと聞いていないみたいね」
「……なんでっ」
「それは本人の口から聞いた方がいいわ」
言いたがらなくても、聞いてあげて。そう彼女は続ける。あいつがα。てっきりβだとばかり思っていたが、この半年間、薬を飲んでまでラットを耐えていたと言うことか。
「……俺、帰ります」
「ええ……今度の予定日、待っているわね」
彼女に礼を言ってから診療所を出る。問い詰めて、薬を止めさせないと。でも、なんでそこまでして?どうして俺のためにそこまでする必要があるのか。わからないけど、わからないからこそちゃんと話さないといけない。
急いで家に帰ると、あいつの部屋をノックもせずに開ける。ベッドに横たわっている彼が、こちらを向いた。
「おかえり」
「あんた、αなんだってな」
「あは……バレちゃった?」
「薬飲んでんだろ。聞いたぞ」
「もっとちゃんと話そうと思ってたんだけど……ごめん」
申し訳なさそうに謝るウーヤンに腹が立つ。彼は嘘は吐いていない。そも、聞かなかった俺にも問題はある。それはそうなのだけれど、だったら俺なんか助けなければ良かったのにと思う。
「なんでそこまでして俺を助けようとするんだよ」
「……あのさ、運命の番ってわかる?」
「なんだよそれ」
「人にはさ、決められた番がいるんだって。会えるかどうかは分からないけど、会った瞬間に分かるって言われてるの」
「なんでそんな話……」
「ミズキが俺の運命なんだ」
酷く穏やかな声で彼は言う。子供に言い聞かせるみたいな、そんな声。
「初めて見た時は驚いたよ。だって、俺の運命が目の前で死にかけてるんだもん」
「俺は、わからない」
「いいんだよ。でも、俺はこの運命を信じるって決めたからさ。大切にしたいんだ。今までの分も、苦しませたくない」
気だるそうに起き上がった彼が近付いてくる。そんな風になってまで守る価値なんて俺には無いのに。
「好きだ」
気付けば頬を涙が伝っていた。どうしようもなく立ち尽くしていると、そのまま強く抱き締められる。
「俺だって、好きな人に苦しんで欲しくない」
「ミズキ、今、好きって言った?」
「分かれよ、ばか」
至近距離で蜂蜜色が揺れる。吸い寄せられるように、その唇に触れるだけのキスをした。
「もう薬、飲むなよ」
「でも……」
「覚悟は出来てるから。次のヒートが来たら、決着つけようぜ」
あれから数週間が経った。体調は問題ない。予定通りなら今日、ヒートが来る。
心臓がドキドキ高鳴る。決着をつけようだなんて自分で言ってしまったが、それはつまりトラウマを超えて彼を受け入れると言うことだ。出来るかどうかはわからない。でも、それでも共に日向を歩みたいと思った。
「ミズキ、体調大丈夫か?」
ノックの後、彼が部屋に入ってくる。記憶が正しければ、初日を除いて彼がこの部屋に入ってきたことはない。
「大丈夫」
「本当にいいんだな?」
「男に二言はない、だ」
じわりじわりと体温が上がっているのがわかる。近付いてきた彼の胸に飛び込んで、ぎゅっと抱き締める。瞬間、彼の身体から何やら果物みたいに甘い匂いが立ち上って、くらりと眩暈がした。
「ミズキ?」
「いい匂い、する」
もしかしたらフェロモンを感じ取る部位も感覚を取り戻しつつあるのかもしれない。そうしたら、俺も運命だって思うのかな。わからないけれど、そうだったら良いなと思う。
「ウーヤン、俺のこれから、貰って?」
そう言って唇にキスを落とせば、そのままベッドに押し倒された。
「それ、卑怯だ」
「貰ってくれないのかよ?」
「貰うに決まってるだろ!」
もぞもぞと後ろを向いて、傷だらけの項を見せる。優しくキスを落とされて、思わず身体が強張った。そうして、犬歯が突き立てられる。痛みののち、残酷なまでの多幸感が沸き上がってきた。
今までの人生の中で、間違いなく一番幸せな瞬間だった。
幸福に慣れていない身体が、それから逃れようとのたうつけれど、彼は離してはくれない。そうしてそのまま震えていると、かっと身体が熱くなる。ああ、ヒートが来たんだ。そう察した。
思考がぐずぐずに溶けていく。彼に触れられたところ全部が気持ちよくって、くたりと脱力しながら好きなようにされていた。
今のところ恐怖心はない。それどころではなく、快感にとろけている。
「ミズキ」
「あ、ぅ……」
すっかりぐちゃぐちゃに濡れた後孔には、彼の剛直が深々と突き刺さっていた。ずっと前からそうだったみたいに、身体に馴染んでいる。どうしようもない多幸感と快感に、全てがどうでもよくなって、彼の唇に触れるだけのキスをしてもっともっとと強請る。
そんな俺を見て彼はふっと笑うとぱん、と腰を打ち付けてきた。
「ああっ!」
こんな状態でもしっかりゴムをつけている辺りとても愛されているのだと感じて、それと同時に寂しくもなる。子種が欲しいと腹が収縮して、彼が喉を鳴らした。
上書きして欲しい。汚れている自分の何もかもを、彼で染め上げて欲しい。
「ウーヤン、……ウーヤン!」
彼の名前を繰り返し呼ぶ。腰をくねらせて快感から逃れようとするが、体重をかけて押し付けられて、どうしようもなくなった。逃げ道がない。そんなものあるわけもないのに、腰を打ち付けられる度につい探してしまう。
「ミズキ、かわいいよ」
熱っぽく囁かれて、かっと身体が熱くなる。可愛いはずないのに。だって、過去の男に付けられた傷だらけなのだから。
「あ、ぐっ」
今までの苦しみがフラッシュバックして、息が出来なくなる。溺れたみたいにパニックを起こしてのたうっていると、彼が手を握りしめてきた。
「ミズキ、大丈夫だから。もう苦しまなくていいんだよ」
その言葉で、全てが救われたような気がした。
彼は傷だらけの身体も、壊れかけの心も、全てを受け入れてくれる。優しく包んで護ってくれる。それが嬉しくてしょうがない。
俺の運命。憎くて憎くてしょうがなかったそれに、救われる。
「ウーヤン、好きだ」
「っ、おれも大好き」
もうきっと、殺して欲しいなんて思うことはないのだろう。出来れば最期のその時まで共に生きたい。心からそう思えた。
びくんと身体が跳ねて、何度目かもわからない絶頂を決める。ゴム越しにびゅくびゅくと精が吐き出されているのがわかって、彼も達したのだと嬉しくなった。
「ね、ゴムいらないから。上書きして、俺の全部」
彼がごくりと喉を鳴らす。雑に剛直を引き抜かれたかと思うと、彼は精が入ったゴムを投げ捨てた。
そうして、そのまま剥き身の陰茎が身体の中に挿入される。熱い。溶けてしまいそうだ。
「あは、嬉しい」
「あんまり煽らないでっ」
苦しそうに歪んだ眉にキスをする。今は彼の欲望のままに酷く抱かれたい。殴られたってかまわないけど、彼はそんなこと絶対しないとわかっているから。自分でも腰をゆらしながら、持てる技術すべてを使って彼を追い詰める。
「ミズキ!ミズキ!」
彼が名前を読んでくれるのが嬉しくて、腰を打ち付けられる度、己の陰茎からさらさらの潮が噴射する。
ごちゅっと身体の中で鳴ってはいけない音がして、彼の剛直が結腸に潜り込んだのを察した。瞬間目の前が真っ白になった。キャパシティ超えの快感に脳が焼かれて、彼以外のことが置き去りにされる。
気持ちいい。良すぎて怖い。彼の背中に爪痕を残しながら、お互いに体力が尽きるまでぐちゃぐちゃになったのだった。
ぼこぼこシリーズです
彼が俺の肌に触れる。それだけで、腹の奥が疼いてしかたない。早く拓いて欲しい。すり寄って、その甘い匂いを肺いっぱいに吸い込んだ。
彼は喋らない。けれど、何をしたいのかはわかる。俺を孕ませたくってしょうがないのだろう。Ωを孕ませるのはαの本能だから、だからしかたない。これは仕方の無いことなのだ。Ωはそれを受け入れて、媚びなければならない。
その場にしゃがみこんで、スラックスを下ろせば顔にバキバキに勃起した陰茎が当たった。彼の匂いがする。愛しくて頬擦りをしていつものように口内に招き入れる。
精の生臭さが口いっぱいに広がって、唾液が分泌された。彼の物と思えば、嫌ではない。喉の奥を拓いて、限界まで咥え込む。下生えが鼻にあたってくすぐったい。喉を動かして、精を搾り取るように締め上げれば、彼は気持ち良さそうな吐息を吐いた。それに気を良くして、玉を優しく握り込む。持ち得る技量全てを尽くして奉仕すれば、やがて頭を掴まれて。そうして容赦なく喉奥に陰茎を突かれて、胃液が込み上げてきた。
「う゛、ぐぅ!」
吐きそうになるのをぐっと堪えて、好き勝手に揺さぶられる。いいこにしていなかったから、もしかしたら怒っているのかもしれない。吐くと殴られるから、必死に耐えるがそも人の身体は反射と言うものがある。どうにもならなくて、吐きそうになった瞬間、喉奥に精を吐きかけられた。甘い甘い、罪の味がする。
噎せないように気を付けながら、上がってきた胃液と一緒に少しずつ飲み下していく。そうしてじゅるじゅると尿道に残った精まで飲み干すと、ずるりと陰茎を引き抜いた。
唾液でてらてら光るそれにキスを落として、一息吐こうとすると平手打ちを食らう。きっと、なにかが気に入らなかったのだろう。
胸に付けられたピアスを揺らしながら土下座をすれば、彼は満足そうに笑った。
そうして、彼は俺の目の前に洋梨のような形をした物を差し出す。言葉はない。咥えろということだろうか。言う通りにしないと殴られるので、恐る恐るその金属を口に挿入する。ひんやりとしたそれがなんなのかなんて知るわけもなく咥え込むと、男はカチャカチャと音を立てて金具を弄り出す。すると、洋梨が口内で割れるように開いた。ぎちぎちと嫌な音を立てながら、口内で花開くそれ。目一杯拡げられた顎が限界だと叫んでいる。殴られるよりも痛みに、涙で視界が歪む。
「ぐぅっ!」
脂汗が頬を伝っていく。苦しい。なんでこんな目にあわなければならないのか。でも、拒否をしたらそれこそ殴る蹴るの暴行を受けるから、身体を震わせながら耐えるしかない。
そうして、男は触られただけで痛む顎を撫でる。がしゃん、と嫌な音がして、開いていた洋梨が閉じる。多分だけど、圧力に耐えられなかったんだろう。嗚咽と共に吐き出して、冷たい床に転がる。そうすると、舌打ちと共に男が近付いてきて無防備な腹を蹴り上げた。
「っ!おぐっ、うぅ!」
何処かが裂けたのか、口内に血の味が広がる。胃液が迫り上がってきて、その場で吐いた。先ほど飲んだ白濁と同じ色のそれが床にぼたぼたと落ちる。男がまた舌打ちをして、こぼれ落ちたそれを舐めとるように言う。惨めでしょうがない。言われるがまま吐瀉物に舌を這わせて、綺麗にすれば男は満足そうに笑った。
我ながら、酷い人生だと思う。親を早くに無くし天涯孤独の身である自分に、帰る場所なんて無い。そも、戸籍すらないΩを拾う奴なんか、ろくでもない奴に決まっている。冷たい床に転がりながら、全身を脱力させる。ここにいる内は俺は多数いる孕み袋のひとつにすぎない。孕んだら、その子供をまた犯せば良い。今のパートナーはそう言うくそったれな考えの持ち主だった。そこに愛なんて物はなくて、吐き気がする。
後孔はバカみたいなサイズのディルドで蓋がされていて、身動きをするだけで前立腺を押し潰して辛い。少しでも孕む確率を上げるためだと彼は言っていた。本当に、頭の悪い奴だと思う。
「うぅ……」
彼がいない間は、とにかく身体を休めた方がいい。飼われているΩは多数いるらしいが、最近他のαから買った俺を彼はいたく気に入った。なんでも、殴り甲斐のある顔をしているらしい。だから、暴力なんて日常茶飯事で、気紛れに与えられる食事をなんとか食べて生き長らえている。そんな状態だった。人権なんてない。そも、そんなものΩに与えられるわけがない。何処へ行っても扱いが変わることはなく、地獄が常だった。
身体に残る火傷の跡を撫でる。これは最初に飼われた人間に付けられた根性焼きの跡。傷痕だらけの身体はそれだけ死線を抜けてきた証拠で。でもそんなもの、誇れるわけもなかった。
産まれる場所が違ったら、もっと楽に生きれたのだろうか。うとうとと夢うつつを彷徨いながら思う。
まあ、そんなの現実的ではないのだけれど。
ある時のことだ。今回は、たまたま運が良かったのだろう。警察がこの箱庭を嗅ぎ付けて、突入してきたのだ。男はお気に入りの子だけを連れて既にトンズラしており、俺はたまたまその"お気に入り"からあぶれたことになる。良かったのかどうなのかはわからない。保護はされたけど、もう成人しているからと施設等に入ることもなく、そのまま放流されたのだった。
そうなると、話は変わってくる。戸籍のない俺を拾うような奴なんか、アングラもアングラな人間くらいしかいない。自分から地獄に戻るしか道がないのだ。
腹が減ってしょうがなくて、路地裏にへたり込む。身を売ろうにも、傷だらけの身体に価値があるとも思えない。早い話が詰みの状態だった。
警察官の慈悲で辛うじて与えられた服は、冬の街ではあまりに薄着で、その場に寝転がって、行き交う人々を眺める。
ちらちらと白いものが空から落ちてくる。それを雪だと思い出したのは、衰弱した身体の上にうっすらと積もり始めた頃にようやっとだった。
このまま、死ぬのかもしれない。楽になるのなら、なんでもいいや。目を閉じて、ふうっと息を吐く。
薄れ行く意識の中で、ふと誰かに抱き締められたような気がしたけれど、もう意識を保てるような状況ではなく、そのまま黒い闇に沈んでいった。
はっと目が覚める。目に入ったのは見知らぬ天井。起きようとしたけれど、流石にその気力はなかった。
何処だここ。地獄って、実は居心地がよかったりするのか?そんなことを思っていると、声をかけられる。
「目が覚めた?」
視線だけそちらに向ければ、そこには男が食器を片手にこちらを心配そうに見ていた。
「大分衰弱しているみたいだからここに運んだんだけど、生きてるみたいでよかったよ」
「ここ?」
「そ、俺が世話になってる診療所」
見れば、腕には何やら管が付いていた。なんだっけ、あれ、点滴。それをつけられる時はろくなことにならないからと半ばパニックを起こしながら引き剥がそうとすると、男に止められる。
「ちょっと、待ってって。大丈夫だから。それ、ただの栄養剤と水分。君、わけありだろ?」
「なんの利益があるんだ」
世の中、うまい話には裏がある。無償の施しなんて存在するわけもない。警戒しながら問えば、男はやれやれと言った表情で俺を見る。
「誰だって、路地裏で人が倒れていたら助けるだろ?」
「そんなわけない」
「普通のことだよ」
そんな普通、知らない。言われたことに驚いて呆けていると、彼がベッドサイドの椅子へ腰かける。
「おかゆ、食べれる?多分長いこと胃に物を入れてないだろうからこれなら食べられるかなって作ってみたんだけど」
「……食べる」
「起きられるか?」
「ん」
なんとか上半身を起こして、器を受け取ると恐る恐るそれを口に運ぶ。
優しい塩味。久方振りのなにも入っていないまともな食事に、涙がこぼれ落ちる。一口、また一口と口に運んで、夢中で咀嚼する。彼はその様を、ただ眺めていた。
「君、名前は?俺はね、ウーヤン・イェ」
「……ミズキ」
「そっか、ミズキね」
本当に安心していいのだろうか。こんな暖かい場所を与えられて、何も求められないなんてあり得ない。こんな金も持っていない人間に尽くしたところで何もないのに。そう思いながらも、食欲には勝てず渡されたおかゆを平らげる。
「良かった。物が食べられるなら思ったより悪くなさそうだ」
そう言って、彼は笑ったのだった。
早いもので、ここに連れてこられてから一週間になる。
最初は皮ばかりだった身体も、三食きちんと食べるようになってからかなり肉が付いた。ありがたいことだが、あのジーグラー女医に後になってからとんでもない金額を請求されるんじゃないかと怯えているのは内緒の話である。
あのウーヤンとか言う男は、飽きもせず毎日様子を見に来ては適当な話をして、そのまま夕方頃帰っていく。そんな生活を繰り返していた。特になんてことはないけれど、拾って貰った恩がある手前無下には出来ない。話を聞く限り大学生である彼は、どうも日本に留学に来ているらしい。大学に行けると言うことは、よほど頭が良いのだろう。俺なんか構ってないで勉強をしろと思うのだが中々言い出せずにいる。
「お、大分顔色が良くなってきたな」
ほら、噂をすればなんとやらだ。いつものように人懐っこい笑顔を振り撒いて、奴が病室に入ってくる。
「ウーヤン」
「調子、良さそうじゃん」
「ああ、おかげ様でな」
彼は例のごとくベッドサイドの椅子へ腰かけると、顔を覗き込んでくる。うざったるいったらありゃしない。
「なんだよ」
「先生がさ、そろそろ外に出てもいいかもしれないってさ」
「ああ、さっき本人から聞いた」
「それで提案なんだけどさ。ミズキ、うち来ない?」
「はあ?」
「前に話した通り、ちょっと前まで姉貴とシェアハウスしててさ、もう引っ越していったから部屋余ってるの。良ければどう?行くところ無いんだろ?」
矢継ぎ早に話を振られて、困惑する。だって、俺にそんな施したってしょうがないじゃないか。
それに会ったばかりの男の家に転がり込むのは気が引ける。何より、信用が出来ない。過去の古傷達を思えば当たり前だがしかし、何時までもここにいるわけにも行かないのも事実だ。
悩んでいると、彼が慌て出す。
「あっ、ごめん。急にこんなこと言われても信用出来ないよな。でも、約束するから!絶対悪いようにはしないからさ!」
まあ、ドが付くくらいのお人好しなのはわかっているし、言葉通りなのだろう。でも、問題は他のところにある。
「俺、Ωだから。ヒートだってあるし、拾ってくれたあんたに迷惑かけたくない」
結局そこなのだ。使い物にならない鼻では、彼がαなのかβなのかすらわからないが、どちらにせよ迷惑をかけるのが目に見えている。
「絶対手は出さない。誓うよ。信用出来ないなら鍵取り付けるし……」
あまりの必死さに、なんだか面白くなってきて思わず吹き出す。なんだこいつ。頭良い癖に、駆け引きが出来なさすぎるだろ。
「な、なんだよぉ」
「いや、面白い奴って思って。……よかよ。住んじゃる。何時までもここにいるわけにもいかないけん」
瞬間、彼の表情が一気に明るくなった。本当、わかりやすい奴。そんなんでよく生きてこれたなと思うが、そこは自分が極端なのかもしれなかった。
「本当に!?」
「本当もなにも、あんたから言い始めたとね」
「そうだけど……、なら早速部屋片付けてくる!」
「姉貴とやらには聞かなくていいのか?」
「出ていく時に許可は貰ってるから大丈夫だよ!」
そう言うものなのだろうか。わからないが、家主が良いと言っているのなら大丈夫だろう。ばたばたと音を立てて部屋を出ていったのを見送って、果たしてジーグラー女医から許可は下りるのだろうか等と思考を巡らせたのだった。
そのままトントン拍子に話が纏まり、俺はウーヤンの家に転がり込むことになった。かかった費用は全部ウーヤンが支払ったらしい。聞けば、バイトで貯めていた貯金を下ろしたとかなんだとかで、赤の他人にどうしてそこまで出来るのか理解に苦しむ。
そうして通された部屋は、真新しいベッドと最低限の家具が用意されていた。埃の匂いがすることから、最近まで放置されていたんだろうことが伺える。扉には鍵がついていて、一瞬監禁でもするのかと身構えたが、中からしか鍵は掛からないらしい。ヒート対策と言うことだろう。
「掃除は交代制にしようか。ご飯は俺が作るから安心して」
そう言って、彼はただ嬉しそうに笑うだけだった。もしかしたら殴られるかも、なんて身構えていたのが馬鹿みたいだ。
「……、家賃はどうすんだ?」
「あー、気にしなくて良いよ。ここ、親の持ち物だから。生活費はなんとかするから安心して。絶対に不自由はさせないからさ」
そうは言われても、流石に気が引ける。だが、学もない、戸籍もない自分を雇ってくれる場所なんてないことは、自分が一番わかっている。まぁ、追々考えていくしかないか。
「ミズキ、今日何か食べたい物ある?」
生憎、まともな食事を取ったのがまだ親元にいた頃の幼い記憶と、診療所での日々くらいしかなくて名前を知らない物が殆どだった。その中で、辛うじて知っている食べ物の名前を呟く。
「……ハンバーグ」
「わかった!夜はハンバーグにしよう。買い出しに行くけど着いてくるか?」
「荷物持ちくらいならやる」
正直、そのくらいしか出来ることがない。それにしても外に出そうなんて、俺が逃げるとか考えないのだろうか。……まぁ、考えないだろうな。
「着いたばかりなのにごめんな」
「よかよ」
「ついでに昼飯、ラーメンでも食いに行こう」
正直期待なんてしていなかったけれど、夢にまで見た普通の生活がそこにはあった。
絶対に何か裏があるに決まってる。そう身構えていた筈なのに、平穏な日々を過ごす内、警戒心は少しずつ剥がれていってしまった。ここでは、何かに怯えることもない。痛みなんて一番遠いまである。柔らかいベッドの上で朝を迎えて、寒さに震えることもない。食事はちゃんと三食出るし、やることは精々部屋の掃除くらいだ。パソコンの使い方も教えてもらって、少しずつではあるが、確かに世界が広がっている。
こんなに幸せでいいのだろうか。これだけ与えられると、今度はそれを失うのが怖くなる。もし飽きられたらどうしようなんて思って、それを夢に見るようになってしまった。
夢を見るなんて贅沢なことだと思う。昔のことがトラウマとして頭に張り付いていて、それで魘されて起きることだってある。そう言う時は大体脂汗をかいて起きるのだが、そのまま眠るのが怖くなってあいつのベッドに潜り込んだのも数回ほどあったりする。
あいつは何故、俺に施してくれるのだろうか。聞いてみたらいいんだろうけど、簡単に答えてくれるとも思えなくってそれは保留になっていた。
こんなに大切にされたことなんて今まで無かったから。だから、まず何よりも困惑してしまうのだ。
今までろくな生活をしていなかったのと、常々薬を使われていたせいで、俺の身体は機能不全を起こしているらしい。
まず、相手のフェロモンを感じ取れない。これに関しては良い面もあって、フェロモンに振り回されることもなくほとんどβと変わらない生活が送れている。問題は、ヒートの方。薬漬けになっていた分、抑制剤が効かないのだ。だから、ヒートが来たら部屋に籠って耐えるしかないのが現状だった。
「ミズキ、ご飯置いとくから食べれそうなら食べて」
扉の向こうに彼の気配を感じる。身体を起き上がらせるのもだるくて、ベッドに横たわるしか出来ない。
前までは痩せすぎてヒートが不規則だったが、最近は安定して来るようになった。月に3日ほど、どうしてもしんどい日がある。
自分で慰めるにも限界がある。なんでも誰かと
番になると緩和されるらしいが、ジーグラー女医曰く、繰り返し色んなαに番われたせいでその辺りもバグっているそうだ。
なんとか這いずって、鍵を開ける。そのまま部屋を抜け出して、彼の部屋の扉を開けた。
「ミズキ?」
「ウーヤン、……辛い」
「大丈夫……なわけないよな。俺で良ければなんでもするから」
彼は理性を手放すことなく、いつだって手を差し伸べてくれる。ぎゅっと抱き締められると腹の奥がじゅんと熱くなって、早く楽になりたくて涙を流す。
でも、数々のトラウマが邪魔をして、挿入まで耐えられないのだ。
「そばにいて」
「うん、いるから。大丈夫。何も怖くないよ」
彼の温かい手が、俺の傷だらけの肌を撫でる。それだけで冷えきった心が熱くなって、堪らなくなって甘えるように擦りよった。
楽になりたい。ヒートの時は辛くて苦しくて、いっそのこと殺してくれたら良いのにとまで思う。自分で死ぬのは違くって、ウーヤンに殺されたい。その温かい手で、この首を締め上げてほしい。我ながら歪んでいるとは思うが、気付けばそれだけ彼に依存しきっていた。
そんな日々を過ごす内、ちょろいことに俺は彼を好きになった。なってしまったんだ。
この生活が始まって半年程経ったある時、ウーヤンが体調を崩した。風邪でも引いたのか、弱々しく笑うと小遣いを渡してきて「これでご飯食べて」なんて言う。
その金で薬でも買えればと診療所へ行くと、丁度ジーグラー女医が資料をまとめていたところだった。
「あら、定期検診の日はまだ先よ?」
「いや、ウーヤンが具合が悪そうでさ……」
そう言うと、女医は溜め息を一つ吐く。そうして俺に手招きをして、椅子に腰かけるように言った。言われた通りその場に腰かけると、彼女は話し始める。
「……あの人ね、貴方が来てから強い抑制剤を飲むようになったの。多分、それの副作用ね」
「抑制剤?」
「そう、彼αなの」
α、ウーヤンがα?そんな様子なんて見せたこと無いのに。驚いて固まっていると、俺の様子を見た彼女が再び溜め息を吐く。
「自分から話すと言っていたけれど、その様子だと聞いていないみたいね」
「……なんでっ」
「それは本人の口から聞いた方がいいわ」
言いたがらなくても、聞いてあげて。そう彼女は続ける。あいつがα。てっきりβだとばかり思っていたが、この半年間、薬を飲んでまでラットを耐えていたと言うことか。
「……俺、帰ります」
「ええ……今度の予定日、待っているわね」
彼女に礼を言ってから診療所を出る。問い詰めて、薬を止めさせないと。でも、なんでそこまでして?どうして俺のためにそこまでする必要があるのか。わからないけど、わからないからこそちゃんと話さないといけない。
急いで家に帰ると、あいつの部屋をノックもせずに開ける。ベッドに横たわっている彼が、こちらを向いた。
「おかえり」
「あんた、αなんだってな」
「あは……バレちゃった?」
「薬飲んでんだろ。聞いたぞ」
「もっとちゃんと話そうと思ってたんだけど……ごめん」
申し訳なさそうに謝るウーヤンに腹が立つ。彼は嘘は吐いていない。そも、聞かなかった俺にも問題はある。それはそうなのだけれど、だったら俺なんか助けなければ良かったのにと思う。
「なんでそこまでして俺を助けようとするんだよ」
「……あのさ、運命の番ってわかる?」
「なんだよそれ」
「人にはさ、決められた番がいるんだって。会えるかどうかは分からないけど、会った瞬間に分かるって言われてるの」
「なんでそんな話……」
「ミズキが俺の運命なんだ」
酷く穏やかな声で彼は言う。子供に言い聞かせるみたいな、そんな声。
「初めて見た時は驚いたよ。だって、俺の運命が目の前で死にかけてるんだもん」
「俺は、わからない」
「いいんだよ。でも、俺はこの運命を信じるって決めたからさ。大切にしたいんだ。今までの分も、苦しませたくない」
気だるそうに起き上がった彼が近付いてくる。そんな風になってまで守る価値なんて俺には無いのに。
「好きだ」
気付けば頬を涙が伝っていた。どうしようもなく立ち尽くしていると、そのまま強く抱き締められる。
「俺だって、好きな人に苦しんで欲しくない」
「ミズキ、今、好きって言った?」
「分かれよ、ばか」
至近距離で蜂蜜色が揺れる。吸い寄せられるように、その唇に触れるだけのキスをした。
「もう薬、飲むなよ」
「でも……」
「覚悟は出来てるから。次のヒートが来たら、決着つけようぜ」
あれから数週間が経った。体調は問題ない。予定通りなら今日、ヒートが来る。
心臓がドキドキ高鳴る。決着をつけようだなんて自分で言ってしまったが、それはつまりトラウマを超えて彼を受け入れると言うことだ。出来るかどうかはわからない。でも、それでも共に日向を歩みたいと思った。
「ミズキ、体調大丈夫か?」
ノックの後、彼が部屋に入ってくる。記憶が正しければ、初日を除いて彼がこの部屋に入ってきたことはない。
「大丈夫」
「本当にいいんだな?」
「男に二言はない、だ」
じわりじわりと体温が上がっているのがわかる。近付いてきた彼の胸に飛び込んで、ぎゅっと抱き締める。瞬間、彼の身体から何やら果物みたいに甘い匂いが立ち上って、くらりと眩暈がした。
「ミズキ?」
「いい匂い、する」
もしかしたらフェロモンを感じ取る部位も感覚を取り戻しつつあるのかもしれない。そうしたら、俺も運命だって思うのかな。わからないけれど、そうだったら良いなと思う。
「ウーヤン、俺のこれから、貰って?」
そう言って唇にキスを落とせば、そのままベッドに押し倒された。
「それ、卑怯だ」
「貰ってくれないのかよ?」
「貰うに決まってるだろ!」
もぞもぞと後ろを向いて、傷だらけの項を見せる。優しくキスを落とされて、思わず身体が強張った。そうして、犬歯が突き立てられる。痛みののち、残酷なまでの多幸感が沸き上がってきた。
今までの人生の中で、間違いなく一番幸せな瞬間だった。
幸福に慣れていない身体が、それから逃れようとのたうつけれど、彼は離してはくれない。そうしてそのまま震えていると、かっと身体が熱くなる。ああ、ヒートが来たんだ。そう察した。
思考がぐずぐずに溶けていく。彼に触れられたところ全部が気持ちよくって、くたりと脱力しながら好きなようにされていた。
今のところ恐怖心はない。それどころではなく、快感にとろけている。
「ミズキ」
「あ、ぅ……」
すっかりぐちゃぐちゃに濡れた後孔には、彼の剛直が深々と突き刺さっていた。ずっと前からそうだったみたいに、身体に馴染んでいる。どうしようもない多幸感と快感に、全てがどうでもよくなって、彼の唇に触れるだけのキスをしてもっともっとと強請る。
そんな俺を見て彼はふっと笑うとぱん、と腰を打ち付けてきた。
「ああっ!」
こんな状態でもしっかりゴムをつけている辺りとても愛されているのだと感じて、それと同時に寂しくもなる。子種が欲しいと腹が収縮して、彼が喉を鳴らした。
上書きして欲しい。汚れている自分の何もかもを、彼で染め上げて欲しい。
「ウーヤン、……ウーヤン!」
彼の名前を繰り返し呼ぶ。腰をくねらせて快感から逃れようとするが、体重をかけて押し付けられて、どうしようもなくなった。逃げ道がない。そんなものあるわけもないのに、腰を打ち付けられる度につい探してしまう。
「ミズキ、かわいいよ」
熱っぽく囁かれて、かっと身体が熱くなる。可愛いはずないのに。だって、過去の男に付けられた傷だらけなのだから。
「あ、ぐっ」
今までの苦しみがフラッシュバックして、息が出来なくなる。溺れたみたいにパニックを起こしてのたうっていると、彼が手を握りしめてきた。
「ミズキ、大丈夫だから。もう苦しまなくていいんだよ」
その言葉で、全てが救われたような気がした。
彼は傷だらけの身体も、壊れかけの心も、全てを受け入れてくれる。優しく包んで護ってくれる。それが嬉しくてしょうがない。
俺の運命。憎くて憎くてしょうがなかったそれに、救われる。
「ウーヤン、好きだ」
「っ、おれも大好き」
もうきっと、殺して欲しいなんて思うことはないのだろう。出来れば最期のその時まで共に生きたい。心からそう思えた。
びくんと身体が跳ねて、何度目かもわからない絶頂を決める。ゴム越しにびゅくびゅくと精が吐き出されているのがわかって、彼も達したのだと嬉しくなった。
「ね、ゴムいらないから。上書きして、俺の全部」
彼がごくりと喉を鳴らす。雑に剛直を引き抜かれたかと思うと、彼は精が入ったゴムを投げ捨てた。
そうして、そのまま剥き身の陰茎が身体の中に挿入される。熱い。溶けてしまいそうだ。
「あは、嬉しい」
「あんまり煽らないでっ」
苦しそうに歪んだ眉にキスをする。今は彼の欲望のままに酷く抱かれたい。殴られたってかまわないけど、彼はそんなこと絶対しないとわかっているから。自分でも腰をゆらしながら、持てる技術すべてを使って彼を追い詰める。
「ミズキ!ミズキ!」
彼が名前を読んでくれるのが嬉しくて、腰を打ち付けられる度、己の陰茎からさらさらの潮が噴射する。
ごちゅっと身体の中で鳴ってはいけない音がして、彼の剛直が結腸に潜り込んだのを察した。瞬間目の前が真っ白になった。キャパシティ超えの快感に脳が焼かれて、彼以外のことが置き去りにされる。
気持ちいい。良すぎて怖い。彼の背中に爪痕を残しながら、お互いに体力が尽きるまでぐちゃぐちゃになったのだった。