スタレ
「風邪だぁ?」
「そうらしいの!珍しいよね、あのアルジェンティが」
カウンターに出されたモルトジュースを流し込みながらピンク頭の嬢ちゃんに聞く。アイツが風邪?なんだそれ知らねぇぞ。
「それにしても意外だな。本人から聞いているかと思ったのに」
「あー、メッセージのやり取りはしたがなーんにも言ってなかったな」
「真っ先に言いそうなのにね」
スマホを手に取り確認するが、そんなメッセージは来ていなかった。なんだ?普通そう言うのってオレに言うべきじゃね?一応恋人なんだが?そんな思いで音声変換で「今何処にいる」と問えば、少しして座標と「すみません」とメッセージが送られてきた。
「なんだって?」
「居場所が送られてきたから行ってくるわ。たくあのウーウーボ、何でオレに言わねぇんだよ」
「まあまあ、きっと弱ってるところ見せたくなかったんじゃないか?」
そう言う開拓者を横目に残りのモルトジュースを掻き込み立ち上がる。
「こうやってバレてんだから意味ねぇだろ」
「それはそうなんだけど。あ、そうだ。せっかくだからお見舞い持っていってあげて?」
「幾つか見繕っておきましたので」
タイミング良く現れたやたら声の良いバーテンが差し出すバスケットを受け取ると、ひらりと手を振る。
「また来るぜ」
「その時はどうなったのか聞かせろよー?」
「キューティーが、言うわけねぇだろ」
列車を後にして、幾つかの船を乗り継いで辿り着いた先の停留所にアイツの船はあった。スマホに着いたことを伝えるメッセージを送れば、入り口が開いて中から顔の赤いアイツがふらふらしながら出てこようとしたので止めつつ、中に入る。
「よぉ、アンタでも風邪を引くんだな」
「面目ないです」
肩を貸して、見慣れた船内を歩く。触れ合った肌が熱くて体温が高いのがわかった。きっと熱が出ているんだろう。良くそんな状態で出てこようとしたな、なんて思いつつ寝室を目指す。
ゆっくり気遣いながら歩き、寝室へたどり着くとベッドにアイツを寝かせ、サイドテーブルにバスケットを置く。
「これ、列車のヤツらから見舞いだってよ。後途中で薬を買ってきた。粥くらいなら食えそうか?」
「ありがとうございます。星穹列車の皆さんには後程お礼を言わねばですね。……うう、実はあまり食欲がなくって……」
申し訳なさそうに鼻声でそう言うアイツに布団をかけて、汗ばんだ額を撫でる。鋼の身体がちょうど良いのか、気持ち良さそうに眼を細めたのを見て、ふとあの子のことを思い出す。
「でもなんか食わないことにはどうにもなんねぇからな。キッチン借りるぞ」
「……はい」
珍しく覇気のない返事を聞いて、寝室を後にする。アイツのことだからきっとバケットくらいなら常備してあるだろう。だったらパン粥か。遠い昔を懐かしみながら、キッチンへ移動すると冷蔵庫を開ける。ミルクのビンを手に取り、鍋にとくとくと注ぐと火にかけた。
甘い方が好みだろうか?なんて考えながらはちみつを手に取る。久々にキッチンに立つが意外と身体が覚えている物で。それに安心しながら少し固くなったバケットを細かく千切るとじっくり時間をかけて煮込んでいく。
「ん、こんなもんかな」
味見をすれば、懐かしい優しい味が口に広がった。好みかわからねぇけど、味は大丈夫。火から下ろして少し冷ます。
皿によそおうかとも思ったが、洗い物が増えるしこのままで良いかと鍋のまま、待っているであろうアイツの元へと向かった。
「起きてっか?粥作ってきたぜ」
「起きてます。ブートヒルさんの手料理が楽しみで……」
「手料理なんて大袈裟だろ。適当に煮込んだだけだぜ?」
「嬉しいに決まっているじゃあないですか」
ごそごそと起き上がり、へにゃっと笑うアイツにつられて笑うと、側の椅子に腰掛け、粥をスプーンで掬い上げて息を吹き掛け冷ます。
「ほら、食わせてやるから口開けな」
「なっ!」
「ん?」
固まってしまったアイツに、なんかしたか?と思わず首を傾げる。だって、自然な流れだろ?と思ったがよくよく考えると成人男性にすることではないような気もする。
「あー、その、なんだ。ついな。自分で食えるか?」
「食べれません。食べさせてください」
食い気味でそう断言するアイツに思わず吹き出した。
「なんだよそれ。まぁいいか」
開かれた口に粥を流し込み、様子を見る。ゆっくり味わってから飲み込んだアイツは、ぶわっとバラの花弁を散らせながら頬を染め上げた。
「とても美味しいです!」
「ぎゃはは、本当に大袈裟なヤツ。そら、とっとと食って薬飲んで寝ちまえ」
鳥の雛のように口を開けるアイツに思わず吹き出しながらも粥を運び、食べさせる。食欲がないと言っていた割には良く食うじゃねえか。ま、良いことか。そうこうしているうちにあっという間に鍋は空になって、満足そうにしているアイツに水と薬を手渡した。
「何から何までありがとうございます」
「良いってことよ。ほら、こう言う時はお互い様だろ?」
薬を飲んだのを見届けてから、グラスを受け取りサイドテーブルに置く。ふとアイツを見るととても汗をかいているのに気が付いた。
「ちょっと待ってな。着替えとタオル持ってくるから。そんな汗だくで寝たら悪化しちまう」
何か言おうとしたアイツを遮って椅子から立ち上がる。確か着替えはあの辺だったか。記憶を頼りにクローゼットを漁り目的の物を取り出すと、今度はお湯を取りにキッチンへ戻る。
桶に熱めのお湯を張って、タオルを浸すとアイツの元へと向かった。
「待たせたな。ほら、上脱げよ」
「その、そこまでしなくても大丈夫ですよ?いや、嬉しいのですが……」
「気にすんなって、どうせオレにゃ風邪なんて伝染らねぇんだからよ。大人しく世話を焼かれてな」
「うぅ……」
渋々寝間着を脱いだアイツの隣に座って、タオルを絞る。傷跡だらけの良く鍛えられた身体が晒されて、つい見惚れてしまいそうになるのを堪えた。
その、上半身裸なんてそう言うコトでもしていない限り見れないし、そんな時は右も左もわからなくなっているから新鮮で。ほんの少しだけど情事を思い出して、身体が熱くなる。
でも、今はそんな場合じゃねぇ。
そう思い直して滲み出る汗をタオルで拭いていると、ふと股座の膨らみに気が付いた。
「何で勃ってんだよ」
「……すみません。その、つい……貴方と触れ合いたくて」
申し訳なさそうに、それでいて欲を孕んだ眼でこちらを見詰めてくるアイツに、思わず溜め息が溢れ落ちる。
「ダメだ。アンタ本調子じゃねぇんだから。悪化しちまうだろ?」
「う、ぐうの音も出ません……」
そのまましょんぼり落ち込んでしまったアイツに、良心が痛んで。いや、こっちは間違ったことは言ってないんだけども。でも、このまま寝ろってのも酷な話だよな。そう思い直して桶にタオルを半ば放り投げると、アイツの顔を覗き込んだ。
「……抜いてやろうか?」
「へ?」
「その、アンタだってそのままじゃ辛いだろ?抜くくらいなら……してやるぜ?」
「ブートヒルさん……それ、とてもえっちです」
「アンタが言い始めたんだろ」
触れ合うだけのキスをして、布越しに主張した陰茎にそっと触れた。びくりとアイツが身体を跳ねさせて、はぁっと熱い息を吐く。
「はは、硬てぇ」
「すみません、こんなつもりじゃ……」
スラックスに手を突っ込んで陰茎を取り出すと、両手で包み込んだ。
「風邪で思考も可笑しくなってんだろ。気にすんなって」
人とは違う金属の身体でも、擦られたら良いものなんだろうか。そんな疑問が一瞬浮かぶが、どうでもよくなるくらいに熱を持ったそれを、先走りを絡めて扱く。気持ちいいのか、敏感な先端に触れる度アイツが息を吐いて、それが首筋にあたって擽ったい。
「ぁ、うっ……」
「きもちい?」
「好きな人に触られて、良くないわけないじゃないですか」
良かった、気持ちいいんだ。だって、どうせならちゃんと気持ち良くなって欲しいだろ。
ついでに発せられた好きという言葉に、思わず顔がにやけてしょうがない。見られていなくて本当に良かった。こんな腑抜けた顔、とてもじゃないが見せられない。
「はぁ、ブートヒルさん」
余裕が無さそうな声音で、アイツがオレの名前を呼んだ。とろとろと溢れだした先走りが手を動かす度にちゅこちゅこと卑猥な音を立てて部屋に響く。なんだかこっちまで当てられそうで、殆ど無意識に生唾を飲み込んだ。
このまま……なんて思って慌てて思考をもとに戻す。そんな、風邪を引いているようなヤツに無理はさせられない。
「あぁっ、くぅ……」
「イきそう?」
こくり、とアイツが頷いて。手を早めれば、肩を掴んでいた手に力が込められる。
なんだろ、可愛いな。アンタもオレを愛している時、こんな気持ちなんだろうか。
「すいませんっ……もう、我慢できなくてっ!」
「はは、いいぜ。出しちまえよ」
そうして、その時は来た。
アイツはびくんと一際大きく身体を跳ねさせたかと思うと、びゅくびゅくと勢い良く精が手の中に放たれていく。それを受け止めて、ティッシュを取るとそのまま拭い取った。
「スッキリしたか?」
「ブートヒルさん……」
「そんな目で見たってダメだ。今は風邪治しな」
風邪が治ったら幾らでも抱かれてやるよ。そう耳元で囁いてやれば、アイツはぶわっと顔を赤くして目線を反らす。
なんだよ、その反応。
「おら、薬飲んで寝とけって。拗らせてもしらねぇぞ」
「それは困ります」
紙袋からカプセル錠を取り出して、水と一緒に手渡す。前々から世話になってる商人に一等効くのを頼んだんだ。寝てりゃきっとすぐに良くなるだろう。
アイツはなんの疑いもなく薬を飲み込むと、そのまま水を流し込む。
「ふふ、いいこいいこ」
自然に、相手が成人男性なことも忘れて子供をあやすように頭を撫でれば、ただでさえ赤い顔がもっと赤くなった。
「うぅっ、ずるいです」
「あ?何がだよ」
「……風邪が治ったら覚悟しておいてくださいね」
水の入ったグラスを受け取り、サイドテーブルに置くとへいへいと適当に返事をしつつ、立ち上がる。
「鍋、片付けてくるから。大人しく寝てろよ?」
「はい……すぐ戻って来ますか?」
「わかったわかった。すぐ戻ってくるから」
「待ってますからね」
もぞもぞと布団に入っていったアイツを横目に部屋を出る。長い廊下を歩いてキッチンへ着くと、息を吐いた。
オレだって、アンタに抱かれてぇんだよ。
「チッ」
舌打ちを一つ。キッチンに寄りかかり、ごそごそと右手を股座へ伸ばす。ズボンの中に手を滑り込ませてそこをなぞれば、くちりと水音がした。
ただ、抜いてやっただけなのにこのザマだ。浅ましさに自分が嫌になる。
「ぁっ、う……」
すでに軽く勃ち上がった陰核を擽るように撫でれば、甘い痺れが走る。さっき精を受け止めた手に舌を這わせ、本当に微かな残り香を探った。
じわりじわりと溢れ落ちる蜜を指に絡め、ナカに埋めていく。
「んんっ、はぁ……アルジェンティ」
アイツの名前を呼んで、指をそれに見立ててしゃぶりつけば、露骨にナカが悦ぶのがわかった。
気持ちいい。でも、足りない。
アイツが欲しいと叫ぶ身体をなんとか満足させようと、じゅぶじゅぶと出し入れを繰り返す。
指に吸い付いて奥まで咥えれば、口の端から唾液が溢れ落ちた。
「ぁ、ふぅっ」
ぐりぐりとナカの気持ちいい所を刺激しながら、でも上手くイけなくて困り果てていると、ソファの上にブランケットがあるのに気付いた。
指を引き抜いてふらふらとそれに誘われるように歩き寄って、顔を埋める。
アイツの匂いが鼻腔を擽って、酷く興奮してしまう。
びくんと面白いくらい身体が跳ねて、その先に絶頂の気配がした。
「んんっ、ふぁ……」
陰核を押し潰せば、びりびりと快感が背筋を走り抜けていって。耳元でいるはずのないアイツの声がする。
『ふふ、そんなに僕が欲しいんですか?』
殆ど無意識に頷く。
もっと苛めて欲しい。何時もみたいに、愛して欲しい。
ナカに指を埋めて、気持ちいい所をぐりぐりと押し込めば、目の前がチカチカと明滅した。
イく、来ちゃう。アイツの手だと思って、自分の頭を撫でればその時は来た。
「~~~っ♡」
気付けばあっという間に果ててしまっていた。
アイツで、だ。アイツで抜いちまった。
「ホーリーウーウーボ……」
こんなの、変態みてぇじゃんか。
絶頂後の気だるさに、思わずその場に座り込む。自己嫌悪と、少しの申し訳なさに居たたまれなくなって頭を抱える。
ブランケットには唾液の跡が出来ていて、こりゃ洗濯しねぇとだなと思う。ああ、仕事が増えちまった。チクショー。
なんとか呼吸を整えると、立ち上がり服の乱れを直す。
ブランケットをひとまずその場に置いて、キッチンへ向かうと鍋をスポンジで洗う。
すぐ戻ると言ったのに、怪しまれてないだろうか。そんなことを思いながら、ブランケットを持ち、洗濯機にぶちこみにキッチンを後にした。
なんやかんや、珍しく溜まっていた洗濯やらなんやらしているうちにあっという間に時間が過ぎ、部屋に戻る頃にはアイツはすやすやと寝息を立てていた。
顔はまだ赤い。きっと熱があるんだろう。少しでも下がればいいと水を絞ったタオルを額に乗せれば、アイツが目を覚ました。
「ブートヒルさん、」
「悪い、起こしたか?」
「いえ、だいじょうぶです」
「辛そうだな。何かして欲しい事は?」
「そうしたら、一緒に寝て欲しい」
珍しく弱りきった声でそう言われては、断りようがない。招かれるように捲られた布団に身体を滑り込ませると、そのままぎゅうっと抱き締められた。
「これでいいか?」
「ふふ、嬉しいです」
すり寄ってきた大きい子供の背中をゆっくり撫でる。布団の中は暖かくて、じわじわと熱が冷たい鉄の身体に広がっていく。
そうして、気付けば眠りに落ちていた。
「ブートヒルさん!風邪、治ったみたいです」
そのままがっつり寝落ちてしまったようで、アイツの大きな声で目を覚ます。
ゆっくり目を開けば、至近距離にアイツの顔があった。確かに顔色は良さそうだし、赤くもない。
「あ、おう。よかったな……もう無理すんじゃねぇぞ?」
「何から何まですみません」
「気にすんなって、お互い様だろ」
そう言いながら起き上がろうとして、そのまま腕を引っ張られてベッドに縫い付けられた。
にこやかな顔のアイツと目が合って、でも目が全然笑ってない。
「へ?」
「約束、しましたよね?」
治ったら抱かせてくれるって。耳元でそう囁かれ、ぞくりと鳥肌が立つ。
あ、食われる。そう思ったが時すでに遅し、身動きも取れないまま噛みつくように唇を奪われ快感に飲まれていった。