ほの




「……夜更けに訪ねてきたかと思えば何なんです?」
 部屋の扉が力強くノックされしぶしぶ応じれば、そこには見慣れた男が立っていた。雨に肩を濡らした大男の名はシロージ。ひょんなことから付き合う羽目になった恋人である。
「いや、今日行くって昼間伝えたろ」
「夕方から土砂降り大荒れでしたから、てっきり来ないとばかり思っていたんですけどねェ。それより、アナタそんなんじゃ風邪引きますよ?」
 だからといって、己の高級なタオルは貸してやらない。数は少ないが、専用のものを用意してあるからだ。安い業務用のごわごわしたそれを差し出せば、彼は特に気にすることなく受け取った。
「最近忙しいだとかなんだとか理由つけて断られてばかりだったからな」
「アナタとは違ってワタシにはやることが沢山あるんですよォ」
「どうだかな」
 彼は雨に濡れたシャツを脱ぎ捨てると、乱雑に身体を拭き始める。確かに風邪を引くとは言ったが、脱げとは言っていない。晒された肉体は仕事柄か、良く引き締まっており無駄が無いように思えた。
「で、何の用なんです?」
「ああ、お前を抱きに来た」
「は?」
 瞬時に出た声はそれはもう間抜けで。いや、それよりもだ。今、この男はなんと言ったか。
「ワタシを?」
「ああ」
「ワタシ、雄ですけどォ?」
「今更だろ」
 そう、確かに今更ではある。雄同士で恋人の真似事だなんてと思ってはいたが、どうやらこの男は初めから本気だったらしい。
 気圧されて後ろへと下がればそのまま追い詰められて、至近距離に彼の顔がある。
「嫌か?」
「……嫌に決まっているでしょう!ワタシ、雄ですもん。雄同士じゃ、出来る訳がない」
「方法はある」
 ひょいっと抱えられて、逃げる間もなくベッドに運ばれた。転がされてそのまま彼が覆い被さってくる。マズい、このままでは食われる。本当に嫌かと聞かれれば、そうじゃないけれど……。素直になんかなれる訳もないし、心の準備と言う奴が必要だった。
「シロージさん?」
「コンノ、俺は本気だ。嫌なら逃げてみろ」
 そう耳元で囁かれて、ぞわりと背筋を見知らぬものが駆け抜ける。そんなの、知らない。腕を突っ張って押し退けようとするも、力で叶うはずもなく。雨で冷えた肌の温度がそこにあるばかりだった。
「逃がす気なんて無い癖に!」
「ああ、そりゃあ力押しするつもりだったからな」
「人でなし!」
「どの口が……」
「っ、触らないでくださいっ」
 彼の手が肌触りの良いお気に入りの寝間着の中に侵入してくる。拒みたいけれど、ほんの少しだけ興味が湧いている自分もいて。拒めないでいると、素肌を少しがさついた手が脇腹を撫でた。
 ぴくり、と身体が勝手に跳ねる。気を良くしたのか彼はくつくつ笑うと、触れるだけのキスを落としてきた。
「大体なんでワタシが雌役なんですかァ」
「そりゃ、どう見たってそうだろ?」
「どう見たってって……そんなことないです!」
「それにお前、俺が抱けるのかよ」
「見くびらないでください」
「お前、それ俺のこと好きだって言ってるようなもんだけど」
「なっ!」
 途端ににやにやとにやけている彼を睨み付けることしか出来なくて。きっと今鏡を見たのなら耳まで赤く染まっていることだろう。
 はめられた。こんな見え透いた手に乗ってしまった。
「否定は無いんだな?」
 言い返せなくて思わず黙りこくる。黙秘を選んだのは悪手だったかもしれないのは頭では分かっているが、正直今更である。
「……嫌いな人を態々部屋に上げて、それどころか身体を触らせるとでも?」
「お前は……そうだろうな」
 ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。こうなったら蚊にでも刺されたと思ってとっとと終わらせた方が早い。覚悟を決めて、汚れる前にスエットを己の手で下ろそうとした。だが、一挙一同を見られているが故にとてもやりずらい。
「せめて電気を消すとか、アナタにはムードってものが分からないんですか?」
「見えなかったら危ないだろ」
 さも当たり前の様に言う彼に思わず溜め息が零れる。どうやら何を言っても聞く気は無いらしい。動きを止めた手を、急かすように撫でられて。そうして視線が合う。
「なぁ」
「分かってます。分かってますから」
 拒めないのは惚れた弱みか。視線を逸らせないまま、油切れを起こした機械のようにぎこちない動きで下着ごとスエットを脱ぐ。
 明かりに晒された内腿を、彼の節くれだった指がするりと撫でた。
 神経を逆撫でされているような、そんな感覚。それが何なのかを、己は知らない。なんとも言えない高揚感の中、すがり付くように彼を見る。
「一応潤滑油の代わりにでもなればとこれを持ってきたんだが……」
「なんです?それ」
「ベビーオイル。サザンカの店で買ってきた」
 ポケットから取り出されたボトルを傾けながら彼は言う。
 何に使うのかは敢えて聞くまい。……いや、ちょっと待て。
「買ったところ、誰かに見られてませんよねェ?」
「あ?」
「だって、アナタがベビーオイルを買うなんて変じゃないですか」
「あー、まぁ、妙に見られてるなとは思ったが」
「詰めが甘いんですよォ!……見られたのはサザンカさんだけですよね?」
「リンもいたな」
「……終わりです。全部……だから夕方あんな何か言いたげに……明日はゆっくりしなさいだなんて言う訳がない……」
 何から何まで台無しである。仮にも初夜だと言うのに。ただでさえ狭い村なのだ。シロージと言う男は態々意味もなくベビーオイルを買ったりはしない。何かしらに使うとなれば、消去法で妹のコマコか、或いは己に向くのだ。でなければあの村長が己の心配をするわけがない。
「考えすぎだろ、それ」
「もういいです……今日はお開きにしましょう。萎えました」
「……逃がさないって言ったろ」
 少し不機嫌が見える声音に、ぎくりと身体が強張る。そうして殆ど無理矢理に手を掴まれて、顔が近付いてきた。あっと思った時には噛みつくようにキスをされていて、文句を言う隙もなく舌が口内に入り込む。その舌を、咄嗟に噛みそうになるのをなんとか堪えて受け入れれば、眉間に寄った皺がほんの少し薄くなった気がした。
 深い口付けは息苦しくて、まるで溺れているようだから苦手だ。ぞわぞわと背筋を電流が流れて、思考に霞が掛かる。
「ふっ、ぅ!んんっ、うぁっ」
 ぎりぎりと手首を締め上げられて、痛みに身動ぎをする。逃げたいけれど、逃げ場がなくて。辛くて苦しくて、でも、気持ち良くて、どんどん訳が分からなくなっていく。
「はぁ、しろーじさっ」
 この口付けに対して、どうしたらいいのか未だに分からない。決しておぼこではないけれど、それでも人との経験などないのだから当たり前だ。
「いっ、いたいですゥ」
 痛いのも苦しいのも嫌いだ。辛くて惨めになるから。手を締め上げていたのは無意識だったのか、彼が慌てて離れていく。あんなに苦しかったのに、不思議と離れがたくて。小さく小さく声を上げた。
「……すまん」
「跡になったら怒りますからっ」
 手首を擦りながら怒り任せに睨み付ける。でも、彼は何処吹く風で言ってのけた。
「でも、勃ってんぞ?」
「は?」
 そりゃ、確かに興奮はしたのだから当たり前だろう。ふるふると震える陰茎に、彼の手が絡み付く。そうして二、三度扱き上げると、笑って見せた。ダイレクトな刺激にぞわぞわと鳥肌が立って、拒絶する為に差し出した手で彼にしがみ付く。
「あっ、あぁっ……!」
 情けない声が口の端から漏れ出て零れ落ちていく。身動ぎをしてなんとかそれから逃れようとするが、体重を掛けて身体を押さえつけられてはどうしようもなかった。快感から逃げられない。敏感な先端を手のひらで削られて、ぞわりぞわりと忍び寄ってくる絶頂の気配に首を振りながら背をしならせる。
「しろーじさっ、あぁっ!だめですゥ……それ、だめっ」
「っ、了解」
 彼が舌舐りをする。その赤に、つい目が釘付けになってしまっていけない。たかが人間だと言うのに、肉食動物の様に目をぎらつかせながら己に覆い被さる彼は、仕上げと言わんばかりにベビーオイルを垂らすと手を早めた。
 ちゅこちゅこと、いやらしい音が鼓膜を刺激する。他人からもたらされる快感と言うのはこうも抗い難い物なのか。働かなくなった頭で、ぼんやり思う。
「イッ、あぅっ……!出ちゃいますからァ……!離してっ」
「良いぜ?見せてくれよ」
「っ、う゛~~~~っ!」
 ついに限界が来て、彼の手の中で果てた。寝間着に精が跳んで、肌触りの良いその生地を汚す。
 ぜえぜえと肩で息をしながら身体を跳ねさせていると、彼が身体を割り込ませて足を開かせる。
「はぁっ……んっ、シロージさん?」
「あんま動くなよ?」
 そうして彼は指にベビーオイルをたっぷりまぶすと、後孔の皺を伸ばすように撫でてきた。
「なっ、そんなとこっ」
「男同士はな、ここ使うんだよ」
 かあっと顔が熱くなる。そんなとこ、自分でさえ触れたことがないのに。ゆっくり指が挿入されて、酷い違和感に思わず首を振る。無理だ、こんなの。情けなくて仕方がないけれど涙がじわりと滲む。
「シロージさんっ、無理ですってェ!やだっ、あぐっ」
「……流石にキツいか。初めてだもんな」
 彼はそう言うと、指を引き抜いた。触れるだけのキスを落として笑うと「やめておくか」と続ける。
 服の上からでも分かるくらい勃たせている癖に、ちゃんと己のことを気遣ってくれるのが嬉しくて……。
「やです。やめなくていいから……」
「でも、痛いの嫌だろ?」
「嫌ですけどっ、アナタそのままでどうするつもりなんですか」
「どうって、帰ってから適当に抜くさ」
「……やです」
 童子の様にグズっていれば、彼はしばしの沈黙の後、口を開いた。
「なら、良い案がある。後ろ向けるか?」
「?」
「手ぇ付いて、四つん這いで……足は閉じとけよ?」
 思考が読めずに、言われた通り四つん這いになれば、尻に冷たい物が垂らされる。恐らくはベビーオイルだろう。そうしてごそごそと衣擦れの音が聞こえて。振り向けば、とてもとても立派なモノが目に入った。
「っ、アナタ、そんな大きなモノをワタシに挿入れようとしてたんですかァ!?」
「んな褒めんなよ」
「褒めてないですゥ!そんなの、大事なところが切れてしまいますよ!?」
「だから褒めんなって」
 そうして、その立派なモノがベビーオイルの滑りを借りてゆっくり足の隙間に射し込まれる。陰茎同士が擦れあって、急な刺激にぞわりと鳥肌が立つ。
「なにっ」
「何って、素股」
 首筋に彼の息が当たって擽ったい。それより、これはかなりマズいかもしれなかった。こんな獣同士の交わりのような体勢、頭が勘違いしてしまう。
「っ、これ、アナタのと擦れてっ」
「そう言うもんなんだよ」
 ぱん、と腰を打ち付けられてびくりと身体が跳ねる。気持ちよさと隠しきれない興奮に困惑しながら思わずシーツを掴んだ。
「やっ、あっ!だめですっ、これ、だめ!」
「全部駄目じゃねぇか」
 雌の様に扱われて、どうしようもなく興奮している。はっはっと犬のように浅く息をしながら、茹だる頭で必死に足を閉じる。くすりと耳元で彼が笑った。
「待って、うあっ!……あァっ!」
「ふふ、可愛いな」
「っ、かわいくないですゥ!ひっ!」
 べろりと項を舐められて、思わず悲鳴が溢れる。腰が打ち付けられる度、じわじわと削られるような快感に思考がぼやけていく。気持ちいい。気持ち良くて、可笑しくなってしまいそうだ。
「シロージさんっ、」
「コンノ」
 色の乗った低い声で名前を呼ばれて、かあっと顔が熱くなる。何だか本当に犯されているようで、恥ずかしくなってシーツに顔を埋めた。
「っ、しろーじさん、もっ、出ちゃいますっ……!」
「出していいぞ?」
「あぁっ……だめっ、シーツ、汚したらっ!バレちゃっ!」
 それだけは避けたかった。何を言われるか分かったもんじゃないし、何より恥ずかしい。半泣きになって訴えれば、彼は溜め息を一つ溢した。
「しょうがねぇな。これなら良いだろ?」
 瞬間、陰茎がざらざらとした物に包まれた。あの、身体を拭くのに渡した安物のタオルだ。
 瞬間、敏感な先端をタオルで削られて腰が抜けそうになる。
「ひぃっ!う゛っ!ぐぅ~~~っ!」
「コンノっ」
 酷い声が喉から漏れて、快感に飲まれていく。項を舐めていた舌が退いたと思った瞬間がぶりと噛み付かれて、そうして彼の手の中で二度目の絶頂を迎えたのだった。
 びくんと身体が跳ねて、そうしてそのまま力が抜ける。倦怠感に包まれながらシーツの海に身体を沈めると、彼の手が丁度目の前にあった。
「いっ!」
 その左手の薬指に噛み付いてやる。血が滲むくらい、強く。
「しかえしです」
 そうして笑って見せたのだった。
 
 
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