アークナイツ
最近、兄の様子が可笑しい。
と言うのも、何かと面倒を見たがるのだ。いや、正確に言えば、面倒を見たがるのは元からなのだが、気付けば横にいるのである。
まず朝、奴は鍛練があるからとかなり早朝から動いているようだが、終わった後は自室に必ず姿を見せる。そうしてそのまま朝食を共に摂り、何処へ行くにも着いてくるのだ。そうして昼頃また食堂へ連れていかれ、またそこでもあれやこれやと世話を焼いてくる。午後は午後で夕飯時まで碁を打ち、雲獣に威嚇をされながらも部屋に居座り、そうして夕飯も共にする。一人になれるのはそれこそ夜の時間くらいで、私に何か用事がある時は着いてこないが、それ以外は基本的にべったりである。私がここに来る前はもっと規則正しい生活をしていたと聞くが、今では最低限に留めているようであった。離れていた時間を埋めるように、と言えば聞こえはいいが、これでは殆どストーカーと変わらない。だが、誰かに相談しようにも、このロドスに来て数週間の己ではふさわしい相手がいない。ある時困り果ててドクターにどうにかならないかと相談したが「自業自得」の四文字で片付けられてしまった。妹、弟たちに相談しても、きっと同じことを言われる自覚があるので、受け入れる他無いのが現状である。
「ウァン、いるか?」
噂をすればなんとやら。朝の鍛練が終わった奴が部屋を訪ねて来た。一度居留守をしたら扉を抉じ開けて来たことがあったので無視は悪手である。
「入ってこい」
「嗚呼、お早う。今日は午後からドクターに呼ばれているんだったか?」
「言っていない筈だが。どうして知っている?」
「ドクターに聞いた」
予定はこちらが言わなくても勝手に把握している。正直、これはやりすぎだ。物事には限度がある。
「兄上よ、一々私の予定を確かめて一体何がしたい?」
ただならぬ空気にソファの上で腹を出して寝転んでいた雲獣が目を覚ます。そうして部屋に入ってきた奴に気付くと威嚇をして、そのまま私の懐に飛び込んできた。
「私はただ、お前が心配なだけだ」
「それにしては度が過ぎるのでは?」
「……こうでもしないと、お前は寝食も忘れて文献を読み漁るだろう?」
そんなことは……まあ、あるかも知れないが。否定しきれず押し黙れば、奴は溜め息を吐く。自業自得の文字が頭にちらついて、此方も溜め息を吐くとそのまま部屋を出ようと歩き出す。当たり前の如く着いてこようとする奴を睨み付けるが、嫌味無く微笑まれて、意味がないことを悟ったのだった。
そうしてあっという間に約束の時間になったわけだが。
「で、今日も今日とて付き纏われている、と」
メディカルチェックの後、呼ばれた通り公務室に顔を出せば、忙しそうに行き来する金髪のペッローと、書類に埋もれながらも端末を操作するドクターの姿があった。恐らく今日の秘書当番である彼に面識は無いが、良く姿を見掛けるのでドクターのお気に入りなのだろう。
「ドクター、俺、席外そうか?」
「いや、別にいいよ。ね、ウァン?」
「……構わん」
警戒心の見える彼は、ドクターの言葉に納得したのかそのまま作業に戻った。まあ、聞かれたところで困る内容でもないのでいいか。何よりこの部屋の外で待っているだろう奴の方が問題である。
「多分ね、彼なりに心配しているんだと思うんだ」
「そうであっても、こう着いて回られると気が休まらん」
「でも、そうでもしないと貴方、転がっていってしまうでしょう?」
否定はしない。しないが、現状おおっぴらに外に出るには外出届けを出さねばならない。そうすれば、結局は奴の耳にも入ることになるだろう。今の奴なら後を着いて来たがるに決まっている。
「それ程信用がないとはな」
「それこそ自業自得だと思うな」
「……」
「一旦ちゃんと話し合った方がいいよ。見張られて、面倒を見られるのが嫌ならちゃんと言った方が良い。でも、重岳の気持ちも考えてあげてね。嗚呼、言って駄目だったらその時は手を貸すから」
「……痛み入る」
「いえいえ。で、本題なのだけれど……」
そうして、幾つか陣形の助言をして、ドクターと金髪の男に会釈をすると部屋を出たのだった。
そのまま部屋に奴を招き入れて、ソファに座るよう促すと対面に座る。何時もならこのまま一局と行くところだが、今日はドクターの助言に従うことにした。
「……放っておいてくれないか?信用が無いのは仕方がないが、このように見張られては息が詰まる」
単刀直入に思ったことをそのまま言う。瞬間、驚いたように奴の目が見開かれたかと思えば、途端に影を落とす。
「……すまない。いや、お前を信用していない訳ではないのだ。ただ、折角ここに来たのだから楽しんで欲しいんだ。……知って欲しいんだ」
「兄さんの言いたい事は分かる。ここは良い所だ。眩しいくらいに」
「……そうだな」
兄は人を愛している。だからこそ、ロドスに肩入れするのだろう。
「ウァン」
「なんだ」
「人を愛するのと同じくらい、私はお前の事を愛しく思っているんだ。……本音を言えば、もう二度と失いたくない。己を大切にしてくれ」
そんなことを言われるとは思ってもみなかった為呆けていると、兄は立ち上がった。どうやら、部屋から出ていくつもりらしい。引き留める権利等、己には無い。何も出来ないでいると、あんなにも兄の事を威嚇して嫌っていた雲獣が、奴のスラックスの裾を引っ張った。
「ん?」
私の方を見て、雲獣は鼻を鳴らす。世話の焼ける、とでも言いたげに。
「……私は己がしたことは間違っていないと思っている。それでも……兄さんに心配を掛けた」
「ウァン」
「それだけは……すまないと思っている」
これが今の私が言える精一杯だった。何やら気恥ずかしくて、気まずくて視線を泳がせていると、腕を掴まれてそのまま抱きすくめられる。
「おいっ」
久方ぶりのその感覚。こんな風に抱き締められるなんてウン百年ぶりだ。
「私達はもっと触れ合って、話し合うべきなのかも知れんな」
「……否定はしない」
足元の雲獣はそのままソファに飛び乗ると、欠伸を一つして丸くなったのだった。
それから数週間が経った。兄の付き纏いは減りはしたが、それでも気にかけてくれているのか食事は共にする事が多くなった。そんなある時の話である。
「ウァン、起きているか?」
夜遅くに、奴が部屋を訪ねて来たのだ。扉を開け迎え入れれば、奴は顔をほんのり朱に染めて酒の匂いを漂わせていた。どうやら酔っているらしい。
あの、誰よりも自分を律する男が?驚きはしたが、恐らくリィンにでも付き合ったのかもしれなかった。
「ウァン」
「おい、酒臭いぞ」
「少しだがつまみも貰ってきたんだ。共に飲まないか?」
かなり上機嫌な奴は、私が断る間も与えずに部屋に入ってくるとソファに腰掛ける。そうして駄獣の串焼きだろうか?紙にくるまれたそれと、いくつかのナッツ類、酒の入った瓢箪を机の上に広げた。
「お前も食べるか?」
いつの間にやら奴に威嚇をしなくなった雲獣が、串焼きに手を伸ばす。一欠片くれえやれば、それを咥えて棚の上に飛び乗ってしまった。
「ほら、飲み比べとしよう」
杯に注がれた無色透明なそれを、奴は一気に胃に流し込む。本当に珍しいこともあるものだとそれを見ていると、杯を手渡された。
口に含めばアルコールの風味が鼻に抜ける。かなり度数の高いそれは食道を焼く。ナッツに手を伸ばし口に放り込めば、程よい塩味と、振り掛けられた香辛料が舌を刺激した。
そうして少しずつ酒とつまみを消費して昔の話に花を咲かせていると、ふと視線が絡む。熱っぽく見詰められて、気まずくて視線を逸らした。
「ウァン」
「……なんだ」
「私はお前の事を愛している」
「……酔い過ぎだ」
水でも飲ませようと立ち上がろうとして、そのまま腕を引っ張られる。あっと思った時にはソファに押し倒されていた。顔が近い。奴の尾が足に絡んできて、身動きが取れない。
「おい」
「本気だ。本気で愛しているんだ」
そうして、そのまま唇にキスを落とされる。あまりの事に固まっていると、そのまま唇を舌で割り開かれて、口内に奴の舌が侵入してきた。ぞわりと鳥肌が立つ。それが嫌悪感だったら良かったのに、どうしてか抵抗する気も起こらなかった。
奴の舌が歯列をなぞる度、背筋を何かが駆け抜けていく。息継ぎが出来なくて、どんどん追い詰められていく中で、ふと奴の手が肌に触れた。擽ったくて身動ぎをすれば、奴はくつくつと喉を鳴らして笑う。自由になった口を開いて必死に酸素を取り込んだ。
「はーっ、はーっ……おい、笑えんぞ」
「ウァン」
服の隙間に手が差し込まれて、そのまま腹を撫でる。熱っぽく名前を呼ばれ、またぞわりと鳥肌が立つ。
「話を!聞け!」
声を荒げて言うが、奴は止まらない。そも、力で奴に適う訳がないので押し倒された時点で詰みである。
「ウァン、お前は相も変わらず痩せているな。力を入れたら折れてしまいそうだ」
「縁起でもない……戯れが過ぎるぞ」
「戯れではないさ」
戯れだったら逃げれたのに。でも、戯れでもそんなことをする男ではないことを知っているから。だからこそ、余計に始末が悪い。
己が尾に、奴の尾が絡み付く。強く締め付けられて、逃がす気が無いことを悟った。
真意が読めない。何故、こんなことをするのか。
「愛している」
そうしてまたキスを落とされて、思わずぎゅっと目を瞑る。すると腹を撫でていた奴の手が下へと降りてきて、股間に触れた。
「勃っているな」
「煩い」
耳元で囁かれて、かあっと顔が熱くなる。生理現象だ、こんなもの。深い意味なんて、無い。
「はじめてお前が夢精した時の事を思い出す」
「っ、そんなこと、忘れてしまえっ」
スラックスの前を寛げて、奴の指が勃ち上がった陰茎に触れる。そう、こうされることは何もはじめてではないのだ。でも、その時はただの処理であって。……ならこれはなんだ。
「う、ぁ……っ!」
直接的な性感に、思考が溶けていくのが嫌でも分かる。そうして数回扱かれた後、奴の身体から力が抜けた。
「なっ」
酒が回ったのだろう。そのまま、暴走するだけして寝落ちてしまったのだ。
重い。身動きが取れない。
なにより、この状態で放置されていると言う事実が辛い。生殺しにも程がある。
「おい、この筋肉馬鹿」
何時もよりも酷い呼び方をして呼び掛けても起きる気配のない奴は、呑気にすうすうと寝息を立てていた。
暫し悩んだ後、緩く握り込まれたままの陰茎を、腰を揺らして奴の手に擦り付ける。惨めたらしくて仕方がない。どうしてこんな目にあわねばならないのか。
「っ、ぁ!はぁっ、うぅっ!」
最初は恐る恐るだったが、動かすうちにどんどん快感を追いかけている自分がいる。閉じられた奴の唇に舌を這わせて、でもどうすればいいのかわからなくてただ獣のように舐め回すことしか出来ない。
「あ、あぁっ……」
浅ましい。もどかしい。切なくて苦しい。ありとあらゆる感情が浮かんでは消えていく。
これは自慰だ。ただの。そう自分を誤魔化して、腰を動かす。でも、あまりにも足りなくて。悩んだ末に、奴の尾が絡み付いていた己の尾を動かして、何とか奴の手ごと包み込むとそのまま扱き上げた。
漸く得られた快感に目の前がチカチカ明滅し出す。内腿が震えて、そうしてそのまま奴の手の中で射精したのであった。