黒煙に乾杯

―――ウクライナ。

「状況!数!負傷者!」
《敵兵 12!内、ビル建物奥にスナイパー1!負傷者0!》
「よし、陸隊、スナイパー狙撃!航空隊、超高速ミサイル 発射!」
《はっ!》

「いやあ、バレシウス中尉。君がいればウクライナは必ずや五か国に入ろうとも!」

 呑気な太い笑い声を上げながら、片手に酒、もう片方へは煙草の煙を纏わせて。そうして大股に闊歩して来たのは、この戦況を担う大尉である。その大尉であろう者が、酒で頬を赤く染め上げ、しゃっくりを垂らす始末と来たら。冷ややか視線を充てたい所、彼は“忠誠”の下に声を張り上げた。

「とんでもない、アンデルセン大尉。だが、このバレシウスの名にかけ、ウクライナを五か国に入れてみせましょう」

背筋を伸ばし、奇麗な敬礼を見せるミハに対し、アンデルセン大尉は瞳を丸くしたあと、それは高らかに大口で笑った。

「あっはっは! バレシウスの名か!君の父さんとお爺さんも喜ぶであろうな! 今後の活躍も期待している」
「はっ」

腹から声を出したからか。先に食べた固い乾パンが、腹圧で喉奥からこみ上げて来そうになる。無理矢理、嗚咽を飲み込み、大尉の姿形がまるで見えなくなった頃。ミハは胸ポケットで鳴り続けていた電話を取り出した。

「やあフィクサーレオ。丁度、中尉の演技に飽きていた所だ、んん」
《ミハ、あと一ヶ月だ。一ヶ月以内に君を迎えに行こう。それまで “バレシウス中尉”として尽力したまえ》
「了解した」
《……どうした、気分でも悪いのかい》
「いや、不味い乾パンを食わされて困っていてね。ヤンが作ってくれる旨いチャイニーズフードが恋しいよ」

 銃撃鳴り響く最中、一番は飯の心配か、とレオは可笑しそうに吹き出した。瞬間、大きな爆撃音が空から堕ちる。きっと、焦燥した大尉が駆け寄って来るだろう。ミハは戦況を電話越しに伝えた。

「ウクライナは陸の戦闘機をこの世界大戦の為にニ万機用意した」
《ほう、さすが。ロシアには劣るとて、よく軍事金を集めた物だ。なら、一ヶ月以内。強みの陸を破壊しよう》
「地雷かい? 手はずは?」
《整っているよ。ウクライナの難民に、戦地と成り得る地へ地雷を埋めてもらった。彼等にはロシアの安全地帯へ身を置けるよう、契約を交わして在る》
「やる事が早いな、助かる。ならあと一ヶ月、中尉を演じ切ってみせるさ」
《頼むよ、ミハ。元FBIスナイパーの君の腕が必要だ。迎えは空からヤスオミが行く》
「了解、フィクサー」

ミハは素早く電話切り、胸ポケットへとしまう。後方からは、やはり、予想通りと言えよう。酒を片手におぼつかない足取りで、慌てた大尉が駆けて来た。大尉とあろう者が、たかが爆撃音でなにを恐れるか。自分の命しか頭にない、呆れた飲んだくれ野郎め。

「バレシウス中尉! 大尉より召集です! 作戦会議が始まります!」
「了解だ、行こう! 我がウクライナのために!」
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