短編小説
触れた肌が、こんなにも熱い。それが、彼女の熱なのか、自分の情慾による物なのか、今はまだ、はっきりとしない。ただ、ひとつだけ確かな事は、自身が彼女を欲している。そんな、単純で、安直に、独立した、それでも紛れもない。不変で、恒久に、永続する想い。―――欲し、欲し、欲して。繋がった薄い皮膚が交わり、熔けてしまえばいい。二つが一つになって、泥泥に。
「待って、此処、玄関だから……、」
「あとで思い切り引っ叩いてくれていい」
そんな事をする
「そんな事しないわ、……けれど、せめて、ベッドへ連れて行って頂戴、」
「寝室に行かなくても、避妊具は在る」
「そう言う事じゃなくって、…」
「頼む」
そうして、次の言葉を繋げるより先、おずおずと首筋に絡めてくれる両腕が。単純で、安直に、独立した、それでも紛れもない、彼女からの応えである。この首に回される腕が、心底、好きで、好きで、堪らない。―――長期任務で、暫く家を空けると伝えた日。彼女は寂しさよりも、温かい励ましをくれた。見送りの際、玄関先で絡めてくれた細い腕の感触が、鮮明に蘇る程に。出先では当然、危険も伴う、行き先が安全地帯だけじゃないと云う事は、彼女も了知であるのに。寂しさより励ましをくれる芯の強さは、もしかすると。俺を超える物があるのでは、そう、たまに苦笑してしまうくらい。
「逢いたかった」
後、暫くの任務を無事終えて。いつも通り家の鍵を取り出した時だった。鍵を差し込むより先に、彼女が扉を開けてくれたのは。驚きで睫毛を
「いい匂いがする」
「やだ、嗅がないでよ、…シャワー浴びてないんだから」
「俺だってそうさ」
「………貴方はいいの」
矛盾に僅か、首を傾げば。銀色に流れた髪の先で。彼女の頬が、紅潮している。この世で最も恐ろしい事はなにか。例えばそう訊かれたとしよう。俺はほんの少しの迷いなく。ひとつの応えを辿るだろう。
「あなたの匂いが………好きだから」
「煽るのは、よしてくれ」
「………」
「―――“無自覚”が一番、効く」
出迎えてくれた彼女を玄関先で押し倒しただけでも、相当、自分本位であると云うのに。理性が遠退いて、ますます滅茶苦茶にしてしまいそうで駄目だ。まあ、もう、手遅れなのだが。そうして、随分前にきつくなった黒のジーンズに手を掛ける。早く彼女の中でこの痛みを解放したくて、仕方がなかった。本来なら、きちんとシャワーを浴びて、柔らかなベッドで、数え切れない口吻の最中、穏やかな前戯をしたい。頭の中では解っているのに、どうもそれが難しいのは、彼女が、彼女で、彼女に、彼女を。兎に角、もう兎に角、訳の解らないくらいに。脳内が彼女で沢山なのだ。もう、本当に、馬鹿みたいに。
「煽ってないったら」
「いや、十分、効いた」
そうして既、鈍痛を伴う
「急に、どうした」
「今日は、要らないわ……」
「馬鹿を云うな」
「本当に。ねえ、お願い」
この世で最も恐ろしい事はなにか。それは、紛れもなく。愛おしい恋人からの、無自覚に他ならない。理性など
「―――貴方の全てが欲しいの」
自身の髪が垂れ、耀りの反射の
「ねえ」
「解った」
そうして、痛みでどうしようもなくなった肌から。先ほど付けたばかりの薄い膜を離す。後、スカートから飛び出した彼女の白く滑らかな脚に、触れ、登り、辿り。熱を塞ぐ、まるで頼りない一枚に、指を掛けるのだ。皮膚から剥がせば、透明の体液が細く揺れていた。奇麗だった。ただに欲望任せと云われてしまえばそれまでなのだが。今はただ。ただに、繋がりたい。それだけだった。
「久しく間が空いてしまった、痛かったら、すぐ教えてくれ」
「……ん」
返事には
「痛むか」
「違うわ、嬉しいのよ」
「………」
「愛してる」
―――自身の髪が垂れ、耀りの反射の所為だろう。余裕の欠片も無く視つめた彼女の瞳が、銀色に、眩しい。眩しくて、眩しくて、本当に。俺には勿体ないくらいに、眩しくて。なんて、愛おしい。
「あなたの全てを愛してる」
瞬間、先端だけで繋がっていた二人は。最後まで。これ以上、奥はないと云うのに、それでも、最奥まで、強く、強く。繋がるのだった。
「嗚呼…、」
何もかもが眩しい。俺を見上げる瞳も、首筋に絡める腕も、垂れた髪の毛を
「………どう、したの」
「すまない、少し、このままで居させてくれ」
「いいけれど、重いわ」
「愛に例えてくれたらいい」
暫くの沈黙のあと、彼女は意を察したのか、“
「暑くないの」
「暑いさ」
「離れないの」
「離れない」
耳に聞こえる穏やかな声は、まるで耀りそのもの。眩しくて、眩しくて。思わず眼を細めてしまうよう。例えるならば、早朝に在る、水光の燐き。ありふれた幸せは、眩しさとなって、この身を照らし続ける。俺には、まだ、眩しすぎる。
「一生、離してやる物か」
君を離す未来が視えないのは、きっと。煌めく、水光が。視界を覆っているから。白色が、酷く眩し過ぎて。本当に。ただ、俺には眩し過ぎた。