謀などとは無縁なキラですら分かるこんな単純な図式に、彼らが思い至らないはずがない。だがそれを進言する者さえパトリックの側にはいないのだ。
(こんなものが本当に人を導いていくことになるのか?)
ワンマンなトップに反乱する者が出ないのは、これだけ規模の大きくなった企業をひっくり返すには、それなりに労力を要するからでしかないのは理解できる。だというのに少しでもそんな素振りを見せた者はあっという間に粛清されてしまうのだ。ならば唯々諾々の従ってしまう方が楽だ。誰だって自分が可愛いのだから。

怠け者で導いてくれる人間を求めていると、まるで蔑むようにパトリックは言ったが、これでは結果的に自ら考える機会を奪っていることになる。
今キラを捕らえようとする者が一人も出ない事実が、それを証明している。“パトリックのため”を思って動いてくれる人間は誰もいないのだ。

だとすればパトリックは裸の王様でしかない。


それはどれほど孤独なことだろうとキラは思う。もちろんパトリック自身が選んだ結果に同情なんかしない。
だがアスランをそんな孤独の中に置き去りにするのは絶対に阻止する。


長い廊下を踏み締めながら、キラは静かに誓ったのだった。




◇◇◇◇


外へ出たキラは上空に輝く月の光りで、既にとっぷりと日が沈んでいたことを知った。
(今夜は満月か)
しかしどれだけ目を凝らそうとも、星の瞬きはぼんやりとしか認識できない。明るい光を放つ月のせいか、明る過ぎる地上の人工の光によるものか。

それを残念に思いながら、目線を空から下げた瞬間だった。


「────!キラ!!」


キラの網膜を焼いたのは、地上の星。
アスランの輝く翡翠の瞳。
(ああ……そうだったよね)

キラの星はいつだってここ地上にあったのだ。




「お前!一人で出てきたのか!?父上に捕まって、一体どうやって──!!」
あっという間に側まで駆け寄ってきたアスランは、いの一番にキラの心配をしてくれた。
「キラ!」
安堵からか目頭がどんどん熱くなっていく。が、続いたラクスの声に、キラは言葉をふりしぼった。
「二人とも、迎えに来てくれたんだ…。ありがとう」
しかし情けなく震えてしまった声に、アスランに続いて駆け寄ろうとしていたラクスの足がぴたりと止まった。
「ご無事なのが確認できれば、それで充分です。わたくしはまた日を改めますわね」
さっきまでの切羽詰まった様子を綺麗に隠して笑みさえ浮かべたラクスは、くるりと踵を返して立ち去って行く。気を利かせてくれたのだろう。


ラクスのピンクの髪が完全に夜の帳に消えたのを確認したアスランはキラを抱き締めた。
「ちょ、アスラン。苦し──」
「~~~っ!良かった……!!」
絞り出した抗議にもアスランの力は少しも緩まなかった。

アスランは誰よりも父親の冷酷さを知っている。だからこそ余計に心配だったのだろう。護衛の人間はまだ周囲にいるだろうが、キラは諦めて一部始終を見られている羞恥を捨てた。
「大丈夫だよ。どこも怪我なんかしてないから、安心して」
宥めるようにアスランの背中をポンポンと叩くと、やがて落ち着いたのか、漸くアスランもキラの身体を拘束から解放した。

「…………何があったか、話してくれるか?」
慎重に言葉を選んだアスランの申し出に、寧ろあっけらかんとした口調でキラは告げた。
「あ、そうだ!ごめんね、アスラン。僕、きみのお父さんに正面切って敵認定して来ちゃった」
ひゅ、とアスランが短く息を吸った音が聞こえる。これはヤバいと身構えた瞬間だった。

「はああぁぁ!?」


闇をつんざくアスランの怒声は、かなり遠ざかっていたラクスさえ、飛び上がって驚いたほどのものだった。




◇◇◇◇


「だから、ごめんって」
取り敢えずにと戻ってきたアスハ邸で、拉致された後でなにがあったかを洗いざらい吐かされたキラは、がっくりと肩を落として撃沈するアスランを慰めるように、丸まった背中に手を当てた。
「…………人が生きた心地もしないほど心配してたっていうのに」
地を這うような声は怨み節にしか聞こえない。対するキラは申し訳なさそうにするものの、表情は明るいままだ。
「なんでそんなに晴れやかなんだ、お前は」
じっとりと睨み上げられて、キラは「う~ん…」と唸りながら、考える素振りで天井を仰いだ。




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