敵
・
「逃げ出したわけじゃ、ありません」
キラはちゃんと各方面にできるだけ影響を与えないよう、手を尽くしている。そのために必要となる金の工面に奔走しているところだ。
自分一人では難しい案件は他の人に協力してもらうが、誰かに任せ切りにするつもりはなかった。
「貴様の拘りなどどうでもいい。私がアスハに拘ったのは“名家”として各方面に影響を及ぼすネームバリューが欲しかったからだ。それが貴様の一番の価値だというのに、みすみす手放そうとしている馬鹿など、もう眼中にない」
キラの努力など些末な自己満足でしかないと言いたいのだろうか。アスハの名を失うことは、キラの価値を下げることにしかならないと。
それでも。
「アスハを失った僕にはなんの魅力もない。貴方から見ればただの愚か者なのでしょうけど、僕をその一面からしか見てない貴方に何が分かりますか?少なくとも僕はこれまでアスハの力を借りずに生きてきた。寧ろその名が邪魔だったくらいです」
「確かに貴様は一学生としては優秀な部類だった。市井で暮らしていくにはその程度で充分なのだろう。しかし貴様が拠り所にしている能力も、トップに立てる器なのかと問われれば違うと言わざるを得んな」
「では貴方のいう、器とはなんですか」
「決まっている」
苛立ったようにパトリックは人差し指でトントンと机を叩いた。
「大局を見極め、導いていく力のことだ。当然そこには時に冷酷に切り捨てることを辞さない覚悟も含まれる」
「人は誰かに道を示されなくても、自分で考えて行動できます」
「果たしてそうかな」
待ってましたといわんばかりに、パトリックはキラの意見を鼻で笑った。
「貴様がいかに信じたくても、一般人というものは、常に導いてくれる者を求めている。奴らの本質は思考停止して蹲るだけの怠け者だ。何度も失望してきた私が言うのだから間違いない」
「それでも!」
キラは大きく首を左右に振った。
これまで出会った色々な人の顔が脳裏に浮かんでは消える。
ニコル・イザーク・ディアッカ・レイ・ホムラ・デュランダル・ラクス、結果的にキラを陥れた形になっているハイネだってそうだ。
そして──アスラン。
彼らは皆、未来へ向けて自分で考え行動し、より良い環境を得るために尽力していた。時に怖じ気付くキラの背中を押してくれたりもした。
信じたい。彼らがちゃんと自らの力で掴み取る、彼ららしい新しい未来を。
「僕は貴方が求める未来を否定します!」
他人に示された道をただ歩くのは確かに楽だろう。そこには責任など伴わない。例え失敗しても人のせいにできるからだ。
でもそんな世界では大きな失敗の前に俯くことはなくても、成功した時の喜びは半減するのではないか。当たり前の成功だと見向きもされないかもしれない。
ただ他人の指示に従っていればいいのなら、替えだっていくらでも利く。導く者 さえ替わらなければ、絶対に“自分”である必要はない。
誰のたった一人 にもなれない、喜びも悲しみもない世界。
そんな日常が本当に“生きている”ということになるのだろうか。
「────確かに僕は貴方の舐めてきた辛酸を、本当の意味で理解はできません。だから貴方が出す結論を否定するのはおこがましいとも思います。でも…僕は考え続けたい」
「…………」
「問題があれば一緒に考えてくれる人と共有したいし、上手く行けば喜びを分かち合いたい。それにはまず問題を自分のこととして考えることが大前提です。それには誰もが自由に発言し、それを聞く空気感が必要だと思います。青臭い夢物語であろうとも、僕はそういうものを大切にしたい」
かなり一方的に話したと思ったが、相変わらずパトリックが口を挟む様子はなかった。ただ話しているキラに睨み付けるような視線を向けているだけだった。
キラの言葉を聞いてはいるはずだ。これで少しでもアスランの目指す“これからのザラ家”のあり方に耳を貸してくれればと願った。
その結果、アスランと共に歩く未来を託されるのが、自分でなかったとしても。
胸が鋭い痛みを訴えて、キラは必死でそれを押し殺した。
決めていたことだ。
アスランが認めて最終的に選んだパートナーがキラでなかったとしても、彼の意志を尊重して静かに身を引こうと。
(…………大丈夫。元々独りで生きていくつもりだった。また昔に戻るだけだ。ここで揺らいでどうする)
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「逃げ出したわけじゃ、ありません」
キラはちゃんと各方面にできるだけ影響を与えないよう、手を尽くしている。そのために必要となる金の工面に奔走しているところだ。
自分一人では難しい案件は他の人に協力してもらうが、誰かに任せ切りにするつもりはなかった。
「貴様の拘りなどどうでもいい。私がアスハに拘ったのは“名家”として各方面に影響を及ぼすネームバリューが欲しかったからだ。それが貴様の一番の価値だというのに、みすみす手放そうとしている馬鹿など、もう眼中にない」
キラの努力など些末な自己満足でしかないと言いたいのだろうか。アスハの名を失うことは、キラの価値を下げることにしかならないと。
それでも。
「アスハを失った僕にはなんの魅力もない。貴方から見ればただの愚か者なのでしょうけど、僕をその一面からしか見てない貴方に何が分かりますか?少なくとも僕はこれまでアスハの力を借りずに生きてきた。寧ろその名が邪魔だったくらいです」
「確かに貴様は一学生としては優秀な部類だった。市井で暮らしていくにはその程度で充分なのだろう。しかし貴様が拠り所にしている能力も、トップに立てる器なのかと問われれば違うと言わざるを得んな」
「では貴方のいう、器とはなんですか」
「決まっている」
苛立ったようにパトリックは人差し指でトントンと机を叩いた。
「大局を見極め、導いていく力のことだ。当然そこには時に冷酷に切り捨てることを辞さない覚悟も含まれる」
「人は誰かに道を示されなくても、自分で考えて行動できます」
「果たしてそうかな」
待ってましたといわんばかりに、パトリックはキラの意見を鼻で笑った。
「貴様がいかに信じたくても、一般人というものは、常に導いてくれる者を求めている。奴らの本質は思考停止して蹲るだけの怠け者だ。何度も失望してきた私が言うのだから間違いない」
「それでも!」
キラは大きく首を左右に振った。
これまで出会った色々な人の顔が脳裏に浮かんでは消える。
ニコル・イザーク・ディアッカ・レイ・ホムラ・デュランダル・ラクス、結果的にキラを陥れた形になっているハイネだってそうだ。
そして──アスラン。
彼らは皆、未来へ向けて自分で考え行動し、より良い環境を得るために尽力していた。時に怖じ気付くキラの背中を押してくれたりもした。
信じたい。彼らがちゃんと自らの力で掴み取る、彼ららしい新しい未来を。
「僕は貴方が求める未来を否定します!」
他人に示された道をただ歩くのは確かに楽だろう。そこには責任など伴わない。例え失敗しても人のせいにできるからだ。
でもそんな世界では大きな失敗の前に俯くことはなくても、成功した時の喜びは半減するのではないか。当たり前の成功だと見向きもされないかもしれない。
ただ他人の指示に従っていればいいのなら、替えだっていくらでも利く。
誰の
そんな日常が本当に“生きている”ということになるのだろうか。
「────確かに僕は貴方の舐めてきた辛酸を、本当の意味で理解はできません。だから貴方が出す結論を否定するのはおこがましいとも思います。でも…僕は考え続けたい」
「…………」
「問題があれば一緒に考えてくれる人と共有したいし、上手く行けば喜びを分かち合いたい。それにはまず問題を自分のこととして考えることが大前提です。それには誰もが自由に発言し、それを聞く空気感が必要だと思います。青臭い夢物語であろうとも、僕はそういうものを大切にしたい」
かなり一方的に話したと思ったが、相変わらずパトリックが口を挟む様子はなかった。ただ話しているキラに睨み付けるような視線を向けているだけだった。
キラの言葉を聞いてはいるはずだ。これで少しでもアスランの目指す“これからのザラ家”のあり方に耳を貸してくれればと願った。
その結果、アスランと共に歩く未来を託されるのが、自分でなかったとしても。
胸が鋭い痛みを訴えて、キラは必死でそれを押し殺した。
決めていたことだ。
アスランが認めて最終的に選んだパートナーがキラでなかったとしても、彼の意志を尊重して静かに身を引こうと。
(…………大丈夫。元々独りで生きていくつもりだった。また昔に戻るだけだ。ここで揺らいでどうする)
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