敵
・
「カガリ・ユラ・アスハの始末に向けた小者が、策に失敗した侘びだとお前を差し出してきた。尤もそれで免じてやるほど甘くはないがな」
「やはりパトリック・ザラ の手引きでカガリは狙われたんですね」
別に返事を必要としてない問いだ。カガリが捉えられていた建物がザラ家所有のものであったことで、黒幕は明らかだった。
案の定パトリック・ザラは否定も肯定もせず、ただ僅かに口許を歪めた笑みを浮かべただけだった。ただ隠そうともしないのが更なる恐怖心を煽る。
これまでの経緯を振り返ると同情する義理はないが、パトリック・ザラにいいように利用されるだけのハイネが、少しだけ気の毒に思えた。
「正直、こちらも貴様の処遇をどうするか、考えあぐねているところだ」
「そうでしょうね」
パトリックの様子は本気で迷っているように見える。会話が途切れて、パトリックの心情を想像してみる時間ができた。
カガリに刺客を差し向けたのは、アスランの身を案じて──敵討ち的な意図ではなかったはずだ。単に“後継者”と決めたアスランを命の危険に晒したから。つまり自分の“邪魔”をしたからに過ぎない。今回はカガリに向いたようだったが、仮にその怒りがキラに向けられていたとしても、同様に自分の手を汚さない方法を取っただろう。
なのでこうして目の前にキラを連れてこられても、パトリックは困るだけなのだ。
実情はどうであれ今のキラは音に聞こえた“アスハ家”の代表代理。その身に何かがあれば、流石のパトリック・ザラとはいえ、世間に隠し通すことは不可能だろうから。
だが予期せぬ形で顔をつき合わせたこの機会を、キラは無駄に使うつもりはなかった。
「では僕から質問しても構いませんか?」
キラはさしあたっての身の危険がないと判断し、勇気を奮い立たせた。パトリックの目が「厚かましい」と物語っている。まぁここへは“貢ぎ物”として連れてこられただけなので無理もないが、敢えて気付かないフリを装ったまま続けた。
「一体、貴方は何がしたいんですか?」
「────」
答えはなかったが止められる気配もない。
「貴方にとってこの巨大企業はなによりも大事なもののはずです。それこそご自分の命と同等程度には。貴方がこの企業を存続させたいと願うのは分からないでもありません。人の命は有限ですが、企業なら人よりもっと長く存続できる。まぁ、やり方にもよりますけど」
人間である限り、いつかは朽ち果ててしまう。ならば自分の命と同じくらい大切なものに永遠を与えたい。そうやって“名家”は続いてきた。
だが。
「でもそれは“誰か”を犠牲にしてまで続けたいものなのですか」
相変わらずパトリックに動きはなかったが、かといってキラの言葉を聞いているのかも分からない。
「唯一の後継者である一人息子のアスランが、貴方と違う選択をすることも、許せませんか?」
パトリックがピクリと指先を動かした。
「彼が時代に沿った改革を加えようとするのは、この企業を存続させたい一心からです。それでも認められませんか?」
「貴様に何が分かる!!」
パトリックは怒号を響かせながら、机上の物をなぎ払った。床に落ちた書類やライトなどの物品がけたたましい音を立てる。
思わずビクリと身を竦ませたキラだが、そもそもが彼の本音を聞きたくて煽った結果だ。どうにか冷静さを保ったキラの前で、尚もパトリックは激昂し続けた。
「私はほんの小さな一企業からスタートさせた。散々苦労させられた時代、ただひたすら目指したのは、誰にも揺るがすことのできない大企業を作り、そこに君臨することだった!」
「それは貴方のご都合でしょう?」
出来るだけ感情を込めずに言った言葉につられて、パトリックの頭も少し冷えたのか、普段の冷酷な視線に戻ったパトリックが、嘲りも顕に鼻で笑う。
「ふん。そのアスランの選択とやらが、貴様との婚姻だとでも言いたいのか。ならば笑うしかないな」
「今、僕の話はしてません」
「だがそういうことだろう?アスランは時代に沿ったやり方でこの企業を存続させていく。そこに自分が不可欠なんだと言いたいんだろう。生憎だがアスハを任された途端、早々に逃げ出すような真似をする貴様に、一体何ができる?」
確かに他人からすればキラのやっていることは、全てを投げ出そうとしているように見えるかもしれない。痛いところを突かれたが、落ち着かなければと、キラは自分に言い聞かせた。
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「カガリ・ユラ・アスハの始末に向けた小者が、策に失敗した侘びだとお前を差し出してきた。尤もそれで免じてやるほど甘くはないがな」
「やはり
別に返事を必要としてない問いだ。カガリが捉えられていた建物がザラ家所有のものであったことで、黒幕は明らかだった。
案の定パトリック・ザラは否定も肯定もせず、ただ僅かに口許を歪めた笑みを浮かべただけだった。ただ隠そうともしないのが更なる恐怖心を煽る。
これまでの経緯を振り返ると同情する義理はないが、パトリック・ザラにいいように利用されるだけのハイネが、少しだけ気の毒に思えた。
「正直、こちらも貴様の処遇をどうするか、考えあぐねているところだ」
「そうでしょうね」
パトリックの様子は本気で迷っているように見える。会話が途切れて、パトリックの心情を想像してみる時間ができた。
カガリに刺客を差し向けたのは、アスランの身を案じて──敵討ち的な意図ではなかったはずだ。単に“後継者”と決めたアスランを命の危険に晒したから。つまり自分の“邪魔”をしたからに過ぎない。今回はカガリに向いたようだったが、仮にその怒りがキラに向けられていたとしても、同様に自分の手を汚さない方法を取っただろう。
なのでこうして目の前にキラを連れてこられても、パトリックは困るだけなのだ。
実情はどうであれ今のキラは音に聞こえた“アスハ家”の代表代理。その身に何かがあれば、流石のパトリック・ザラとはいえ、世間に隠し通すことは不可能だろうから。
だが予期せぬ形で顔をつき合わせたこの機会を、キラは無駄に使うつもりはなかった。
「では僕から質問しても構いませんか?」
キラはさしあたっての身の危険がないと判断し、勇気を奮い立たせた。パトリックの目が「厚かましい」と物語っている。まぁここへは“貢ぎ物”として連れてこられただけなので無理もないが、敢えて気付かないフリを装ったまま続けた。
「一体、貴方は何がしたいんですか?」
「────」
答えはなかったが止められる気配もない。
「貴方にとってこの巨大企業はなによりも大事なもののはずです。それこそご自分の命と同等程度には。貴方がこの企業を存続させたいと願うのは分からないでもありません。人の命は有限ですが、企業なら人よりもっと長く存続できる。まぁ、やり方にもよりますけど」
人間である限り、いつかは朽ち果ててしまう。ならば自分の命と同じくらい大切なものに永遠を与えたい。そうやって“名家”は続いてきた。
だが。
「でもそれは“誰か”を犠牲にしてまで続けたいものなのですか」
相変わらずパトリックに動きはなかったが、かといってキラの言葉を聞いているのかも分からない。
「唯一の後継者である一人息子のアスランが、貴方と違う選択をすることも、許せませんか?」
パトリックがピクリと指先を動かした。
「彼が時代に沿った改革を加えようとするのは、この企業を存続させたい一心からです。それでも認められませんか?」
「貴様に何が分かる!!」
パトリックは怒号を響かせながら、机上の物をなぎ払った。床に落ちた書類やライトなどの物品がけたたましい音を立てる。
思わずビクリと身を竦ませたキラだが、そもそもが彼の本音を聞きたくて煽った結果だ。どうにか冷静さを保ったキラの前で、尚もパトリックは激昂し続けた。
「私はほんの小さな一企業からスタートさせた。散々苦労させられた時代、ただひたすら目指したのは、誰にも揺るがすことのできない大企業を作り、そこに君臨することだった!」
「それは貴方のご都合でしょう?」
出来るだけ感情を込めずに言った言葉につられて、パトリックの頭も少し冷えたのか、普段の冷酷な視線に戻ったパトリックが、嘲りも顕に鼻で笑う。
「ふん。そのアスランの選択とやらが、貴様との婚姻だとでも言いたいのか。ならば笑うしかないな」
「今、僕の話はしてません」
「だがそういうことだろう?アスランは時代に沿ったやり方でこの企業を存続させていく。そこに自分が不可欠なんだと言いたいんだろう。生憎だがアスハを任された途端、早々に逃げ出すような真似をする貴様に、一体何ができる?」
確かに他人からすればキラのやっていることは、全てを投げ出そうとしているように見えるかもしれない。痛いところを突かれたが、落ち着かなければと、キラは自分に言い聞かせた。
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