パトリックがキラに危害を加えるというなら、敵に回しても阻止する。キラを助けるため他人の力を借りる気など更々なかった。

それが“一人息子”への過剰な愛情ゆえの末路であったとしても、だ。


「策はありますの?」
「いや」
首を横に振ったアスランの後ろ姿に、ラクスは追いすがるように声をかけ続けた。
「どなたかの力を借りる──気は、毛頭なさそうですわね」
「そもそも力を借りるそれが間違っていたんだ。こんなに話が大きくなってしまった。もうこれ以上、俺とキラのことで他の人間の手を煩わせたくはない」
「────、そうですか」
その感情の籠らない台詞に違和感を覚えたが、アスランの足を止めるほどではなかった。

の、だが。


「では、わたくしはわたくしで好きにさせていただきますわ」
「!」

今度こそアスランは驚いて彼女を振り返った。
そこには“何か”を決意した強かなブルーの瞳。

「なにをするつもりですか?」
慎重に言葉を選んだアスランに、ラクスは口許に笑みさえ浮かべて言い放った。
「あら。アスランは誰の協力も仰がないおつもりなのでしょう?なら連携を取る必要もありませんし、一々貴方に報告して許可を得る義務もないはずです」
「キラのことなんだぞ。俺が無関係なわけないだろう」
「貴方とキラの関係など、わたくしの預かり知らぬことですわ。ですがわたくしにとってキラは大切な友人なのです。友人が窮地に陥っているのを知って助けたいと思うのは普通の感覚ではありませんか」
どうもこのご令嬢は“普通”の意味をはき違えている。確かに動機は“普通”かもしれないが、彼女の持つ影響力はとてもそんな陳腐な言葉で片付けていいものではない。

頭を抱えたくなるアスランをまるっと無視して、ラクスは優雅に礼を取った。
「貴方は貴方でお好きになさるとよろしいでしょう。ただその場合、わたくしも好きにさせていただくのをお忘れなきよう。ああ、ゆっくりしている時間はなさそうですわね。ではこれでお暇を」
「待ってください!」
ラクスは険しい表情でアスランを見た。女性からこんな視線を向けられるのは初めてで、思わず息を飲む。
「まだなにか?今しがた時間がないと申し上げましたわよね。ご用件は手短にお願いしたいですわ」
苛々と彼女は言った。本気で独りで立ち向かうつもりらしい。
「貴女だってパトリック・ザラの冷酷さを知らないわけはないでしょう?貴女の父親のシーゲル氏ならいざしらず、あの男にとって貴女独りの力など端たものでしかありません。敵うわけがない」
「だからなんだというのです。敵う敵わないの話をしているのではありませんわ。大切な友人に力を貸しに行く、ただそれだけのことです」
はあぁ、とアスランは深い溜め息を吐いた。
やはりこのご令嬢おじょうさまは“普通”ではない。

アスランはラクスを止める選択肢を早々に切り捨てた。
「…………分かりました。一緒に行きましょう」
「そんな嫌々言われても、同意はできかねます。第一独りの方が身軽ですし」
「是非ご一緒してください!」
「そこまで仰るのでは…しょうがありませんわね」
一体何故こんな展開になっているのかと嘆く暇もなく、歩き出したラクスの後ろをトボトボとついて行くしかないアスランが、この強引に周囲を振り回すやり方はパトリック・ザラに酷似していると思ったのは、もちろん国家機密並みの秘密となった。




◇◇◇◇


アスランとラクスがそんなやり取りをしていたほんの数刻後。
キラはパトリック・ザラの前に連れてこられていた。



「────お久し振りです」
無言のパトリックに居たたまれなくなったキラが頭を下げる。だが勿論そんなもので彼の様子に変化が見られることはなかった。
「僕をどうするつもりですか?」
どちらかといえばキラも短気な方だ。空気のような扱いに、半ばヤケクソ気味に本題へと切り込んだ。そちらがそのつもりなら、という勢いである。
しかしその言葉に書類に落としていた視線が向けられると、キラは忽ち怯んでしまった。大の男にここまでダイレクトに怒りをぶつけられたのは初めてで、怯えを顔に出さないのが精一杯になってしまう。
情けないと歯噛みするキラの内心を知ってか知らずか、パトリックは視線の鋭さからは真逆のゆったりとした口調で話し始めた。




5/11ページ