敵
・
ただアスランが憐れんだほど、憔悴してもいなかった。
「私のことを心配してくれたんだよな?私もこんなところはさっさと出たいから手を貸してくれないか?」
自分の危機が去ったことを敏感に察知し、普段の高慢な態度を取り戻している。アスランが手を貸してくれると疑わないカガリからは、連れ去られたキラを気にかけている様子は全くなかった。
(キラは……あんなにカガリの身を心配していたのに)
彼女はことここに至っても、自分のことしか考えられないのだ。
見下げ果てたアスランの心情など分かるわけもなく、カガリは喋り続ける。
「お前にあんな怪我を負わせてしまったこと、ずっと後悔してたんだ。あの時は本当に悪かった。でも分かって欲しい。私はお前を傷付けようと思ったんじゃなくて──」
「────すまないが、自分で立ってくれ。それだけ喋れるなら大丈夫だな?無理ならそのまま待ってろ。助けくらいは呼んでやる」
「え!?」
信じられないとばかりにカガリが目を見開いた。ここで怒鳴り付けたところでカガリが雑に扱われる理由を自覚することはない。時間の無駄だ。
アスランはそう言い聞かせ、再び身を翻した。
「アスラン!!」
またも聞こえたカガリの声にも、もうアスランを振り向かせる力はなかった。
◇◇◇◇
薄暗い倉庫から出たせいで、外の光に網膜が焼かれる。すぐ側まで来ていたらしいミリアリアを始めとする警察官たちを眇めた視界が捉えた。人数が減っているように思うのは、突然始まったチンピラたちの逃走劇に人員を割かれたせいだろう。
その中にピンクの長い髪を見付けるのは容易だった。
「アスラン!キラさまは──!?」
一人で現れたアスランにラクスが声高に訊ねてくる。
ラクスがここまで協力してくれたのは、一重にキラを気に入っているからだ。行動力もある。そんなラクスがおとなしく待っていられるわけがなかった。
「反対側のドアから連れて行かれた」
悔しさに歯を鳴らしながらのアスランの答えに、ラクスが小さく息を飲む。と同時にそれを聞いていた捜査員が動いた。緊急配備を敷くためだ。
ミリアリアがアスランに向かって頭を下げた。
「裏口…のようなものは探していたのですが、見付けられませんでした。こちらの不手際です」
「いや、外からは分かりにくい構造になっているんだ。無理もない」
謝罪するミリアリアに、アスランが事実だけを述べる。裏口の存在を伝えなかったのは、キラを先走りさせないために余裕を失っていたのと、最初から捜査員任せにするつもりがなかったせいだ。
だからこの事態は危険を予見できなかったアスランに責任がある。
「…………中にはカガリ・ユラ・アスハしかいない。助けてやってくれ」
責めも慰めもしないアスランに、ミリアリアは少しだけ救われた気分で頷いた。
「分かったわ」
自ら駆け出したミリアリアの表情は職務にあたる捜査員の責任感に溢れていた。
彼女らの動向に既に興味を無くしたように立ち去ろうとするアスランだったが、当然それを許すラクスではない。
「お待ちください。一体中でなにがあったのですか」
しかしアスランは振り向くことさえしなかった。それほど状況が逼迫しているのだと察したラクスが後を追ってくる。歩きながらの会話で済ませてくれるようだ。
「カガリ嬢を拐ったのは俺が刺された件に関わっていた男だ」
もちろんラクスはアスランたちがカガリを罠に嵌め、結果、アスランが怪我を負った一連の流れを詳しく知っているわけではない。しかし彼女とてこの世界で生きてきた人間だ。不十分なアスランの言葉だけで凡ねそのくらいの予想はできる。
「それが…何故キラさまが拐われるということに繋がったのでしょうか」
「父が脅威だったんだろう」
「──────、そういうことですか…」
殆ど小走りになりながら、ラクスは器用に溜め息をついた。
「犯人の目的はパトリック氏から逃れることですのね。普通 の方では並大抵のことでは不可能。だから犯人は貴方をパトリック氏の“敵”にするためにキラさまを拐った、と」
協力してくれるラクスにちゃんと説明している時間がないのを申し訳ないと思いつつ、アスランは無言で頷いて乗ってきた車のドアを開けた。
「全ての元凶だと差し出されたキラさまを、パトリック氏が手厚く遇することはないでしょう。取り戻そうとする貴方となら敵対させるのは容易です。頭の回る方のようですわね」
「小賢しい」
ハイネの策に嵌まり思惑通りに動くのは癪に障るが、それがアスランの足を止める理由にはならなかった。
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ただアスランが憐れんだほど、憔悴してもいなかった。
「私のことを心配してくれたんだよな?私もこんなところはさっさと出たいから手を貸してくれないか?」
自分の危機が去ったことを敏感に察知し、普段の高慢な態度を取り戻している。アスランが手を貸してくれると疑わないカガリからは、連れ去られたキラを気にかけている様子は全くなかった。
(キラは……あんなにカガリの身を心配していたのに)
彼女はことここに至っても、自分のことしか考えられないのだ。
見下げ果てたアスランの心情など分かるわけもなく、カガリは喋り続ける。
「お前にあんな怪我を負わせてしまったこと、ずっと後悔してたんだ。あの時は本当に悪かった。でも分かって欲しい。私はお前を傷付けようと思ったんじゃなくて──」
「────すまないが、自分で立ってくれ。それだけ喋れるなら大丈夫だな?無理ならそのまま待ってろ。助けくらいは呼んでやる」
「え!?」
信じられないとばかりにカガリが目を見開いた。ここで怒鳴り付けたところでカガリが雑に扱われる理由を自覚することはない。時間の無駄だ。
アスランはそう言い聞かせ、再び身を翻した。
「アスラン!!」
またも聞こえたカガリの声にも、もうアスランを振り向かせる力はなかった。
◇◇◇◇
薄暗い倉庫から出たせいで、外の光に網膜が焼かれる。すぐ側まで来ていたらしいミリアリアを始めとする警察官たちを眇めた視界が捉えた。人数が減っているように思うのは、突然始まったチンピラたちの逃走劇に人員を割かれたせいだろう。
その中にピンクの長い髪を見付けるのは容易だった。
「アスラン!キラさまは──!?」
一人で現れたアスランにラクスが声高に訊ねてくる。
ラクスがここまで協力してくれたのは、一重にキラを気に入っているからだ。行動力もある。そんなラクスがおとなしく待っていられるわけがなかった。
「反対側のドアから連れて行かれた」
悔しさに歯を鳴らしながらのアスランの答えに、ラクスが小さく息を飲む。と同時にそれを聞いていた捜査員が動いた。緊急配備を敷くためだ。
ミリアリアがアスランに向かって頭を下げた。
「裏口…のようなものは探していたのですが、見付けられませんでした。こちらの不手際です」
「いや、外からは分かりにくい構造になっているんだ。無理もない」
謝罪するミリアリアに、アスランが事実だけを述べる。裏口の存在を伝えなかったのは、キラを先走りさせないために余裕を失っていたのと、最初から捜査員任せにするつもりがなかったせいだ。
だからこの事態は危険を予見できなかったアスランに責任がある。
「…………中にはカガリ・ユラ・アスハしかいない。助けてやってくれ」
責めも慰めもしないアスランに、ミリアリアは少しだけ救われた気分で頷いた。
「分かったわ」
自ら駆け出したミリアリアの表情は職務にあたる捜査員の責任感に溢れていた。
彼女らの動向に既に興味を無くしたように立ち去ろうとするアスランだったが、当然それを許すラクスではない。
「お待ちください。一体中でなにがあったのですか」
しかしアスランは振り向くことさえしなかった。それほど状況が逼迫しているのだと察したラクスが後を追ってくる。歩きながらの会話で済ませてくれるようだ。
「カガリ嬢を拐ったのは俺が刺された件に関わっていた男だ」
もちろんラクスはアスランたちがカガリを罠に嵌め、結果、アスランが怪我を負った一連の流れを詳しく知っているわけではない。しかし彼女とてこの世界で生きてきた人間だ。不十分なアスランの言葉だけで凡ねそのくらいの予想はできる。
「それが…何故キラさまが拐われるということに繋がったのでしょうか」
「父が脅威だったんだろう」
「──────、そういうことですか…」
殆ど小走りになりながら、ラクスは器用に溜め息をついた。
「犯人の目的はパトリック氏から逃れることですのね。
協力してくれるラクスにちゃんと説明している時間がないのを申し訳ないと思いつつ、アスランは無言で頷いて乗ってきた車のドアを開けた。
「全ての元凶だと差し出されたキラさまを、パトリック氏が手厚く遇することはないでしょう。取り戻そうとする貴方となら敵対させるのは容易です。頭の回る方のようですわね」
「小賢しい」
ハイネの策に嵌まり思惑通りに動くのは癪に障るが、それがアスランの足を止める理由にはならなかった。
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