敵
・
「あんまり暴れられると、うっかり手が滑ってしまうかもしれませんよ?因みにこれ、そっちのきみに向けての忠告でもあるから」
「く───っ!」
忠告という名の脅しを突き付けられて、アスランの動きが止まった、
「アスラン!この人が僕を傷付けることはないから、早くカガリを──痛っ!!」
キラが叫んだ直後、ハイネの手が僅かに動き、喉に焼けるような熱が生まれた。
アスランがさっと青ざめる。切られたのだ、と瞬時に悟った。
「それ以上余計なことは言わない方がいい」
言葉は丁寧でも、ハイネの声は恐ろしく冷たかった。行動も。
「今度は目を狙います。俺は別に貴方の“無傷”に拘っちゃいない。生かしてさえおけば交渉材料としていくらでも使いようはありますから」
ナイフの切っ先が動き、言葉通りに目の前に据えられる。
「こちらが優位であるのを忘れないことです。さあ、こちらへ」
「やだ!放してください!!」
抵抗するキラを引き摺るようにしながら、ハイネは残される男たちに命じるのを忘れなかった。
「ああ、その女、始末するのを忘れんなよ」
“名家”の威厳を発揮したハイネに、何の覚悟もない三下の男たちが敵うはずもない。ただ、いつの間にか自分たちの“敵”がハイネになっていたことに、今さら気付いて戦慄するしかなかった。
「アスラン!」
キラが精一杯首を捻ってアスランの名を叫ぶ。もうカガリを助けて欲しいのか、自分を解放して欲しくて彼の名を呼んでいるのかすら分からなかった。必死の声に一瞬体が動きそうになるが、勿論ハイネも油断なくアスランの動きに注目している。僅かでも抗おうとすればキラを傷付けると脅されては、動けるわけがなかった。
それに先ほどキラが言った通り、ハイネがキラを殺すことはない。キラは今やハイネの大事な手札だ。本気でパトリックの影響下から逃れたいと願うハイネだが、自分ひとりの力量では到底不可能だと分かっているのだろう。だからキラを人質にアスランをパトリックにぶつけようとしているのだ。
(ならばもう少し猶予はあるはず)
アスランは無理やり自分にそう言い聞かせた。
「やっと分かってもらえたようだ。精々頑張ってくださいね、アスラン・ザラ」
血が滲むほど唇を噛み締めてハイネとキラを見送ったアスランは、携帯を取り出した。こんな事態を想定していたわけではないが、単身乗り込むほど馬鹿正直でもない。何かあった時にせめてキラだけでも守れるようにと、念を入れて配下の者を忍ばせていたのだ。
「今倉庫を出た車を追ってくれ。くれぐれも気付かれるなよ」
短く命じると携帯を内ポケットへ戻す。行き先はパトリックのいる本社だと分かっているが、それまでキラがおとなしくしているとは限らない。アスランもすぐに向かうつもりだが、不測の事態に備えての保険だ。
一方ハイネに残された男たちは相変わらず戸惑っているようだった。お互いの顔をおどおどと眺め合い、ヒソヒソと話している。
「おい。どうするんだ?これ…」
「俺に聞くなよ」
「しょうがないじゃないか。ハイネが言うんだから」
空気が重くなった時、男の一人が声を上げた。
「いや、待てよ。金で雇われたといっても、人殺しまで請け負った覚えはないぜ!」
「そ、そうだよな!俺たちはただこの女を拉致るのに協力しただけだ。あんなはした金でそこまでする義理はねえ!」
半グレを気取っていても、所詮は烏合の衆でしかないのだ。完全に腰が引けている。
アスランは冷めた目で男たちの成り行きを眺めて、溜め息をついた。
「覚悟がないなら人殺しになんか荷担することはない」
完全に呆れたアスランの言葉は、男たちにとって神の声に等しかった。
「別に俺は貴様らがどうなろうと知ったことじゃないが……引き返すなら今だぞ」
「────!」
それからの男たちの行動は早かった。彼らのウチの一人が情けない悲鳴のようなものを上げて、逃げ出したのだ。
「ま、待てよ!狡いぞ!!」
「俺も──人殺しまでさせられるって分かってりゃ、最初からこんな話に乗らなかった!」
続いて一人、また一人と男たちが駆け出し、あっという間にアスランとカガリが残される。尤も逃げたところで外に構えていたミリアリアたちに一網打尽にされるだろうが、それこそアスランの知ったことではない。
(早くキラを追わなければ)
自分もこうしてはいられないと、踵を返したアスランの背中に、かけられたのはカガリの声だった。
「た、助けに来てくれて、嬉しかった!」
流石に殺されかけた女を黙って放置するのはあんまりかと足を止めて振り返る。そこには半身を起こしたカガリの縋るような視線があった。
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「あんまり暴れられると、うっかり手が滑ってしまうかもしれませんよ?因みにこれ、そっちのきみに向けての忠告でもあるから」
「く───っ!」
忠告という名の脅しを突き付けられて、アスランの動きが止まった、
「アスラン!この人が僕を傷付けることはないから、早くカガリを──痛っ!!」
キラが叫んだ直後、ハイネの手が僅かに動き、喉に焼けるような熱が生まれた。
アスランがさっと青ざめる。切られたのだ、と瞬時に悟った。
「それ以上余計なことは言わない方がいい」
言葉は丁寧でも、ハイネの声は恐ろしく冷たかった。行動も。
「今度は目を狙います。俺は別に貴方の“無傷”に拘っちゃいない。生かしてさえおけば交渉材料としていくらでも使いようはありますから」
ナイフの切っ先が動き、言葉通りに目の前に据えられる。
「こちらが優位であるのを忘れないことです。さあ、こちらへ」
「やだ!放してください!!」
抵抗するキラを引き摺るようにしながら、ハイネは残される男たちに命じるのを忘れなかった。
「ああ、その女、始末するのを忘れんなよ」
“名家”の威厳を発揮したハイネに、何の覚悟もない三下の男たちが敵うはずもない。ただ、いつの間にか自分たちの“敵”がハイネになっていたことに、今さら気付いて戦慄するしかなかった。
「アスラン!」
キラが精一杯首を捻ってアスランの名を叫ぶ。もうカガリを助けて欲しいのか、自分を解放して欲しくて彼の名を呼んでいるのかすら分からなかった。必死の声に一瞬体が動きそうになるが、勿論ハイネも油断なくアスランの動きに注目している。僅かでも抗おうとすればキラを傷付けると脅されては、動けるわけがなかった。
それに先ほどキラが言った通り、ハイネがキラを殺すことはない。キラは今やハイネの大事な手札だ。本気でパトリックの影響下から逃れたいと願うハイネだが、自分ひとりの力量では到底不可能だと分かっているのだろう。だからキラを人質にアスランをパトリックにぶつけようとしているのだ。
(ならばもう少し猶予はあるはず)
アスランは無理やり自分にそう言い聞かせた。
「やっと分かってもらえたようだ。精々頑張ってくださいね、アスラン・ザラ」
血が滲むほど唇を噛み締めてハイネとキラを見送ったアスランは、携帯を取り出した。こんな事態を想定していたわけではないが、単身乗り込むほど馬鹿正直でもない。何かあった時にせめてキラだけでも守れるようにと、念を入れて配下の者を忍ばせていたのだ。
「今倉庫を出た車を追ってくれ。くれぐれも気付かれるなよ」
短く命じると携帯を内ポケットへ戻す。行き先はパトリックのいる本社だと分かっているが、それまでキラがおとなしくしているとは限らない。アスランもすぐに向かうつもりだが、不測の事態に備えての保険だ。
一方ハイネに残された男たちは相変わらず戸惑っているようだった。お互いの顔をおどおどと眺め合い、ヒソヒソと話している。
「おい。どうするんだ?これ…」
「俺に聞くなよ」
「しょうがないじゃないか。ハイネが言うんだから」
空気が重くなった時、男の一人が声を上げた。
「いや、待てよ。金で雇われたといっても、人殺しまで請け負った覚えはないぜ!」
「そ、そうだよな!俺たちはただこの女を拉致るのに協力しただけだ。あんなはした金でそこまでする義理はねえ!」
半グレを気取っていても、所詮は烏合の衆でしかないのだ。完全に腰が引けている。
アスランは冷めた目で男たちの成り行きを眺めて、溜め息をついた。
「覚悟がないなら人殺しになんか荷担することはない」
完全に呆れたアスランの言葉は、男たちにとって神の声に等しかった。
「別に俺は貴様らがどうなろうと知ったことじゃないが……引き返すなら今だぞ」
「────!」
それからの男たちの行動は早かった。彼らのウチの一人が情けない悲鳴のようなものを上げて、逃げ出したのだ。
「ま、待てよ!狡いぞ!!」
「俺も──人殺しまでさせられるって分かってりゃ、最初からこんな話に乗らなかった!」
続いて一人、また一人と男たちが駆け出し、あっという間にアスランとカガリが残される。尤も逃げたところで外に構えていたミリアリアたちに一網打尽にされるだろうが、それこそアスランの知ったことではない。
(早くキラを追わなければ)
自分もこうしてはいられないと、踵を返したアスランの背中に、かけられたのはカガリの声だった。
「た、助けに来てくれて、嬉しかった!」
流石に殺されかけた女を黙って放置するのはあんまりかと足を止めて振り返る。そこには半身を起こしたカガリの縋るような視線があった。
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