でもキラはアスランに欠けているものを持っている。独りではいつかパトリックのコピーになってしまう自分を、きっと彼の正義で以て正してくれると信じていた。もちろんキラも同年代の男に過ぎないから、完璧を求めているわけではない。ただキラとならお互いが足りないところを補いあい、より目指す理想へと近付いて行けると思えるのだ。そうすることで二人の関係性もより強い絆になる。
そんな相手に巡り逢えた自分の幸運を、信じてもいない神に感謝してもいいくらいだった。
(だからこそキラを愛し、必要な存在になったんだ)
時代は多様性を求めている。いずれアスランが背負うことになる巨大組織も、パトリックのようなやり方ではいずれ瓦解する時がくる。ここまで会社を大きくしたのはパトリックの力量によるものだが、ワンマンなトップでは今以上の発展は望めない。


「───っ、わぁっ!!」
悲鳴と共にガツッと硬い音が響いた。
「カガリ!」
カガリは振り下ろされたナイフを僅かに自由に動かせられた頭を振って避けたらしい。しかし駆け寄ろうとしたキラは当然の如くハイネに阻止される。物思いに耽っていたアスランも瞬時に現実へと引き戻された。
「おーい。女一人に手こずってる場合か?」
「で、でもよ…」
ことここに至って臆病風を吹かす男たちに、ハイネが盛大な舌打ちと共に言い放った。
「つーか、これ、パトリック・ザラの命令だぞ。そこんとこ分かってんの?」
ハイネを除く男たちはまだ考えが甘いのだ。殺さなければ引き返せると思っている。だが荷担した時点でもう遅いのだ。例えここで殺人などという大それた罪を犯さずに済んだとしても、この先パトリックに捨て駒にされる口実を与えてしまった。なにかあればパトリックに都合のいいように使われるだけだ。
ハイネがそうだったように。

だが彼らにそれを分かれという方が無理筋なのかもしれない。パトリックの恐ろしさは直接会って思いしらされないと伝わらないだろうから。

「まあ、なんにしろこの女は殺すしかないんだけど」
「!」
小さなハイネの呟きに、キラが厳しい視線を寄越してくる。
「そんな恐い顔しても駄目ですよ。すいませんね。俺に決定権はないんで」
「なんで、貴方はそこまでカガリを!?」
「あれ?だってあの女、そこにいるパトリック・ザラの息子を殺しかけたんでしょ?今まで無事だったのが、俺にとっちゃ逆に驚きだったんだけど」
ハイネの言う通りだった。あのパトリックが報復しないなんてあり得ない。今まで手を出さなかったのは、彼女の身柄が警察にあったせいだろう。
「それで貴方は僕を捕まえて、どうするつもりですか?僕にパトリック・ザラ氏を動かす力なんてありませんけど」
「うん。それも分かってる。けどこっちも必死なんでね。貴方には俺の保険になってもらうつもりです」
「あ!」
「っ!?キラ!」
腕を引かれて体格で劣るキラが姿勢を崩した。そのままハイネに連れ去られそうになるが、懸命に足を突っ張って阻止する。
「ぼ、僕を交渉の材料にする気ですか!さっきも言ったようにパトリック氏は僕なんかを助けるために動かない!」
「そうですか?パトリック・ザラは貴方のことも疎んじている。アスラン・ザラの心を手に入れているという意味では、そこの女よりも遥かに厄介だ。貴方を差し出しすことを条件にすれば、パトリック氏も俺から一切の手を引いてくれるかもしれない」
「だから僕には──」
「パトリック氏が動かなくてもアスラン・ザラなら動くでしょう?もしパトリック氏が貴方に危害を加えようものなら、彼が黙っていない。そうなればパトリック氏と敵対するのは俺じゃない。息子であるアスラン・ザラに変わる」
「それで貴方は逃げるんですか!」
「逃げさせてくださいよ。アスハ家ほどの名家でもないウチの、おまけに家督すら継げない三男の俺が、あのパトリック・ザラとまともに敵対して勝てるわけがないでしょう。さ、分かったら貴方は俺と一緒に来てもらいますよ」
咄嗟の閃きだったが、ハイネにとってキラはまさしく『飛んで火に入る夏の虫』だった。

アスランがここに来たのは、カガリの身を心配したからではなく、無茶をするキラを守るためだった。そのキラが連れ去られそうになって、アスランが本気で拘束を解こうと動き出したが、それを見逃すハイネではなかった。
「おっと。あんたはおとなしくしていてもらいましょうか」
どこから取り出したものか、ハイネの手には刃物が握られており、キラの首もとに突き付けられていた。




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