敵
・
下手をすると「いっそ死んでくれていれば」くらいのことは考えたかもしれない。
「その人が“怯えてる”理由は?」
「あまり面会時間がなかったんで詳しくまでは聞けませんでしたが、どうやらあいつ、ザラ家の総帥の恨みをかったみたいで」
「───そう…」
これも想定内の答えでしかなかった。
「お願いします!キラさまならザラ家にも多少は顔が利くんでしょう!?」
「馬鹿者!少しは弁えろ!!」
がばっと頭を下げた男に、それまで黙って聞いていたホムラの厳しい声が飛んだ。尤もホムラですら詳しくは知らないキラとザラ家の微妙な関係など、下働きの男が知る由もない。この話を持ち込んだことに対して彼を責めるわけには行かないだろう。
「───ひとつ言っておくけど、パトリック・ザラ氏からその人を守る、なんてことはできないよ?」
「キラさま!」
「ホムラさん、大丈夫ですからそう怒らずに。僕だって精々その人の怪我が治るまで面倒をみる程度のことしかできませんから」
眉を下げたキラの表情に何を察したのか、ホムラは口を噤んだ。ハイネを助けるということはザラ家の勘気に障る可能性がある。それでも判断をキラに任せてくれたのだ。
「……それに僕が手を貸したとしても、果たして本当にその“友人”さんの助けになるかどうか分からないしね」
小声で呟いたキラに、下働きの男が首を傾げる。流れる妙な空気を感じながらも、男が頼みを取り下げる気配はなかった。
キラは根負けしたように、ホムラへ向かって言った。
「ウズミさまの暮らす家の準備はもう整ってますよね?」
「───キラさま、まさか……」
「だってその“友人”さんは大怪我をしてるんでしょ?ならまずはザラ家にも手を出せないくらいの警備が厳重な病院へ移ってもらうしかない」
「ウズミさまの使っている病室を空けて、そこへ入らせる、と仰るのですか?」
それに小さく頷いておいて、キラは続いて下働きの男へと声をかけた。
「“友人”さんの説得はきみがやって。僕は手続きを進めておくから」
男はあからさまに顔を輝かせた。
「それって…」
「しょうがないでしょ。ただしその人に入ってもらう病室はアスハ家の最重要機密に関わる部分だから、病院名も教えられないし当然見舞いになんか行けない場所だ。心配かもだけど、その辺は僕を信用してもらうしかない」
「あ、ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げた下働きの男に、キラは深い溜め息を吐くしかなかった。
「甘いのかなぁ……僕」
◇◇◇◇
魘されて目が覚めると、そこはハイネの見知った病室とは違っていた。
「目が覚めた?」
すぐ隣から声がかけられてビクついたハイネは、体ごと声の方を振り向いて、傷が痛んだのか顔を歪ませた。
混乱して当然だ。そこにいたのは自分がこんな目に合った元凶のキラだったのだから。
しかし労る言葉をかけてやるほど、キラも優しくはなかった。
「あちこちに酷い打撲痕もあるし、手足はもちろん、体中の骨を折られてるそうだね。よく内臓に刺さらなかったなってお医者さんも一週回って笑ってたよ」
「────」
「街で倒れてたところを搬送されたんだって?誰かと喧嘩でもしたの?」
わざととぼけたキラにハイネが唇を噛む。
「そんなわけないよね」
ハイネにまともな思考力があると判断し、キラはどんどん話を進めた。
「まさかきみの“友達”がアスハ家で働いていたとはね。でも彼、詳しい事情までは聞いてないんだね。知ってたら僕に助けを求めるなんてあり得ないし。あと刃物とかを使わなかったってことは、あっちが半グレ同士の喧嘩に見せかけたかったんだろうね。ほんと嫌らしい手口だけど、おかげで致命傷にはいたらなかった。何が幸いするか分からないよね。まぁ所詮は身から出た錆なんだから甘んじるしかないんだけど」
これでなぜこの場にいるのかというハイネの疑問は解消されるはずだ。長居する気はなかったキラは言いたいことだけ言うと早々に腰を上げた。
だがドアまで歩いて足を止める。
「ここはあのパトリック・ザラ氏でも手は出しにくい場所だ。そこは安心していいよ。だから早く怪我を治して出て行って欲しい。忘れないで。僕にはきみを助けてやる義理なんか、本当は少しもないんだから」
そのまま振り返りもせず病室を出ると、キラは下降を始めたエレベーターの中で、長い息を吐いた。
ハイネを助けたことが、この先どう影響するのか未知数だ。そもそもなぜハイネを助ける気になったのかすら分からない。
病院から出て空を見上げても、一向に気分は晴れずに鬱々と考えてしまう。
自分たちは一体どこへ行くのだろうかと。
了
20260115
下手をすると「いっそ死んでくれていれば」くらいのことは考えたかもしれない。
「その人が“怯えてる”理由は?」
「あまり面会時間がなかったんで詳しくまでは聞けませんでしたが、どうやらあいつ、ザラ家の総帥の恨みをかったみたいで」
「───そう…」
これも想定内の答えでしかなかった。
「お願いします!キラさまならザラ家にも多少は顔が利くんでしょう!?」
「馬鹿者!少しは弁えろ!!」
がばっと頭を下げた男に、それまで黙って聞いていたホムラの厳しい声が飛んだ。尤もホムラですら詳しくは知らないキラとザラ家の微妙な関係など、下働きの男が知る由もない。この話を持ち込んだことに対して彼を責めるわけには行かないだろう。
「───ひとつ言っておくけど、パトリック・ザラ氏からその人を守る、なんてことはできないよ?」
「キラさま!」
「ホムラさん、大丈夫ですからそう怒らずに。僕だって精々その人の怪我が治るまで面倒をみる程度のことしかできませんから」
眉を下げたキラの表情に何を察したのか、ホムラは口を噤んだ。ハイネを助けるということはザラ家の勘気に障る可能性がある。それでも判断をキラに任せてくれたのだ。
「……それに僕が手を貸したとしても、果たして本当にその“友人”さんの助けになるかどうか分からないしね」
小声で呟いたキラに、下働きの男が首を傾げる。流れる妙な空気を感じながらも、男が頼みを取り下げる気配はなかった。
キラは根負けしたように、ホムラへ向かって言った。
「ウズミさまの暮らす家の準備はもう整ってますよね?」
「───キラさま、まさか……」
「だってその“友人”さんは大怪我をしてるんでしょ?ならまずはザラ家にも手を出せないくらいの警備が厳重な病院へ移ってもらうしかない」
「ウズミさまの使っている病室を空けて、そこへ入らせる、と仰るのですか?」
それに小さく頷いておいて、キラは続いて下働きの男へと声をかけた。
「“友人”さんの説得はきみがやって。僕は手続きを進めておくから」
男はあからさまに顔を輝かせた。
「それって…」
「しょうがないでしょ。ただしその人に入ってもらう病室はアスハ家の最重要機密に関わる部分だから、病院名も教えられないし当然見舞いになんか行けない場所だ。心配かもだけど、その辺は僕を信用してもらうしかない」
「あ、ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げた下働きの男に、キラは深い溜め息を吐くしかなかった。
「甘いのかなぁ……僕」
◇◇◇◇
魘されて目が覚めると、そこはハイネの見知った病室とは違っていた。
「目が覚めた?」
すぐ隣から声がかけられてビクついたハイネは、体ごと声の方を振り向いて、傷が痛んだのか顔を歪ませた。
混乱して当然だ。そこにいたのは自分がこんな目に合った元凶のキラだったのだから。
しかし労る言葉をかけてやるほど、キラも優しくはなかった。
「あちこちに酷い打撲痕もあるし、手足はもちろん、体中の骨を折られてるそうだね。よく内臓に刺さらなかったなってお医者さんも一週回って笑ってたよ」
「────」
「街で倒れてたところを搬送されたんだって?誰かと喧嘩でもしたの?」
わざととぼけたキラにハイネが唇を噛む。
「そんなわけないよね」
ハイネにまともな思考力があると判断し、キラはどんどん話を進めた。
「まさかきみの“友達”がアスハ家で働いていたとはね。でも彼、詳しい事情までは聞いてないんだね。知ってたら僕に助けを求めるなんてあり得ないし。あと刃物とかを使わなかったってことは、あっちが半グレ同士の喧嘩に見せかけたかったんだろうね。ほんと嫌らしい手口だけど、おかげで致命傷にはいたらなかった。何が幸いするか分からないよね。まぁ所詮は身から出た錆なんだから甘んじるしかないんだけど」
これでなぜこの場にいるのかというハイネの疑問は解消されるはずだ。長居する気はなかったキラは言いたいことだけ言うと早々に腰を上げた。
だがドアまで歩いて足を止める。
「ここはあのパトリック・ザラ氏でも手は出しにくい場所だ。そこは安心していいよ。だから早く怪我を治して出て行って欲しい。忘れないで。僕にはきみを助けてやる義理なんか、本当は少しもないんだから」
そのまま振り返りもせず病室を出ると、キラは下降を始めたエレベーターの中で、長い息を吐いた。
ハイネを助けたことが、この先どう影響するのか未知数だ。そもそもなぜハイネを助ける気になったのかすら分からない。
病院から出て空を見上げても、一向に気分は晴れずに鬱々と考えてしまう。
自分たちは一体どこへ行くのだろうかと。
了
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