敵
・
穏やかな空気を払拭するかのようなノックの音が聞こえたからだ。
苦笑しつつ入室を許可すると、開いた扉の向こうには若い男が立っていた。確か下働きをしている男だと記憶のページを捲りつつ、来訪の意図を聞く。
「何か用ですか?」
キラは使用人にも丁寧に接する。最初緊張した面持ちだった男は、それに勢い付いた様だった。
「あの──っお願いがありまして!」
だが未だどうやって話していいのかが纏まってないらしく、辿々しい男にホムラが苛ついた。
「キラさまはお忙しい。簡潔に用件を話しなさい」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。貴方も焦ることはないですから。ゆっくりで構いませんよ?」
アスハ家のために働いてくれている人間に偉そうにするなんてキラにできるはずはない。そもそも下働きの男が直接談判に来るくらいの案件のはずだ。言いにくい内容なのかと察するのはキラにとって寧ろ当然のことだった。
取り成してもらって少し落ち着いたらしい男は、暫く思考を纏めているように下を向いたが、やがて意を決した様子で再び顔を上げた。
「お、俺の友達を助けてやってくれませんか!?」
「きみの?」
キラは眉をひそめた。“名家”の人間にしては異例で、使用人にも気を配るキラとはいえ、顔と名前が一致する程度の認識でしかない。流石に彼の交遊関係まで知るところではなかったし、干渉するつもりもなかった。それなのに何故彼はキラにこんなことを頼みに来たのだろうか。
「え…っと、ごめんなさい。順を追って話してもらえるかな」
しかしいかにも切羽詰まった男の頼みを無下にするのはどうにも気が引ける。正直なところ友人とやらを助けてやる義理などないが、まずは話を聞くくらいはいいかとキラは男に簡易ソファを勧めた。
半ば呆れたホムラの視線を感じながら、キラは先を促した。あまり悠長にしている時間がないのも現実なのだ。
「で?きみの助けて欲しい友達って、誰のこと?」
「──、え、あ。そのっ」
若い男は流石に言い淀んだ。ここへきて漸く自分が軽率な行動に出たと自覚したのかもしれない。
「で、でも、良く考えたらっ、貴方に助けを求めたのは、俺の勝手な──」
「助けるかどうかは話を聞いてから僕が判断するよ。いいから話してみて」
九分九厘断るだろうとは思っても、ここまで聞いてしまってこのままというのは、気になって仕方ない。暴挙ともいえる行動に出てしまうほど、彼が切羽詰まっているのは間違いないだろうから。
努めて優しく声をかけると、男もここまでやっておいて何もなかったで済ませるわけがないと観念した。
「お、俺の友人の名前は、ハイネ・ヴェステンフルスっていいます」
「え?」
彼の口から飛び出したのは、全く想定外の名前だった。だがハイネに“アスハ家の動向を探って欲しい”と頼まれていた若い男は、当然何らかの
繋がりがあると考えたのだ。加えてハイネは下級とはいえ“名家”の三男である。同じ“名家”のアスハ家と交流があると思った。
「────、助けて欲しいって、穏やかじゃないね。その人、一体どうしたの?」
一先ず情報を聞き出そうと、キラは心当たりがない風を装った。こういう腹芸のようなことは苦手なのだが、幸い男の方もホムラに早く話せと急かされたのもあって、キラの下手な芝居に気付く余裕はなかった。
「ハイネは数日前、酷い怪我をして病院に搬送されました。キラさまがご存知かどうか分かりませんが、お世辞にも素行がいいとは言えない生活をしてたんで、それ自体は自業自得といえなくもないんですけど。運ばれたのがここからそう離れてない病院だったんで、見舞いがてら顔を見に行ったんですが…」
「うん」
相づちを打ちつつも、やっぱりパトリックはハイネを見放したのだと思う。与えられた使命に失敗したのだ。あのパトリックが許すはずがない。
「怪我も確かに酷いものでした。でも俺が心配したのは、あいつの怯えようの方です。何かを終始怖がっていて、寝てる間にも悪夢を見ているらしく、何度も目が覚めてしまうそうです。少し看護師の話を聞けましたが、あんなんじゃ怪我の回復も遅いんじゃないかとのことでした」
「それで何で僕に?その人にだってご家族がいるでしょう?」
「あいつ家出してて。家族は…一度も会いにきてないらしいです」
あまりにも想像通りの回答に呆れた溜め息を殺しきれなかった。
体面を何より重視する“名家”の連中のことだ。自分勝手に出奔し、醜聞を垂れ流す三男を、普段から苦々しく思っていたのだろう。
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穏やかな空気を払拭するかのようなノックの音が聞こえたからだ。
苦笑しつつ入室を許可すると、開いた扉の向こうには若い男が立っていた。確か下働きをしている男だと記憶のページを捲りつつ、来訪の意図を聞く。
「何か用ですか?」
キラは使用人にも丁寧に接する。最初緊張した面持ちだった男は、それに勢い付いた様だった。
「あの──っお願いがありまして!」
だが未だどうやって話していいのかが纏まってないらしく、辿々しい男にホムラが苛ついた。
「キラさまはお忙しい。簡潔に用件を話しなさい」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。貴方も焦ることはないですから。ゆっくりで構いませんよ?」
アスハ家のために働いてくれている人間に偉そうにするなんてキラにできるはずはない。そもそも下働きの男が直接談判に来るくらいの案件のはずだ。言いにくい内容なのかと察するのはキラにとって寧ろ当然のことだった。
取り成してもらって少し落ち着いたらしい男は、暫く思考を纏めているように下を向いたが、やがて意を決した様子で再び顔を上げた。
「お、俺の友達を助けてやってくれませんか!?」
「きみの?」
キラは眉をひそめた。“名家”の人間にしては異例で、使用人にも気を配るキラとはいえ、顔と名前が一致する程度の認識でしかない。流石に彼の交遊関係まで知るところではなかったし、干渉するつもりもなかった。それなのに何故彼はキラにこんなことを頼みに来たのだろうか。
「え…っと、ごめんなさい。順を追って話してもらえるかな」
しかしいかにも切羽詰まった男の頼みを無下にするのはどうにも気が引ける。正直なところ友人とやらを助けてやる義理などないが、まずは話を聞くくらいはいいかとキラは男に簡易ソファを勧めた。
半ば呆れたホムラの視線を感じながら、キラは先を促した。あまり悠長にしている時間がないのも現実なのだ。
「で?きみの助けて欲しい友達って、誰のこと?」
「──、え、あ。そのっ」
若い男は流石に言い淀んだ。ここへきて漸く自分が軽率な行動に出たと自覚したのかもしれない。
「で、でも、良く考えたらっ、貴方に助けを求めたのは、俺の勝手な──」
「助けるかどうかは話を聞いてから僕が判断するよ。いいから話してみて」
九分九厘断るだろうとは思っても、ここまで聞いてしまってこのままというのは、気になって仕方ない。暴挙ともいえる行動に出てしまうほど、彼が切羽詰まっているのは間違いないだろうから。
努めて優しく声をかけると、男もここまでやっておいて何もなかったで済ませるわけがないと観念した。
「お、俺の友人の名前は、ハイネ・ヴェステンフルスっていいます」
「え?」
彼の口から飛び出したのは、全く想定外の名前だった。だがハイネに“アスハ家の動向を探って欲しい”と頼まれていた若い男は、当然何らかの
繋がりがあると考えたのだ。加えてハイネは下級とはいえ“名家”の三男である。同じ“名家”のアスハ家と交流があると思った。
「────、助けて欲しいって、穏やかじゃないね。その人、一体どうしたの?」
一先ず情報を聞き出そうと、キラは心当たりがない風を装った。こういう腹芸のようなことは苦手なのだが、幸い男の方もホムラに早く話せと急かされたのもあって、キラの下手な芝居に気付く余裕はなかった。
「ハイネは数日前、酷い怪我をして病院に搬送されました。キラさまがご存知かどうか分かりませんが、お世辞にも素行がいいとは言えない生活をしてたんで、それ自体は自業自得といえなくもないんですけど。運ばれたのがここからそう離れてない病院だったんで、見舞いがてら顔を見に行ったんですが…」
「うん」
相づちを打ちつつも、やっぱりパトリックはハイネを見放したのだと思う。与えられた使命に失敗したのだ。あのパトリックが許すはずがない。
「怪我も確かに酷いものでした。でも俺が心配したのは、あいつの怯えようの方です。何かを終始怖がっていて、寝てる間にも悪夢を見ているらしく、何度も目が覚めてしまうそうです。少し看護師の話を聞けましたが、あんなんじゃ怪我の回復も遅いんじゃないかとのことでした」
「それで何で僕に?その人にだってご家族がいるでしょう?」
「あいつ家出してて。家族は…一度も会いにきてないらしいです」
あまりにも想像通りの回答に呆れた溜め息を殺しきれなかった。
体面を何より重視する“名家”の連中のことだ。自分勝手に出奔し、醜聞を垂れ流す三男を、普段から苦々しく思っていたのだろう。
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