敵
・
思い当たる原因はこれしかない。
「やりたいことがしっかりと定まったからかなぁ」
「────、それが父上と敵対することだって?」
「あ、誤解しないでよ。きみのお父さんと敵対するのは、あくまでも過程であって、最終的な目標じゃないんだから」
「最終的な目標?」
丸まった背を伸ばしたアスランに真正面から聞かれて、まさかその目標が『きみと幸せになることです』とは言えなかった。流石に恥ずかし過ぎる。
わざとらしく逸らした目で、キラは話の矛先を微妙に変えた。
「まぁそれは追々話すとして、腹を据えた僕は強いんだからね!心配無用!」
「ん~?」
まだ怪しんでいたアスランだが、やがて諦めたように小さく笑って折れてくれた。あまりにも潔い姿勢に、逆に心配になってくる。
「あれ?そんな感じでいいんだ。なにがなんでも聞き出そうとするかと思ったのに」
「いいさ。“追々話して”くれるんだろ?ただしいつか絶対に白状してもらうからな」
今は言質を取ったからそれでいいと言わんばかりの台詞と、逃がさないぞと物語る苛烈な瞳に、キラの背筋を冷たいものが流れ落ちた。
「…………そんな機会がくれば、ね」
まずいことを言ってしまっただろうかと後悔してももう遅い。でもそんな好戦的な目をしたアスランにも、ちょっと胸が高鳴ってしまう。どこまでも残念な自分にキラは苦笑するしかなかった。
「なんで笑ってるんだ?」
「べっつに」
首を傾げた拍子に長めの宵闇の髪がさらりと揺れる。髪の先まで綺麗だ。本当に狡いと思う。
「キラ!?」
堪らなくなったキラは、後先考えずにアスランに抱きついてしまった。
「お前、なにを突然───」
「もういいじゃない」
でも後悔はない。やっぱりここが一番落ち着く。得た安らぎに、甘えるようにアスランの胸に頬を擦り付けながら、それでもパトリックとの短い邂逅に気を張っていたのだと気付かされた。
「やっときみの元へ帰って来れたんだから、無粋な話はやめて、少しだけこうしてて」
「────うん」
戸惑っていたアスランも、やがてキラの背に腕を回して優しく抱き締めてくる。心細い思いをさせた罪滅ぼしなのだろう。
(帰って来られて良かった…)
アスランの腕の中こそが自分の居場所なのだと再認識したキラは、束の間の幸せを満喫させてもらうことに決めた。
「え、あ!お・お邪魔しました!」
二人の抱擁は、仕事中のホムラが資料を求めてドアを開け、泡をくって踵を返すまで続いたのだった。
◇◇◇◇
数日後、キラは同じ部屋でカガリの訪問を受けていた。
まだ拉致された時の傷があちこちに残っている痛々しい姿だ。腕には包帯が巻かれているし、顔にも大きな絆創膏が貼られていたが、隠し切れない痣が青く変色しているのが見えている。
加えてやたらとビクビクオドオドする様子に、キラの方が悪いことをしているような気分にさせられた。
「あのさ…」
溜め息と共に冷めきった声が出る。それをどんな意味に受け取ったのか、カガリはビクッと全身を震わせた。
「狡くない?きみがそんな目に合ったのは、自分のやったことの結果じゃないか。被害者は寧ろ僕の方だと思うけど?」
責める、というより呆れた口調で話すキラにも、カガリは相変わらず怯えて体を縮こまらせるだけだった。
これでは話しにならないと、キラは同情する言葉をかけた。
「まぁこれまでお嬢さま扱いで生きてきたきみが、いきなりあんな暴漢に襲われたんだから、トラウマになってもしょうがないよね」
「───わ、───ない─」
俯いたカガリが何か言っている。が、声が小さ過ぎて聞き取れなかった。
「え?ごめん、もう一度」
すると突如カガリは顔を上げ、鋭い口調で喚き始めた。
「わ、私がなぜこんな目に合わなければならないんだ!」
「は?」
自分でも驚くほどの低い声が出た。だが自身のことで精一杯なカガリはそれに気付かなかった。
「私はただ、この家に生まれて、与えられた環境の中で生きてきただけだ!アスハ家の後継者として恥ずかしくないように振る舞ってきた!結婚相手も家のためを思ってアスランが相応しいと考えたから、私に変更されるように働きかけたんだ!なのにお前がアスランを誑かしたせいで、思い通りに行かなかった!そもそもお前が身の程も弁えずにザラ家の勘気に障ったから、こんなことになったんだろう!私がこんな目に合ったのも全部お前のせいだ!!」
「────言いたいことはそれだけ?」
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思い当たる原因はこれしかない。
「やりたいことがしっかりと定まったからかなぁ」
「────、それが父上と敵対することだって?」
「あ、誤解しないでよ。きみのお父さんと敵対するのは、あくまでも過程であって、最終的な目標じゃないんだから」
「最終的な目標?」
丸まった背を伸ばしたアスランに真正面から聞かれて、まさかその目標が『きみと幸せになることです』とは言えなかった。流石に恥ずかし過ぎる。
わざとらしく逸らした目で、キラは話の矛先を微妙に変えた。
「まぁそれは追々話すとして、腹を据えた僕は強いんだからね!心配無用!」
「ん~?」
まだ怪しんでいたアスランだが、やがて諦めたように小さく笑って折れてくれた。あまりにも潔い姿勢に、逆に心配になってくる。
「あれ?そんな感じでいいんだ。なにがなんでも聞き出そうとするかと思ったのに」
「いいさ。“追々話して”くれるんだろ?ただしいつか絶対に白状してもらうからな」
今は言質を取ったからそれでいいと言わんばかりの台詞と、逃がさないぞと物語る苛烈な瞳に、キラの背筋を冷たいものが流れ落ちた。
「…………そんな機会がくれば、ね」
まずいことを言ってしまっただろうかと後悔してももう遅い。でもそんな好戦的な目をしたアスランにも、ちょっと胸が高鳴ってしまう。どこまでも残念な自分にキラは苦笑するしかなかった。
「なんで笑ってるんだ?」
「べっつに」
首を傾げた拍子に長めの宵闇の髪がさらりと揺れる。髪の先まで綺麗だ。本当に狡いと思う。
「キラ!?」
堪らなくなったキラは、後先考えずにアスランに抱きついてしまった。
「お前、なにを突然───」
「もういいじゃない」
でも後悔はない。やっぱりここが一番落ち着く。得た安らぎに、甘えるようにアスランの胸に頬を擦り付けながら、それでもパトリックとの短い邂逅に気を張っていたのだと気付かされた。
「やっときみの元へ帰って来れたんだから、無粋な話はやめて、少しだけこうしてて」
「────うん」
戸惑っていたアスランも、やがてキラの背に腕を回して優しく抱き締めてくる。心細い思いをさせた罪滅ぼしなのだろう。
(帰って来られて良かった…)
アスランの腕の中こそが自分の居場所なのだと再認識したキラは、束の間の幸せを満喫させてもらうことに決めた。
「え、あ!お・お邪魔しました!」
二人の抱擁は、仕事中のホムラが資料を求めてドアを開け、泡をくって踵を返すまで続いたのだった。
◇◇◇◇
数日後、キラは同じ部屋でカガリの訪問を受けていた。
まだ拉致された時の傷があちこちに残っている痛々しい姿だ。腕には包帯が巻かれているし、顔にも大きな絆創膏が貼られていたが、隠し切れない痣が青く変色しているのが見えている。
加えてやたらとビクビクオドオドする様子に、キラの方が悪いことをしているような気分にさせられた。
「あのさ…」
溜め息と共に冷めきった声が出る。それをどんな意味に受け取ったのか、カガリはビクッと全身を震わせた。
「狡くない?きみがそんな目に合ったのは、自分のやったことの結果じゃないか。被害者は寧ろ僕の方だと思うけど?」
責める、というより呆れた口調で話すキラにも、カガリは相変わらず怯えて体を縮こまらせるだけだった。
これでは話しにならないと、キラは同情する言葉をかけた。
「まぁこれまでお嬢さま扱いで生きてきたきみが、いきなりあんな暴漢に襲われたんだから、トラウマになってもしょうがないよね」
「───わ、───ない─」
俯いたカガリが何か言っている。が、声が小さ過ぎて聞き取れなかった。
「え?ごめん、もう一度」
すると突如カガリは顔を上げ、鋭い口調で喚き始めた。
「わ、私がなぜこんな目に合わなければならないんだ!」
「は?」
自分でも驚くほどの低い声が出た。だが自身のことで精一杯なカガリはそれに気付かなかった。
「私はただ、この家に生まれて、与えられた環境の中で生きてきただけだ!アスハ家の後継者として恥ずかしくないように振る舞ってきた!結婚相手も家のためを思ってアスランが相応しいと考えたから、私に変更されるように働きかけたんだ!なのにお前がアスランを誑かしたせいで、思い通りに行かなかった!そもそもお前が身の程も弁えずにザラ家の勘気に障ったから、こんなことになったんだろう!私がこんな目に合ったのも全部お前のせいだ!!」
「────言いたいことはそれだけ?」
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