拉致
・
男たちの隙間から辛うじて覗くのは、金の髪と引き裂かれた服の残骸。
そして顕にされた女性の胸元だった。
一瞬で頭に血が上った。
「な、に──してるんですか!?」
男たちの視線が一斉にキラに向いた。
「誰だ!?お前は!」
「馬鹿!行くな!!」
「っ!」
駆け寄りかけたキラだったが、アスランの逞しい腕に拘束されて叶わない。
「放してよ!」
「だから!お前が行くなって!!」
小柄とはいえキラも立派な男である。理性を失って暴れるのを引き留めるにはアスランもそれなりの力が必要だ。
小競合いをしている間に男たちは体勢を整えた。カガリのことなとまるで眼中にないかのように、全員がキラとアスランに今にも飛び掛からんばかりだ。いくらアスランが体術に明るいとはいえ、身構えられてはこれだけの人数を相手に勝てるかどうか難しくなってしまった。
「あれ?あんたもしかして……アスハ家の当主代理の」
そんな中、一人の男が進み出た。キラがピタリと動きを止める。
「え~と…確か名前がぁ」
記憶を探ろうと無造作に首を傾げる姿は、いっそ優雅にすら見えた。
「そうだ!“キラ”だ!」
「──僕のことを知ってるんですか?」
「噂程度だけどね。妾腹が当主代理をやるのかって、結構陰口叩かれてたから。ほんと、あいつら下世話な話が好きで嫌になる」
「貴方は?」
「一応、ヴェステンフルス家の三男。といってもアスハ家から見りゃウチも自慢できるほどの家格じゃないから、ご存知ないかもしれないな。しかも俺、家を捨てちゃってるし」
「ヴェステンフルス家?て、以前ニコルが言ってた…?」
アスランの呟きにオレンジ頭のその男が頷くことはなかったが、否定もしなかった。
なるほど所作が洗練されている。ものごころついた時から名家の教育を受けていれば、そこらのチンピラとは空気が違って当然だ。
「確かに貴方の家のことは知りませんでしたが…。それは貴方がたが噂していた通り、僕が一般家庭で育ったせいでしょう。ところで不詳の姉がご迷惑をかけたみたいで申し訳ございません。引き取りに来ました」
「へえ、当主代理自ら来ちゃうんだ」
不意にハイネの目に薄暗い光が灯った。一部始終を静観するカタチになっていたアスランは嫌な予感に支配される。
(なんだ?このモヤモヤしたものは)
だが次の瞬間、隙をつかれたアスランは後ろに潜んでいた男に羽交い締めにされ、あっという間に思考が霧散してしまった。
「アスラン!」
「っ!大丈夫だ!!」
とはいえ動きを封じられてしまっては、流石のアスランもそう叫ぶのが精一杯になってしまった。
「さぁて…どうしよっかな」
ハイネはずっとパトリックからの圧力を跳ね返すチャンスを探っていたのだ。
「わっ!──う!」
突然ハイネに遠慮ない力で腕を掴まれたキラが声を上げる。反射的に抵抗しようとしたが、捻り上げられて肩がギシリと痛んだ。
「キラ!」
「飛んで火に入る夏の虫ってこのことかな」
すぐ側でハイネが小さく呟くのを、キラは額に脂汗を浮かべながら聞いた。何をするつもりかは知らないが、このままでは駄目だと察したキラが、必死に身体を捩って拘束を解こうとする。だが圧倒的に力の差があって、振りほどけそうにない。
やがてハイネが男たちに命じた。
「そっちの彼は放していいよ。アスハ家当主代理さまさえ捕まえてれば、大した抵抗できないだろうから」
キラが悔しさに歯軋りすると、今度は後方から声がした。
「じゃあこの女はどうするんだ?」
「あー、忘れてた」
そもそもカガリを助けるためにここへ来たというのに、アスランと自分に降りかかった危機に、キラもカガリのことなど頭から抜けていた。
「もう用済みだから、殺して」
感情のこもらないハイネの言葉に、思わず彼の顔を見上げたキラは、心の底からゾッとした。軽い言葉に反して、ハイネの表情は本気だと思わざるを得ないものだったのだ。
しかしカガリを押さえ付けている男からは、ハイネの顔が見えなかったらしい。相変わらずの下卑た口調で応じる。
「どうせ殺すんならよ、その前にちょっとくらい楽しんでもいいだろ?」
「ひっ!」
カガリの怯えた気配を感じる。罵倒しようとしたキラだったが、口を開く前にハイネの言葉に遮られた。
「聞こえなかったか?俺は“殺せ”と言ったはずだ」
温度のない声。
ハイネはキラを見下ろすと、にっこりと微笑んだ。あまりの場違いさに、キラは増々身体を萎縮させる。
「俺が無事にこの局面を乗り切るために、あんたを利用させてもらう」
静まり返った倉庫内で、その言葉はまるで死刑宣告のように響いたのだった。
了
20250109
男たちの隙間から辛うじて覗くのは、金の髪と引き裂かれた服の残骸。
そして顕にされた女性の胸元だった。
一瞬で頭に血が上った。
「な、に──してるんですか!?」
男たちの視線が一斉にキラに向いた。
「誰だ!?お前は!」
「馬鹿!行くな!!」
「っ!」
駆け寄りかけたキラだったが、アスランの逞しい腕に拘束されて叶わない。
「放してよ!」
「だから!お前が行くなって!!」
小柄とはいえキラも立派な男である。理性を失って暴れるのを引き留めるにはアスランもそれなりの力が必要だ。
小競合いをしている間に男たちは体勢を整えた。カガリのことなとまるで眼中にないかのように、全員がキラとアスランに今にも飛び掛からんばかりだ。いくらアスランが体術に明るいとはいえ、身構えられてはこれだけの人数を相手に勝てるかどうか難しくなってしまった。
「あれ?あんたもしかして……アスハ家の当主代理の」
そんな中、一人の男が進み出た。キラがピタリと動きを止める。
「え~と…確か名前がぁ」
記憶を探ろうと無造作に首を傾げる姿は、いっそ優雅にすら見えた。
「そうだ!“キラ”だ!」
「──僕のことを知ってるんですか?」
「噂程度だけどね。妾腹が当主代理をやるのかって、結構陰口叩かれてたから。ほんと、あいつら下世話な話が好きで嫌になる」
「貴方は?」
「一応、ヴェステンフルス家の三男。といってもアスハ家から見りゃウチも自慢できるほどの家格じゃないから、ご存知ないかもしれないな。しかも俺、家を捨てちゃってるし」
「ヴェステンフルス家?て、以前ニコルが言ってた…?」
アスランの呟きにオレンジ頭のその男が頷くことはなかったが、否定もしなかった。
なるほど所作が洗練されている。ものごころついた時から名家の教育を受けていれば、そこらのチンピラとは空気が違って当然だ。
「確かに貴方の家のことは知りませんでしたが…。それは貴方がたが噂していた通り、僕が一般家庭で育ったせいでしょう。ところで不詳の姉がご迷惑をかけたみたいで申し訳ございません。引き取りに来ました」
「へえ、当主代理自ら来ちゃうんだ」
不意にハイネの目に薄暗い光が灯った。一部始終を静観するカタチになっていたアスランは嫌な予感に支配される。
(なんだ?このモヤモヤしたものは)
だが次の瞬間、隙をつかれたアスランは後ろに潜んでいた男に羽交い締めにされ、あっという間に思考が霧散してしまった。
「アスラン!」
「っ!大丈夫だ!!」
とはいえ動きを封じられてしまっては、流石のアスランもそう叫ぶのが精一杯になってしまった。
「さぁて…どうしよっかな」
ハイネはずっとパトリックからの圧力を跳ね返すチャンスを探っていたのだ。
「わっ!──う!」
突然ハイネに遠慮ない力で腕を掴まれたキラが声を上げる。反射的に抵抗しようとしたが、捻り上げられて肩がギシリと痛んだ。
「キラ!」
「飛んで火に入る夏の虫ってこのことかな」
すぐ側でハイネが小さく呟くのを、キラは額に脂汗を浮かべながら聞いた。何をするつもりかは知らないが、このままでは駄目だと察したキラが、必死に身体を捩って拘束を解こうとする。だが圧倒的に力の差があって、振りほどけそうにない。
やがてハイネが男たちに命じた。
「そっちの彼は放していいよ。アスハ家当主代理さまさえ捕まえてれば、大した抵抗できないだろうから」
キラが悔しさに歯軋りすると、今度は後方から声がした。
「じゃあこの女はどうするんだ?」
「あー、忘れてた」
そもそもカガリを助けるためにここへ来たというのに、アスランと自分に降りかかった危機に、キラもカガリのことなど頭から抜けていた。
「もう用済みだから、殺して」
感情のこもらないハイネの言葉に、思わず彼の顔を見上げたキラは、心の底からゾッとした。軽い言葉に反して、ハイネの表情は本気だと思わざるを得ないものだったのだ。
しかしカガリを押さえ付けている男からは、ハイネの顔が見えなかったらしい。相変わらずの下卑た口調で応じる。
「どうせ殺すんならよ、その前にちょっとくらい楽しんでもいいだろ?」
「ひっ!」
カガリの怯えた気配を感じる。罵倒しようとしたキラだったが、口を開く前にハイネの言葉に遮られた。
「聞こえなかったか?俺は“殺せ”と言ったはずだ」
温度のない声。
ハイネはキラを見下ろすと、にっこりと微笑んだ。あまりの場違いさに、キラは増々身体を萎縮させる。
「俺が無事にこの局面を乗り切るために、あんたを利用させてもらう」
静まり返った倉庫内で、その言葉はまるで死刑宣告のように響いたのだった。
了
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