拉致




「仮説の仮説じゃ説得力ないかもしれないけど。アスランのお父さんが首謀者だとして、カガリを狙う理由なんてきみを傷付けた一件以外ないと思うんだ。だとしたらさ、僕のきみのお父さんへの印象が変わっちゃうんだよね」
「極悪非道にか?」
「もう!この耳は飾りなの?」
キラは足を踏み出してアスランに近付くと、彼の耳を引っ張った。
「キ・キラ!?」
驚いて声を上げたアスランに瞳を眇める。
「そうじゃなくて、一人息子の仇を取ろうとしたんだなって言ってんの!」
「────は?」
相変わらず目を白黒させているアスランに、キラは人差し指を突き付けた。
「ちゃんと!お父さんじゃない!」
残念ながらあまり悠長にしている時間はない。キラは一旦落ち着くと、再び歩き出した。
「僕の勝手な印象でしかないけど、きみのお父さんはもっと機械みたいに冷たい人で、他者にもそれを強要するような人だと思ってた。最初の顔合わせの時も、きみたちの話を聞いてからもそういう人なんだって。でも違うんじゃない?」
その印象は間違ってないという言葉をアスランは飲み込んだ。また耳を引っ張られては叶わない。キラの隣に並んで歩きながら聞く。
「どういう意味だ?」
「パトリック・ザラ氏はきみが傷付けられたことを怒れる人なんだよ」
「!」
ずっと期待して落胆してきただろうアスランが、まともな会話すらしてこなかったキラのこんな一言で認識を変えるなど不可能だろう。しかもキラ自身も“家族の情”など偉そうに語れるほど経験はない。それでも、とキラは思う。少しでも不器用なパトリックの愛情をアスランが感じてくれたら、と。
本当にキラには敵わない。ニコルたちをアスランの“気の置けない友人”で、大事にしなければいけないと諭したのも他でもないキラである。キラが気付かせてくれなければ、彼らはアスランにとってただの境遇の似た知人でしかなかった。
それでも長年培っていた父親の見方を急に変えるのは難しかった。耳を赤くしながらも、アスランは絞り出すように言った。
「────例えキラの言う通りだとしても、油断はしない方がいい」
「それは、もちろん」
改めて気を引き締める。アスランに対して親子の情があればあるほど、カガリに課される報復は過激なものになるはずだ。
責任を放棄するつもりはない。これはニコルたちがキラのためにやってくれたことが発端だ。何を見せられても受けとめなければならない。
その後は二人とも重苦しい沈黙を隠せないまま、無言で歩き続けるしかなかった。



◇◇◇◇


眼前に聳え立つ高い壁の数々。もう余り使われてないらしく、うらぶれた雰囲気だ。無機質な空気の中で、一棟だけ人の気配がする建物があった。
「───あそこだな」
アスランの呟きにキラも小さく頷いた。
まさかこれほど早く場所がバレると思ってもみないのだろう。ラクスたちの機転が功を奏した。
まずは中の様子を伺おうと、足音を立てないよう細心の注意を払い、目的の倉庫へ近付く。窓にはカーテンが引かれていたために、壁に耳をつけるようにして、なんとか声が聞こえないかと息を潜めた。
元々薄い壁だ。すぐに声を聞くことは叶ったが、その声の主がまずかった。
「ここはどこだ!?」
(カガリ!!)
咄嗟に動こうとしたキラを、寸でのところでアスランが制する。
「出るな!」
小声での鋭い叱責に、キラが踏みとどまった。邪魔をされて、思わずキツい視線をアスランに向けてしまう。
「落ち着け。ここでお前が出て行っても、事態の悪化を招くだけだ」
「だって今、カガリの声が──!」
「分かってる!でも行くなら俺が先だ」
「~~~~っ!!」
反論も出来ずにキラは奥歯を噛み締めた。
カガリの声が聞こえた後も中からは複数の男の雑言が続いている。加えて彼らがパトリックから受けた話は、余り生活態度の良くない連中からしても断ってしまうような内容なのだ。穏やかに話し合うなど土台不可能だろう。
だがお世辞にもキラが荒事に向いているとはいえない。ここはその生い立ちから体術を仕込まれてきたアスランが出る方が順当だった。
おとなしくなったキラにひとつ頷いて、大きく息を吸って止めたアスランがそっと引き戸に手を掛けた。

「な、何をする!!」
悲痛な叫び声と布の裂ける音は同時だった。
「っ!キラ!!!」
反射的にアスランを押し退け、キラが扉を開ける。

殆ど反射で飛び出したその先には───


複数の男たちに床へ押し付けられている“誰か”の姿だった。




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