拉致




キラは闘病中とされているウズミの後を受ける形で現れた。ここへ来てからそう長くはなく、直接関わることもなかったから、ミーアにとっては雇い主とはいえ遠い存在である。
だから聞かれて初めて知る限りのキラについて、ミーアは真剣に考えたのだった。
(まずは見た目よね)
遠目で見たキラは小柄というわけではないが、線が細く、女性だといわれても納得してしまいそうな容姿だった。年もそう変わらないはずのキラは、ミーアの男友達と比較しても全然違う。あと動きが大きく良くも悪くも派手なカガリだが、キラはどちらかというと静かな印象だ。
常に穏やかな笑みを口許に浮かべ、声を荒げる姿など想像すらできない。
「…………私、キラさまを嫌いじゃないと思います」
「ほう。しかし直接の交流などなかったはずでしょう?」
聞いておいて嘯くホムラに、ミーアは僅かに感じた苛立ちを飲み込んだ。
「うーん…。上手い表現は浮かばないんだけど、求心力はある方に見えました。実際、私たちにまでその成果は分からなくても、みんないつの間にか違和感なく主人として受け入れちゃってますよね。そういうところだと思います」
「しかし彼は貴女の職場を壊そうとしてますよ」
「それも希望すれば今いる使用人全てに次の仕事を紹介してくれると約束してくれました。音に聞こえたアスハ家当主名の紹介状があれば、次の仕事もそう悪い待遇ではないでしょうし。口先だけじゃないのは、私のところにもチラホラと就職先の打診が来てますから分かります」
「そうですか」
金策に喘いでいるはずのキラだが、どうやら出来るだけ周囲に迷惑をかけたくないという言葉に嘘はないようだ。ホムラが感心していると、ミーアがぽつりと「それに」と溢した。
「多分ですけど私なんかの話でも聞いてくださる方なんじゃないかなと思います。ホムラさまがそうしてくれたように」
思わぬ賞賛にホムラは眉を上げた。
「おや、私が貴女の話に耳を貸したのは、単なる意識調査のようなものですよ」
「勿論、それも分かってます。突然キラさまの印象を聞かれて、そうなんだろうなって。このまま計画の実行を進めていいものか、思うところがあったのでしょう?ホムラさまはキラさまサイドの人ですから、円滑に進めるために使用人たちがどんなふうに思ってるか、知っておく必要を感じた。それでも話を聞いてもらえただけで私には充分だったみたいです」
「カガリさまの命令に貴女がどうすればいいか、明確な答えを提示しなくても、ですか?」
ミーアは浅く頷いた。
「それってホムラさまは私の判断に任せてくれるってことでしょう?それでキラさまの進めるプランの障害になったとしても、私を責めるつもりもないはずです。まあ、私なんかの行動で何かが変わるなんてないかもですけど、命令されなかったことでなんとなく満足しちゃいました」
満点の結論にホムラは内心で微笑んだ。この侍女は軽く見えても馬鹿ではないのだ。
「貴女がどんな結論に至ったかも、敢えて聞きません」
「はい。お時間いただいて、有難うございました」
深々と頭を下げてミーアは臨時で与えられているホムラの執務室を後にした。もう彼女の表現に憂いはなかった。



◇◇◇◇


「──────、あ」


そんなある日、自分より後から入った使用人の男が、見覚えのないオレンジ頭の男を伴って屋敷へ入って来た。突然こんな屋敷の最深部に知らない人間が現れたことに驚いたものの、使用人の男が人差し指を唇の前に立てたせいで、ミーアは出しかけた大声を寸でのところで飲み込んだ。
「ちょっと、その人、誰なの?」
ツカツカと歩み寄り、内緒話のトーンで詰問する。聞かれた男は悪びれた様子もなく答えた。
「昔の友達」
端的な返答を耳にしながら、オレンジ頭を上から下まで観察する。服装は派手でアクセサリーもジャラジャラとつけており、お世辞にも上品とは思えない。
そもそもミーアはこの若い使用人ともまともな会話すらしたことがなかった。この屋敷での仕事振りは真面目らしいが、隠しきれない“育ちの悪さ”を嗅ぎ取っていたからだ。ただ自分も決して褒められるような過去ではなかったため、そこを追求するつもりはなく、関わるつもりもなかった。
「部外者を手引きしたりして、上の人たちに許可は取ってるの?」
「どうしてもカガリさまに会いたいって言われて俺もカガリさまの動向には注意してたんだけど、外出したのは分かってもどこへ行ったのかまでは分からなかった。でもきみなら詳しく知ってるかなと思って」
「は!?そんなこと教えるわけないじゃない!」
手を合わせて拝むようにされ、ミーアは男の手を叩き落とした。改めて見知らぬオレンジ頭に向き直って断ろうとしたミーアだったが、男に身なりから想像もつかない優雅さで一礼されて言葉を飲んだ。
「はじめまして。私はヴェステンフルス家の三男、ハイネと申します。カガリさまがお家に戻ってらっしゃるとお聞きして、ご挨拶を兼ねたお話相手でも、と思って来たのですが…。こちらへ到着する直前に彼からカガリさまが外出したと連絡があって。出直すか時間を潰していようかと迷って、いつ頃戻られるのか、カガリさまがどこへ行ったのか、知っていそうな方に尋ねて欲しいと私が無理を言ったのです」
ヴェステンフルス家の名くらいはミーアでも分かったが、その三男が出奔していることまでは知る由もない。身なりこそ褒められたものではないが、三男とはいえ“名家の息子”というワードはミーアの警戒心を弛ませるのに少なくない効力を発揮した。






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