拉致




「キラがどんな動きをしてるか、逐一報告してくれ」


かつて侍女だったミーアは、戻ってきたカガリに開口一番命じられたのだった。



ミーアはカガリが連行されるまで、専属の侍女として働いていた。カガリの侍女は次々と辞めていき、彼女も辞め時を考えていたのだが、そこに運良く(?)カガリが傷害事件を起こして連行されるというアクシデントが発生する。見方を変えれば残っている使用人の中で、最もカガリの“被害”を受けている人物だとも言えた。

所謂“名家”の使用人は比較的人気の職業だ。金銭感覚がズレた当主からの給金は、ほぼ使用人の言い値。つまり悪くない額を貰える。加えて“名家”で勤めていたという経歴は、婚活市場でそこそこの箔となる。ミーアも例に漏れずそういったものを期待してアスハ家に従事した者の一人だった。殆どの使用人がそうであるように、カガリに対する忠義心など欠片も持たないのだ。
勿論、使用人の心情を考えることのないカガリが、そういう事情に思い至るはずはなかった。



◇◇◇◇


「あんた、早々に呼び出されたと思ったら、そんなこと命令されたの?」
使用人仲間の同期にことの次第を話すと、彼女は呆れたような溜め息と共に吐き出した。
「うん。どうしよう」
「馬鹿じゃないの?そんなの決まってるじゃない!適当な嘘で誤魔化せばいいのよ!幸いあんたの言葉を疑うことなんて知らないでしょ、あの人の残念な脳ミソじゃ」
「だけど…もしバレたら」
「いい?私らから見てあんたは一応カガリさまに従順だった。しかも幸運にもあんたが限界を迎える前に捕まった。つまりカガリさまはあんたが色々我慢してたのなんか知りもしないんだよ。だからこそわざわざあんたにそんな命令したに違いないんだから。仮に疑われたとしても、この屋敷内に裏付けを取らせるような信用できる使用人なんていないんだから、馬鹿正直に報告する必要なんかないって。それでなくてもキラさまのこの家の解体、中々上手く行ってないのよ。もしそんな事情をあの人が知ったら、どんな邪魔をするか分かんない。ま、邪魔しようとしても、協力する使用人なんていないから大したことはできないだろうけど、あの人も後がないし、念のために言わない方がいいに決まってる」
「でも……恐い」
ミーアの恐怖心は散々カガリに貶されてきた過去の記憶があるからだ。同期の自分もかつてのカガリの傍若無人さを実際に目にし、そんな彼女がミーアに何をしてきたかをリアルタイムで聞かされている。刷り込まれた恐怖心はおいそれと払拭など不可能だし、自分の言葉だけではミーアが腹を決めるには難しいと思った。
「じゃあ…ホムラさんに話を聞いてもらうのはどう?」
「ホムラさんに?あの人はこの家の財産とかの管理に呼ばれただけで関係なくない?第一外部の人じゃない」
「だからこそよ。公平な目で判断できるんじゃない?あの人ならこの家の使用人からも一定の信頼を得てるし。それとも他に誰か思い付く?」
「確かに…」
ホムラならこの家の細かい機微まで調査しているはずだ。彼がやって来てまだ日は浅いが、それは裏を返せば特定の人物に加担しないということでもある。決して気安く話しかけられるタイプではないが、落ち着いた雰囲気のホムラなら、静かに話を聞いてくれるかもしれない。
それにカガリに口止めされているわけでもなかった。
「分かった。私なんかの話を聞いてくれるか分かんないけど、相談してみるよ」
ミーアの決断に同僚は笑って背中を押してくれた。



「それは良くないですね」
果たしてちゃんとミーアの話に耳を傾けてくれたホムラは、あまり感情のこもらない声でそう言った。どこかで予想していた反応に、ミーアも「やっぱりそうだよね」と思う。外部の人間であり若い侍女よりも多くの見識を持つホムラなら、ミーアがどうするべきか客観的な意見を与えてくれるだろう。
「ところで貴女はアスハ家がなくなることについて、どのように思ってますか?」
「え?」
突然全く関係のない話題を振られて、聞き取れずに思わず問い返してしまった。
「自分のことだけ考えて答えてもらって結構です。アスハ家が存続すれば給金は安定していて待遇も悪くない。中々こんないい職場はないでしょう?」
「それは、その通りです」
「なら貴女にとって快適な職場であるアスハ家を、なくそうとしているキラさまのことはどう思ってる?」
「キラさまをですか?」
質問の内容が意外過ぎて、質問の本筋からどんどん離れて行っていることに気付く余裕もないミーアが答えを探し始める。カガリへの不平不満は常々持ち合わせていたミーアだが、キラ個人に対して何かを感じたことはなかった。




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