番外編
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アスランの独占欲と欲目から来る世迷い言を、全て鵜呑みにするキラではないが、言われた通り混雑した電車を避けたり、乗っても立つ位置に気を配ることで、不快な思いをする機会は格段に減った。男としての教示がいたく傷付けられるも、これでは“痴漢”にあっていたというのも、あながちアスランの穿ち過ぎばかりではなかったと認めるしかない。
勿論、改善した事実を親切にアスラン本人に報告したり、ましてや感謝する義務も、キラにはなかった。
そんなことを考えながら、現在進行形で困っている状況から、キラは全力で逃避中だった。アスランの助言により少しだけ過敏になったキラの神経に、がっつり障る男に気付いてしまったのである。
最初に妙な視線を感じて振り返ったのは、大学を出てすぐだった。同じ感覚を移動中にも感じて、何度か周囲を見回したりしたキラだったが、どうもその度に同じ男が視界に入るのだ。
因みに今日はキラを気に入ってくれている某老教授のお使いで、近隣の大学へ足を伸ばしたため時間も遅く、電車は通勤通学時間帯とも被らなかった。なのにいつの間にか同じ車両にその男が乗り込んでいたものだから、流石に意図的なものを感じる。
最寄り駅で降りたキラの後を、一定の距離を保ってその男も降りたのを見たキラは、かなり重い溜息を吐いた。
(これはもう確定だな…)
魔が差した痴漢行為(これも決して許されるものではないが)なら、その場で逃げるなり睨み付けるなりすれば、それ以上しつこくされることはない。拒絶の意思をハッキリ示せば、大抵は目が覚めてそそくさと去っていく。
しかしこの男は行きずりとは違う。もしストーカーの類いだとしたら家を知られるのはいかにも面倒だ。だが助けを求めようにも、キラの交遊関係は余りに寂しいものだった。普段から他人との接触を極端に避けているのだから自業自得である。散々逡巡した挙げ句、結局は唯一のアテを頼るしかなく、キラは携帯を取り出した。
かける相手は言うまでもなく、独占欲を悪い方へ拗らせて不要な心配に発展している恋人、アスラン・ザラだ。
確か今夜はキラのアパートで帰りを待っていると言っていた。どうせ勝手に持ち込んだ趣味の機械弄りを満喫しているに違いないから、呼び出すことに何の躊躇いも必要ない。本音を言えば、その場限りの痴漢ならいざ知らず、ストーカーとなるとキラだってちょっと心細いのだ。別に撃退して欲しいわけではなくて、アスランの姿を見れば、あちらさんが諦めてくれるのではないかという効果を狙ったものだった。
一縷の望みに縋る形で、アスランに「今駅前にいるが出でこれないか」とだけ告げる。特に訝しむ様子もなく快諾されて、理由を話さずに済んだことにホッとしながら、用件のみの通話を終えた。直後、結局はアスランを頼るしかないクセに、ちっぽけなプライドに拘る自分は、心底可愛くないと自己嫌悪に襲われる。
(いやいやいやいや!別に可愛いなんて思われたい訳じゃないからね!!)
一体誰に向かって言い訳しているのか自分でも意味不明だったが、取り敢えず無理矢理心の平安を取り戻したキラは、待ち合わせに指定されたコンビニに入り、立ち読みをするフリで適当な雑誌を手に取った。ここからなら外の様子が伺える。残念ながら店内が明るいため相手の顔までは視認出来ないが、件の男に立ち止まったまま動く様子はない。察するに狭い店内に入ってくる度胸はなくても、後をつけるのは諦めてないというところだろうか。雑誌で誤魔化せるのと、程なくアスランが来るという安心感から、キラは少しでも手懸かりを得ようと男の観察に時間を潰した。
(意外に若い…?てか、コートの下、制服じゃ?またさ高校生?)
夜も遅い時間とはいえ、駅前という場所柄、外も当然真っ暗ではない。車のヘッドライトや煩雑に溢れる店の照明で、アウトラインくらいは分かるのだ。
しかし制服を着ているなら、まだ高校生である訳で、若いどころかキラより年下ということになる。
知らなかったとはいえ年下の男に怯えていたのかと、不甲斐なさに更に深い自己嫌悪に陥りかけた頃、見覚えのある黒い車がコンビニ駐車場に入って来た。アスランだ。
キラは雑誌を戻して店を出た。アスランも車から出る。これで男には充分な牽制になっただろうかとチラリと背後を伺うと、驚いたことに、ストーカー(疑い)はズカズカと大股でこちらへ向かって来ているところだった。
「おい、お前――?」
ただならぬ気配に気付いたアスランが男へ声をかけるのと、男が喚いたのは殆ど同時。
「キラ・ヤマト!とうとう尻尾を掴んだぞ!!」
「…………………………は?」
衝撃にキラの思考は、確実に一分以上は停止した。
◇◇◇◇
男――シン・アスカと名乗った――は、キラの卒業した高校に在学中だった。良く見えなかったにも関わらず、彼が着ていたのが制服だと直感したのは、以前自分も着ていたからだろうかと、キラはおかしな部分で感心する。
あの後、コンビニの前でモメるわけにも行かず、近くのコーヒーショップで話し合う(?)ことに落ち着いていた。
「で?その僕の後輩であるシンくんは、一体どんな理由があって僕を付け回してたのかな?」
相変わらずシンの威嚇は続いていたが、こうして近くで良く見れば、若干目元がキツい印象を与えるものの、どこか愛嬌を感じさせる可愛らしい顔立ちだ。その顔で精一杯のつもりで威嚇されても、残念ながら猫が毛を逆立てているのと大差ない。正直今となっては、むっつりと黙り込んでいるアスランの方が、キラにとっては余程厄介だった。
幾ら視線を鋭くしてみても、肝心のキラが一向に怯まないのだから、ただ睨んでいるだけではいつまで経っても期待した効果は得られないと悟ったのか。やがてシンは半ば捨て鉢に吐き捨てた。
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許婚者シリーズ番外『女子会』
アスランの独占欲と欲目から来る世迷い言を、全て鵜呑みにするキラではないが、言われた通り混雑した電車を避けたり、乗っても立つ位置に気を配ることで、不快な思いをする機会は格段に減った。男としての教示がいたく傷付けられるも、これでは“痴漢”にあっていたというのも、あながちアスランの穿ち過ぎばかりではなかったと認めるしかない。
勿論、改善した事実を親切にアスラン本人に報告したり、ましてや感謝する義務も、キラにはなかった。
そんなことを考えながら、現在進行形で困っている状況から、キラは全力で逃避中だった。アスランの助言により少しだけ過敏になったキラの神経に、がっつり障る男に気付いてしまったのである。
最初に妙な視線を感じて振り返ったのは、大学を出てすぐだった。同じ感覚を移動中にも感じて、何度か周囲を見回したりしたキラだったが、どうもその度に同じ男が視界に入るのだ。
因みに今日はキラを気に入ってくれている某老教授のお使いで、近隣の大学へ足を伸ばしたため時間も遅く、電車は通勤通学時間帯とも被らなかった。なのにいつの間にか同じ車両にその男が乗り込んでいたものだから、流石に意図的なものを感じる。
最寄り駅で降りたキラの後を、一定の距離を保ってその男も降りたのを見たキラは、かなり重い溜息を吐いた。
(これはもう確定だな…)
魔が差した痴漢行為(これも決して許されるものではないが)なら、その場で逃げるなり睨み付けるなりすれば、それ以上しつこくされることはない。拒絶の意思をハッキリ示せば、大抵は目が覚めてそそくさと去っていく。
しかしこの男は行きずりとは違う。もしストーカーの類いだとしたら家を知られるのはいかにも面倒だ。だが助けを求めようにも、キラの交遊関係は余りに寂しいものだった。普段から他人との接触を極端に避けているのだから自業自得である。散々逡巡した挙げ句、結局は唯一のアテを頼るしかなく、キラは携帯を取り出した。
かける相手は言うまでもなく、独占欲を悪い方へ拗らせて不要な心配に発展している恋人、アスラン・ザラだ。
確か今夜はキラのアパートで帰りを待っていると言っていた。どうせ勝手に持ち込んだ趣味の機械弄りを満喫しているに違いないから、呼び出すことに何の躊躇いも必要ない。本音を言えば、その場限りの痴漢ならいざ知らず、ストーカーとなるとキラだってちょっと心細いのだ。別に撃退して欲しいわけではなくて、アスランの姿を見れば、あちらさんが諦めてくれるのではないかという効果を狙ったものだった。
一縷の望みに縋る形で、アスランに「今駅前にいるが出でこれないか」とだけ告げる。特に訝しむ様子もなく快諾されて、理由を話さずに済んだことにホッとしながら、用件のみの通話を終えた。直後、結局はアスランを頼るしかないクセに、ちっぽけなプライドに拘る自分は、心底可愛くないと自己嫌悪に襲われる。
(いやいやいやいや!別に可愛いなんて思われたい訳じゃないからね!!)
一体誰に向かって言い訳しているのか自分でも意味不明だったが、取り敢えず無理矢理心の平安を取り戻したキラは、待ち合わせに指定されたコンビニに入り、立ち読みをするフリで適当な雑誌を手に取った。ここからなら外の様子が伺える。残念ながら店内が明るいため相手の顔までは視認出来ないが、件の男に立ち止まったまま動く様子はない。察するに狭い店内に入ってくる度胸はなくても、後をつけるのは諦めてないというところだろうか。雑誌で誤魔化せるのと、程なくアスランが来るという安心感から、キラは少しでも手懸かりを得ようと男の観察に時間を潰した。
(意外に若い…?てか、コートの下、制服じゃ?またさ高校生?)
夜も遅い時間とはいえ、駅前という場所柄、外も当然真っ暗ではない。車のヘッドライトや煩雑に溢れる店の照明で、アウトラインくらいは分かるのだ。
しかし制服を着ているなら、まだ高校生である訳で、若いどころかキラより年下ということになる。
知らなかったとはいえ年下の男に怯えていたのかと、不甲斐なさに更に深い自己嫌悪に陥りかけた頃、見覚えのある黒い車がコンビニ駐車場に入って来た。アスランだ。
キラは雑誌を戻して店を出た。アスランも車から出る。これで男には充分な牽制になっただろうかとチラリと背後を伺うと、驚いたことに、ストーカー(疑い)はズカズカと大股でこちらへ向かって来ているところだった。
「おい、お前――?」
ただならぬ気配に気付いたアスランが男へ声をかけるのと、男が喚いたのは殆ど同時。
「キラ・ヤマト!とうとう尻尾を掴んだぞ!!」
「…………………………は?」
衝撃にキラの思考は、確実に一分以上は停止した。
◇◇◇◇
男――シン・アスカと名乗った――は、キラの卒業した高校に在学中だった。良く見えなかったにも関わらず、彼が着ていたのが制服だと直感したのは、以前自分も着ていたからだろうかと、キラはおかしな部分で感心する。
あの後、コンビニの前でモメるわけにも行かず、近くのコーヒーショップで話し合う(?)ことに落ち着いていた。
「で?その僕の後輩であるシンくんは、一体どんな理由があって僕を付け回してたのかな?」
相変わらずシンの威嚇は続いていたが、こうして近くで良く見れば、若干目元がキツい印象を与えるものの、どこか愛嬌を感じさせる可愛らしい顔立ちだ。その顔で精一杯のつもりで威嚇されても、残念ながら猫が毛を逆立てているのと大差ない。正直今となっては、むっつりと黙り込んでいるアスランの方が、キラにとっては余程厄介だった。
幾ら視線を鋭くしてみても、肝心のキラが一向に怯まないのだから、ただ睨んでいるだけではいつまで経っても期待した効果は得られないと悟ったのか。やがてシンは半ば捨て鉢に吐き捨てた。
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