番外編




続きです↓↓↓↓



許婚者シリーズ番外『偽りの星空』・3




◇◇◇◇


上映が終了して建物を出た後も、アスランがキラの手を放すことはなかった。キラも離れ難かったから暫くはそのままにさせていたが、人目につきにくい並木通りを歩いている内はいいとして、街中へ出るとなるとそうもいかない。今時同性同士で云々言われるなどナンセンスだとはいえ、流石に男二人が大っぴらに手を繋いで―――というのは如何なものか。
「あのさ、そろそろ放してくれないかな?」
おずおずと提案したキラに、アスランは意外なほどアッサリと頷いてくれた。但しタダでは起きない男だ。
「その代わり、何して俺を喜ばせてくれるんだ?」
指を解きながら悪戯っぽく笑ったアスランに、キラは目を見開いた。


そう。今日は10月29日。
すっかり忘れてしまっていたが、アスランの誕生日なのだ。


本人すら余り意味を持たないその日を、ちゃんと覚えてくれていたことが、妙に擽ったかった。
「今日は俺が甘えていい日なんだよな?」
「…………いつから気付いてたの?」
「途中までは本当に忘れてたんだ。あの熱烈な告白を聞いてからだな、思い出したのは」
「熱烈とか」
「“生まれてきてくれて”の後に“僕を惚れさせてくれて”が抜けてたのは残念だったけどな」
「あー、はいはい。きみが自信家で限りなく図々しい人だってのは、よーく分かりました」
「でも仕方ないよな。キラはそういう男が好きなんだから」
「ばーか」
照れ隠しに悪態をついても、キラが言った台詞はアスランを唯一の存在だと告白したも同然で、その事実は曲がらない。あれが熱烈でなくて一体なんだというのだろう。

手が放れたのを見計らって、キラはヒラリと身を引いた。そのまま軽い足取りで先に街へと踏み出す。
「じゃあ、そんな自信家さんのプライドを傷付けないよう、精々甘やかしてあげるとするよ。そうだなぁ、僕お手製のスペシャルディナーをご馳走してあげるから、帰りスーパーに付き合って。ケーキも買うからケーキ屋さんもね」
もう一連の行動がアスランの誕生日を祝うものだったと、隠すつもりはなさそうだ。
「ケーキはキラが食べたいんだろ?」
「お祝いにケーキは欠かせなくない?」
「俺は酒の方がいいんだが」
「えー?じゃシャンパンも追加で。出血大サービスだからね」
「アリガトウゴザイマス」
アスランは恭しく頭を下げた。
自活しているキラの財布が少し気がかりだったが、その心配は余りに失礼だ。きっとこのプラネタリウムもアスランを喜ばせようと、一生懸命考えたに違いない。
自分の出来る範囲で、精一杯のことをしたいと。



「アスラン、おそーい!」
駅へ向かって駆けて行くキラが唇を尖らせて振り返る。早くアスランの喜ぶ顔が見たくて仕方ないのだろう。
本人は気付いているのだろうか。ずっと独りぼっちで生きて行こうとしていたキラにとって、それがどれほど喜ばしい変化であるのかを。
「今行く。あ、おい、前!」
「うわっ!ご・ごめんなさいっ!!」
完全にアスランに気を取られていたキラは、他の歩行者にぶつかりそうになった。追い付いたアスランが寸でのところで腕を引っ張って事なきを得たが、体格のいい男だったから、小柄なキラは危うく転んでいたところだ。
「まったく。そそっかしいな」
つい小言が口をつく。だがキラは自分の失態に小さく舌を出しただけで、何故か嬉しそうに笑っていた。
「そ。僕そそっかしいんだ。でもアスランがしっかりしてるから、ちょっとくらいはいいんだよ」
「それって改める気はないってことか?」
「だってしっかり者のアスランが、ずっと傍にいてくれるんでしょう?」
「――――――っ!!」
上目遣いでそんなことを言うのだから、まったく以て質が悪い。今日だけで一体何度絶句させるつもりだろうか、この可愛い生き物は。
アスランが内心でやや斜め上の恨み言を浮かべているなど露知らず、キラは本日最大級の爆弾を投下した。

「だからねぇ、きみはきっと僕に逢う為に生まれて来たんだよ。ね、きみもそう思うでしょ?」




再びアスランが絶句したのは言うまでもなかった。




◇◇◇◇


宣言通りキラ手製の夕食を終え、キラが洗い物に立ったのを機に、アスランは窓を開けて煙草を啣えた。考え事をする時の癖だ。

キラが祝ってくれたのは心底嬉しかったのだが、和やかに過ぎた食事の間中、アスランは物騒なことを考えていた。
やはりやられっぱなしというのは性に合わないのだ。




「あれ?煙草?珍しいね」
洗い物を終えたキラが戻って早々首を傾げた。キラの前では吸わないようにしていたので、確かに珍しい姿だろう。
喫煙を咎めるでもなくベッドにちょこんと腰かけたキラに、残念ながら他意はない。巨大過ぎるベッドによって、寛ぐスペースが限られている所為だ。
(まぁ、美味しくいただきますがね)
今日はキラ主導の一日だったが、ベッドでの主導権まで譲るつもりは毛頭ない。一矢報いるなら色事になだれ込む前の今が最適だ。
アスランは早速行動に移すべく、灰皿代わりのビールの空き缶で煙草を捻り潰した。
「なぁ、キラ。ひとつ気になってることがあるんだが、訊いていいか?」
神妙な口調にキラの全身が緊張する。
「どうしたの?まさか、何かあった?」
「いや、そうじゃなんだが…大事なことなんだ」
カガリやパトリックのことではないと聞き、キラは一先ず安心する。今日くらいはそんな話は抜きにしたかったのだ。
「じゃあ、なに?」
「俺ってさ、今までずっと他人から賞賛されて来ただろ?」
「そりゃまぁ‥、そうだろうね」
悔しいという思いが消えたわけではないが、事実は認めなければならない。これだけのスペックを兼ね備えたアスランに、何故自分が選ばれたのか今でも不思議なくらいなのだ。





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