番外編




続きです↓↓↓↓



『偽りの星空』・2




相変わらず流行らないのか、観覧席はガランとしている。そういえばアスラン自身もここへ来るのは久し振りだった。ロビーで目にしたプログラムのポスターも見覚えのないもので、すっかり季節が変わってしまっているのだと実感する。かつては時間が空けば通ったものだが、キラに出逢ってからは色々あり過ぎて、すっかり足が遠退いていたのだ。
確か成り行きでキラと観て以来だと記憶しているが、あの時はまさかこんな関係になるとは、お互い思いもよらなかった。それどころか天敵認定さえしていたのだから、運命とは数奇なものだと無性に可笑しくなって、笑いが込み上げてくる。



あの時、隣に座るのを躊躇ったキラは、アスランとシートひとつ分空けて座った。その距離がそのまま二人の距離を物語っている気がして、反発していたに関わらず、何故か酷くもどかしかった。
そして紆余曲折を経た今、キラとこうして隣に座れるようになれて、本当に良かったと思う。
キラはアスランにとってこれ以上ない、稀有な存在だ。
その可愛らしい容姿からは真逆と言っていいほど、おそろしく気が強く意地っ張りだ。また頗る頭の回転が速く、時にアスランが舌を巻くほどの閃きを見せる。そしてアスランに対して無遠慮に意見するのも、一部の旧友を除けばキラだけなのだ。それまでアスラン自身も自分を周囲の評価通りだと思っていたし、それなりの矜持もあった。なのにキラときたら、そんなものくだらないと言わんばかりに、ズケズケと踏み込んで来るのだ。
そしてアスランは気付かされた。今までの自分が与えられていただけで、求めようとしてなかったことを。自分が努力せず得たものに、何の価値があるだろう。自分の中でスペックの価値が下がると、それによって遠巻きにしたり、逆に擦り寄って来ていた連中が、急速に色褪せてしまった。
イエスマンなら掃いて捨てるほどいる。だがアスランが本当に欲しかったのは、スペックなどに惑わされず、自分自身を真っ直ぐ見てくれる人間。
アスランを“生かして”くれる唯一無二の存在だったのだ。

だから例えこの先なにが待っていようとも、放すつもりはない。



不意に指先に触れた体温に、現実へと引き戻される。温もりの正体はキラの細い指で、肘掛けに置いたアスランの手に重ねられていた。
「――――キラ?」
戸惑いが先に来たのも無理はない。照れ屋と天の邪鬼と対人スキルの低さが重なって、キラは色事方面には非常に疎いのだ。仕掛けるのは常にアスランの方だと相場は決まっていて、拒否せずに受け入れることが、唯一キラの愛情表現だと思っていた。
だからキラから手をつないで来るなんて、ハッキリ言ってかなり貴重だ。無いとさえ思い込んでいた状況に、アスランがこれは夢かと疑い始めた頃――、
「僕ね、暗闇が嫌いだったんだ」
やっと聞こえた内容は、期待した色っぽいものとは程遠かった。少なからず落胆したアスランの心中など知る由もないキラは、尚も話し続ける。
「母さんを独りで待つしか出来なかった、子供の頃を思い出しちゃってさ」
声は相変わらず小さい。それが他の客を気遣ってのものか、そうでないのか。おそらくは後者だろう。何か重要なことを伝えようとしているのだ。指先が震えている。
「でもね、今はもう怖くない。何故だか分かる?」
疑問の形を取りはしたが、最初からアスランに答えは求めてはいなかった。
「暗闇でも独りじゃないって、きみが信じさせてくれたからだよ」
答えは既にキラの中にあるのだろう。アスランはただ静かに聞くだけだ。
「きみじゃなきゃ駄目だったと思う。有難う。僕の心を開いてくれて。――――有難う、生まれてきてくれて」
絡められた指に視線を落とす。キラの指先は緊張の為か、酷く冷たくなっていた。自然に温めてやりたいと思えて、小さな手を握りこんだ。
「…………その手の早さには、頗る感心するけどね」
疚しい気持ちではなかったのだが、キラの声は途端に冷たく温度を下げた。しかし振り解く気配はなくて、気を良くしたアスランには、からかうだけの余裕が生まれる。
「手を繋いで来たのは、キラの方だろ?」
「ば・馬鹿言わないでよ!僕はねえ――」
「シーッ!」
人差し指を唇の前に立てられて、キラは真っ赤になったものの、おとなしく口を閉じる。馬鹿もなにも仕掛けて来たのはキラで間違いはないのだが、改めて言われるのは恥ずかしいらしい。


それから暫く二人は無言で擬似夜空を見上げ、手を繋いだままだということを忘れたフリをした。全ては暗闇が隠してくれる。二人が分かっていればそれで良かった。



落ち着いた女性の声が星座の解説を続ける。季節は秋真っ盛りだが、既に冬の星座が紹介されていた。ワンシーズン先取りして上映されるんだったと、ぼんやりと思い出した時、ふとアスランの脳裏に閃くものがあった。

(あー、そうか)



「…――――ちょっと、なに?」
無意識に繋いだ手に力が入ったらしい。あきらかに不機嫌な声と共に、今度こそ振り解こうとキラが抵抗を始めた。勿論許すわけはなく、アスランは更に力を込めてやった。
「痛いんだけど」
「そっか。悪い」
声同様にキツい瞳で睨まれているのも分かっていたが、アスランは敢えて素知らぬ振りで星空を見上げ続けた。明らかにお座なりな謝罪にキラも諦めたのか、やがて再びおとなしくなった。





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