番外編




続きです↓↓↓↓



『女子会』・3




「僕、なんとなく解った気がする」
つい先刻までシンと険悪な言い争いをしていたとは信じ難い穏やかさで、キラは顔を上げるようシンを促した。途端ににこりと微笑まれて面食らったシンは、続けざまに爆弾を投下されることとなる。

「きみ、レイが好きなんだね」

「!!」

シンの顔が一瞬にして耳まで真っ赤になった。自分でも触れなかった心の深淵を暴かれて、咄嗟に否定するしかない。
「~~~~~っ!オ・オレは!別にそんな――っ!!」
しどろもどろなシンの言葉を額面通り受け止めたアスランが、眉を寄せてキラを見た。
「おい、何でそんな話になるんだ?」
「いいから、アスランは黙ってて」
ピシャリと切られてアスランは憮然と黙り込んだ。呼び出しておいてこの仕打ちは酷いのではないだろうかと、窮地に陥っているはずのシンですら憐憫の情を禁じ得ないが、勿論、キラは伝わらない。
彼は今、シンに共感するのに忙しいのである。
「いいよ、隠さなくて。きみはずっとレイが好きだったのに、僕が心ないことをしたから、腹が立った。そういうことだよね」
「あ、え…?そう・なのかな」
まるで自覚はなかったが、そう断言されれば間違ってない気がしてきて、照れながらも頭を掻く。そんな流され易いシンに、あまり賢くはなさそうだな、とアスランは大変失礼な感想をもった。


「あー、だけど。それなら気付いた途端に失恋ってやつだよなぁ」
キラの爆弾発言の衝撃もどこへやら、すっかりその気になったシンは、ガックリと肩を落とした。
「何で?その様子じゃ、気持ちを伝えたことなんてないんでしょう?」
「そりゃ、今気付いたくらいだから言ったことなんてあるはずねーけど。でも告っても絶対無理。相手になんかしてもらえるわけないし、下手すりゃもっと悪くなる」
「やってみなきゃ分かんないじゃない」
人付き合いのスキルが低いキラには、俄にシンの話が理解出来ない。首を傾げるキラに、シンは盛大な溜息を吐いた。
「だってレイが好きなのはあんただぜ?情けないけどオレが敵うとは思えねーし、そもそも告白自体無理。オレはあくまでもレイの親友で、いきなりそんなこと持ち込んだら、気まずくなるだけだ」
「そういうものなの?」
と、キラは自分が黙らせたアスランを振り仰いだ。
「……何故俺に訊く?」
「だってアスラン友達多いじゃない。イザークさんとか」
「おま――気持ちの悪いことを言うな!」
「気持ち悪い?」
「お前が今訊いてるのは、イザークが俺に告白したら気まずくなるのかってことだろう!?」
「落ち着いてよ、喩え話しじゃない。まぁそういう意味なんだけど」
「そんな突拍子もない喩え、比較になるわけあるか!第一あいつらは親友なんてお綺麗なものじゃない!!精々腐れ縁の悪友だ!」
なにもそんなに必死で否定する必要はないのではと思うが、本人にとっては至極重大な真実らしく、顔色まで青冷めている。イザークに頬を染めながら告白されるシーンでも想像してしまったのかもしれない。それは確かにキツそうだ。
アスランは不味くて手を付けてなかったチェーン店のコーヒーを、気付け薬代わりに無理矢理喉に流し込み、咳払いひとつで声の調子を改めた。
「…――ただ、この男の言ってることは理解出来るがな」
「ふーん。そう」
何故か不満そうに口をへの字に曲げて答えたキラに、今度はアスランが首を傾げる。だがキラはそれを黙殺した。
「じゃあ、シンくん、しょうがないね。まずは地道に親友のカテゴリーからの脱却を目指そっか」
「はぁ!?一体なにを言ってんだ!?」
名案とばかりに輝く笑顔で提案されて、シンはどん引き、アスランは額を押さえた。大分慣れたアスランでさえ、キラの発想にはしばしば驚くのだから、初対面のシンが対処不能に陥るのは寧ろ必然だった。
「だってそれしか方法なくない?レイがちょっとずつでもシンくんを意識するように仕向ける、とかさ。そうすればいつか、親友兼恋人にもなれるって思わない?長期戦になっちゃうけど、シンくんだって簡単に諦めるつもりはないんでしょ?」
「…………あんた、なにげにすげーな」
キラの指摘で初めて自分の気持ちに気付いたばかりのはずのシンは、すっかりその気になっている。
「あ、でも…。レイって鈍いとこあるからさー。そんな消極策じゃ気付いてさえくれないかも」
「え?そうなんだ。あー、いるよね。鈍い人って」
キラがチラリとアスランを流し見る。
「なんで俺を見る?」
「べっつにー」
「随分といい態度だな」
「それはどうも、ありがとう」
「褒めてないぞ」
さっきから何度も刺々しい空気になる(主にキラの態度による)アスランとキラだが、決して本格的な争いに発展することはない。
お互いが気の置けない関係で結び付いていなければ出来ないことで、片想いを自覚したばかりのシンには羨ましいばかりだ。
自分もいつかレイとこんな風になれたら――
「頑張れば、少しは意識してくれるようになるかな?」
しかし自分はキラと違い過ぎる。前途多難を悟ってか、俯くシンは頼りなく、声にも元気がなくなっていた。
「大丈夫だよ!」
それを見たキラは一体何を触発されたのやら。アスランは精神的なものから来る頭痛にとうとう眉を顰めた。
「頑張ろ?ね?困った時や愚痴りたい時は僕が聞いてあげるから」
「キラさん……!」
いつの間にやら“あんた”が“キラさん”に昇格している。テーブル越しに手に手を取って輝く瞳で見つめあう姿は、旧知の盟友のようだ。そんな彼らに頭を抱えるアスランなど、最早風景も同然だった。
(このアスラン・ザラを風景にするか…)
未だ残る妙なプライドが踏みにじられた対価は、決して安くないぞと、可愛い弟が出来たと嬉しそうなキラの横顔を睨み付けた。





→次ページへ
10/12ページ
スキ