訪問
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「これからもザラ家は安泰のようで安心いたしました。キラの嫁ぎ先として及第点を差し上げてもいいでしょう。ただし慢心しないでください。あくまでも“今のところは”ですわ。わたくしを始め他の方々も貴方を監視してることをゆめゆめお忘れなきように」
「ラクスさん…」
「“ラクス”ですわ」
ミリアリアが短い距離を戻ってくる束の間。告げられた言葉は恥ずかしくもあり擽ったくもあり、キラの涙腺を弛ませるのに充分な威力があった。
自分が動いたのは縁もゆかりもないカガリのためなどではなく、キラの縁者だったから。
ラクスはそう言ってくれたのだ。
そっとアスランに肩を抱き寄せられる。
「ちょっとは自分の価値を理解したか?」
優しい声に、キラはただ頷くことしかできなかった。
何度も、何度も。
◇◇◇◇
ミリアリアは息を切らしているのにも構わず話し始めた。
「連れ去りに直接関わった人物ではありませんが、事情を知っていそうな男を確保したそうです」
「流石に国家権力を使うと事態が動くのが迅速ですのね」
ラクスの言葉に全くだと素直に同意したキラだったが、アスランは(痛切な嫌味だな)と捉えた。なんせ先ほどから内ポケットの携帯が何度もメッセージを受信している。おそらく配下のものがカガリの現状について、なにか重要な手がかりを報告してきているのだろう。きっとラクスの方も同様のはずだ。
そんなことになっているとは露ほども知らず、キラはミリアリアの話を聞いている。
「詳しくはこれからですが、どうやらカガリ・ユラ・アスハの拉致を持ちかけられたところに居合わせていた男のようです」
「ではその人の証言があれば、大まかな流れが分かるかもしれませんね」
「ええ。話を持ってきた人物も目撃してるでしょうし。───でも……」
「他にもなにか?」
やっと真相に近付けると高揚していたミリアリアの表情に陰が差す。
「確保した男の証言が少し聞けたのですが、彼がこの話に乗らなかったのは、その……彼女を拉致して殺す計画だったからだと」
「!」
「キラ!!」
ふらりとよろめいたキラを、アスランが咄嗟に支えてくれる。情けないと自分を叱咤しつつ、キラは必死で力の抜けた足を踏ん張った。
「──────、流石に人殺しまでは出来ない、ということですね」
「はい」
キラを気遣いつつもミリアリアは同意した。
だが、とアスランは考える。わざわざ拉致してまでカガリを殺害する理由がある人間がいるだろうか。
仮にキラが推し進めるアスハ家の解体が原因なら、キラ本人を狙うはずだ。キラの周囲が護衛だらけで手が出せないとしても、だからこそカガリには殺すよりも有効な使い道がある。
例えば彼女を人質にアスハ家の解体を思い止まらせる方策だ。
少なくともアスランならそうするし、カガリの命を奪うだけでは、反対派に何の益もない。
「カガリさまに対して強い恨みを持つものの犯行と思われます。キラ、心当たりはございますか?」
ラクスの質問はアスランもミリアリアも聞きたくて出来ないものだった。一刻も惜しいこの状況だが、キラの心情を思えば中々出来ないものである。
「いえ。カガリ自身にそこまでの恨みを持つ人なんて…」
「キラが分からないとなると、わたくしたちでは仮説も立てられませんわね」
確かにこれでは行き詰まったも同然である。考え込んでいた4人だったが、ふとアスランが顔を上げた。
「…───まさか…」
慌てたように内ポケットから携帯を取り出す。先ほどからメッセージの着信を告げていた携帯だ。
さっと目を通したアスランは蒼白になった。
「アスラン?」
不安そうに声をかけたキラに、アスランが絞り出すように答えた。
「………カガリ嬢の居場所が分かった」
「「ええ!?」」
キラとミリアリアが同時に驚愕の声を上げる。
「ザラ家の関連倉庫のひとつにそれらしい面々が入って行ったそうだ」
「そんな…どうして」
呆然と呟くキラにこれ以上アスランから真実を告げるのは酷だと判断したラクスが、表情を曇らせながら後を継いだ。彼女も自分の携帯を手にしている。
「決めつけるのは早計ですが、黒幕はパトリック・ザラ氏の可能性が高いですわね」
「でも理由がない」
「いいえ。カガリさまはアスランを命の危険に晒したという事実があります。親としては当然の思考ではないでしょうか」
「あの人がそれだけで動くとは思えないけどな」
表現はソフトではあったが、アスランもラクスの意見を半ば容認したようなものだ。家族というものに疎くて、そこまで考えが至らなかった自分に深く反省する。
「本当にごめんね、アスラン」
俯いたキラの蚊の鳴くような謝罪に、アスランが慰めてくれる。
「キラが謝ることじゃないだろ?」
しかしキラは俯いたまま激しく首を左右に振った。
「強く、ならなきゃね」
了
20240704
「これからもザラ家は安泰のようで安心いたしました。キラの嫁ぎ先として及第点を差し上げてもいいでしょう。ただし慢心しないでください。あくまでも“今のところは”ですわ。わたくしを始め他の方々も貴方を監視してることをゆめゆめお忘れなきように」
「ラクスさん…」
「“ラクス”ですわ」
ミリアリアが短い距離を戻ってくる束の間。告げられた言葉は恥ずかしくもあり擽ったくもあり、キラの涙腺を弛ませるのに充分な威力があった。
自分が動いたのは縁もゆかりもないカガリのためなどではなく、キラの縁者だったから。
ラクスはそう言ってくれたのだ。
そっとアスランに肩を抱き寄せられる。
「ちょっとは自分の価値を理解したか?」
優しい声に、キラはただ頷くことしかできなかった。
何度も、何度も。
◇◇◇◇
ミリアリアは息を切らしているのにも構わず話し始めた。
「連れ去りに直接関わった人物ではありませんが、事情を知っていそうな男を確保したそうです」
「流石に国家権力を使うと事態が動くのが迅速ですのね」
ラクスの言葉に全くだと素直に同意したキラだったが、アスランは(痛切な嫌味だな)と捉えた。なんせ先ほどから内ポケットの携帯が何度もメッセージを受信している。おそらく配下のものがカガリの現状について、なにか重要な手がかりを報告してきているのだろう。きっとラクスの方も同様のはずだ。
そんなことになっているとは露ほども知らず、キラはミリアリアの話を聞いている。
「詳しくはこれからですが、どうやらカガリ・ユラ・アスハの拉致を持ちかけられたところに居合わせていた男のようです」
「ではその人の証言があれば、大まかな流れが分かるかもしれませんね」
「ええ。話を持ってきた人物も目撃してるでしょうし。───でも……」
「他にもなにか?」
やっと真相に近付けると高揚していたミリアリアの表情に陰が差す。
「確保した男の証言が少し聞けたのですが、彼がこの話に乗らなかったのは、その……彼女を拉致して殺す計画だったからだと」
「!」
「キラ!!」
ふらりとよろめいたキラを、アスランが咄嗟に支えてくれる。情けないと自分を叱咤しつつ、キラは必死で力の抜けた足を踏ん張った。
「──────、流石に人殺しまでは出来ない、ということですね」
「はい」
キラを気遣いつつもミリアリアは同意した。
だが、とアスランは考える。わざわざ拉致してまでカガリを殺害する理由がある人間がいるだろうか。
仮にキラが推し進めるアスハ家の解体が原因なら、キラ本人を狙うはずだ。キラの周囲が護衛だらけで手が出せないとしても、だからこそカガリには殺すよりも有効な使い道がある。
例えば彼女を人質にアスハ家の解体を思い止まらせる方策だ。
少なくともアスランならそうするし、カガリの命を奪うだけでは、反対派に何の益もない。
「カガリさまに対して強い恨みを持つものの犯行と思われます。キラ、心当たりはございますか?」
ラクスの質問はアスランもミリアリアも聞きたくて出来ないものだった。一刻も惜しいこの状況だが、キラの心情を思えば中々出来ないものである。
「いえ。カガリ自身にそこまでの恨みを持つ人なんて…」
「キラが分からないとなると、わたくしたちでは仮説も立てられませんわね」
確かにこれでは行き詰まったも同然である。考え込んでいた4人だったが、ふとアスランが顔を上げた。
「…───まさか…」
慌てたように内ポケットから携帯を取り出す。先ほどからメッセージの着信を告げていた携帯だ。
さっと目を通したアスランは蒼白になった。
「アスラン?」
不安そうに声をかけたキラに、アスランが絞り出すように答えた。
「………カガリ嬢の居場所が分かった」
「「ええ!?」」
キラとミリアリアが同時に驚愕の声を上げる。
「ザラ家の関連倉庫のひとつにそれらしい面々が入って行ったそうだ」
「そんな…どうして」
呆然と呟くキラにこれ以上アスランから真実を告げるのは酷だと判断したラクスが、表情を曇らせながら後を継いだ。彼女も自分の携帯を手にしている。
「決めつけるのは早計ですが、黒幕はパトリック・ザラ氏の可能性が高いですわね」
「でも理由がない」
「いいえ。カガリさまはアスランを命の危険に晒したという事実があります。親としては当然の思考ではないでしょうか」
「あの人がそれだけで動くとは思えないけどな」
表現はソフトではあったが、アスランもラクスの意見を半ば容認したようなものだ。家族というものに疎くて、そこまで考えが至らなかった自分に深く反省する。
「本当にごめんね、アスラン」
俯いたキラの蚊の鳴くような謝罪に、アスランが慰めてくれる。
「キラが謝ることじゃないだろ?」
しかしキラは俯いたまま激しく首を左右に振った。
「強く、ならなきゃね」
了
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