訪問




それにラクスはあっけらかんと答えた。
「実はわたくし、連れ去られたと思わしき女性を目撃しております」
「ええっ!!」
思わず大声が出た。
「そ、そんな大事なこと、何ですぐ仰ってくださらなかったんですか!?」
肩を掴んで揺さぶらんばかりの勢いで(実際にはやらなかったが)捲し立てる。対するラクスは全く動じる気配さえ見せず、話を先へと進めた。
「偶然とは驚くべきものですのね。わたくしはその女性に心当たりがありました。しかも彼女のご家族とは浅からぬご縁がございまして、その方々をお連れしました。因みにその女性ですが、ミリアリアさんもご存知の方ですわ」
「えー…っと……」
それなりに頭の回転は早いと自負していたミリアリアだったが、情報量が多過ぎて処理が追い付かない。ひとつずつ頭の中で反芻する他なかった。
(まず…ラクスさんが目撃してることを言わなかったのは私が焦ってたからだよね。そこは私にも落ち度があったとして、え?なに?それが知ってる人だったってこと?しかも私も知ってるって──ええ!?)
「だ、誰ですか!?」
咄嗟に出た質問に、ラクスはことりと首を傾げた。
「誰、というのはどの方を指しているのでしょう。連れ去られた女性ですか?それともわたくしが連れて来たご家族の方でしょうか」
頬に手を当てて問うラクスは、別に勿体つけているわけではなさそうだ。まずは混乱から脱却すべきだと、ミリアリアは深呼吸を繰り返した。
「で、ではまずは連れ去られたと思われる女性の方から。心当たりがあると仰って───」
しかし折角順序立てて聞いていこうとしたミリアリアの努力は呆気なく水泡と化した。
「何か揉め事か?」
中々お呼びがかからないのを不信に思ったアスランが車から顔を覗かせたからである。
「あ、貴方は!」
勿論、覚えのある顔だった。息を飲んだミリアリアだったが、直後に車から降りてきた人物に、更に驚愕することになる。
「お久しぶりです。あ、えーと…前にあった傷害事件で何度かお会いしてるんですけど、覚えていただいてますか?」
忘れるわけがない。
そもそも職業柄、人の顔を記憶するのは得意なミリアリアだ。

男とは思えない細い身体に可愛らしい容姿。それだけなら珍しくもないのだろうが、明らかにオーラが違う。本人には全く自覚はなさそうだが。


最悪(?)アスランが出てくるのは理解出来ないでもない。クライン家とザラ家は同類の間柄だ。
だが“彼”が出てくるのは完全に想定外だった。その、関係者の女性となると一人しか浮かばない。
「まさか…ラクスさんが目撃した女の人って──カガリ・ユラ・アスハですか!?」
「流石ですわ。その通りです」
満点の回答だとラクスは小さく手を打って称賛した。
だがミリアリアに構っている余裕は皆無だ。
「彼女は確か…保釈中では?」
「それについては申し訳ございません。僕の監督不行き届きです」
「だが別にカガリ嬢は逃走を計ったわけじゃないだろう?」
「だけど…」
アスランの庇う言葉にもキラは納得しない様だった。確かにキラの責任もないとは言えない。
「今そこを追求しても仕方ないですわ。わたくしたちが見据えなければならないのは、カガリさんが戻っていないという事実です。ミリアリアさん。何か新しい情報はありますか?」
「それを話す前にキラさんにこんなことに至った事情を聞かせてもらいたいです」
「あ、はい。それは勿論」
キラは素直に頷いてカガリが単独行動をすることになった経緯を話して聞かせた。
「と、なると……その運転手の方が先に帰ったきっかけとなった使用人が何か知ってる可能性がありますね。呼び出せますか?」
「少しお待ちください」
アタフタとスマホを取り出すキラに聞き取りを任せて、ラクスは先ほどの質問を繰り返した。
「捜査状況は?」
「かんばしくないです。捜査線にこれといった情報は浮上していません。元々が私の“誰かが誘拐された”って目撃談だけでしたし…」
つまり、こうやって人手を割いてくれただけでも幸いだったと言っているのだ。
「真剣身が足りませんわね」
やや憤慨した様子のラクスに、ミリアリアは早速動いた。
「私、上司に説明して、もう一度かけあって来ます」
アスハ家の運転手を騙して先に帰らせた人物がいる以上、カガリが逃走したのではないかという疑問は否定される。加えてラクスが連れ去られる人を目撃していて、それがカガリ・ユラ・アスハであったとなれば、これが重大な事件に発展する可能性も出てきた。
キラがまだ電話をしているのを横目にミリアリアは上官の方へと向かった。これだけの条件が揃えばどこか懐疑的だった同僚たちも少しは本腰を入れてくれるだろう。ならば一刻の猶予も惜しい。





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