訪問




「───貴女がカガリ嬢をご存知だったとは思えないのですが」
対するラクスも負けてはいない。
「面識、と言われればないと答えるしかありませんが、わたくしも主だった“名家”の方々のお顔くらいは存じております。それに今そこを追及しても時間の無駄ではありませんか?見たところ手がかりらしきものもないのでしょう?」
口下手を自認するアスランが、舌戦で女性に勝てるわけがない。まして相手がラクスでは言うに及ばずだ。
言い負かされた形で押し黙るしかないアスランを尻目に、キラは無理やり本題へと戻した。
「お察しの通り、カガリが父の病院を出た後、戻って来ないんです」
「やはり、そうですか」
てっきり助け船を出してくれたと思ったのだが、そもそもアスランとラクスの間のある種の“緊張感”など気付くキラではない。盛大な勘違いだったのだとアスランが半ば落胆したのは無理からぬことである。しかし落ち込んでいる暇はなかった。
「方々に人をやって探してますが、未だ手がかりがない状態です。貴女がカガリらしき人物を見た場所はどこなんでしょうか?」
「必要であればご案内いたしますわ。表通りからの細い路地ですの」
キラはあっさりと現状を話してしまっただけでなく、「助かります」などとラクスに感謝している始末なのだ。
「まさか………付いていくつもりじゃないだろうな?」
その言葉にキラはきょとんとしてアスランを見た。
「え?行くよ。当たり前じゃない」
「正気か?ラクス嬢の情報を信じるなら、カガリは何者かに連れ去られた公算が高い。相手の素性も目的も全く分からない状況で、お前が行くなんて無防備過ぎる!」
「やだな、ついこの間まで僕は普通の学生だったんだよ。この辺のことならきみたちよりも僕の方が良く知ってるんだから」
「そうじゃなくて…」
何故か得意気なキラに、頭を抱えてしまいたくなった。
アスランは取り敢えず今にも飛び出して行きそうなキラの腕を掴んだ。
「一般学生のお前なら一人で歩いてても誰も咎めたりしないだろう。だが今は代理とはいえアスハ家の当主だ。軽々しく単独行動なんて以ての他なんだぞ。カガリ嬢を連れ去ったのが、アスハ家に恨みを持つ連中の仕業だったら、お前がノコノコ出て行けば、それこそ相手の思う壺だ」
「あ、そういうことが言いたかったんだね」
自覚のなさは相変わらずだが、キラは漸く理解してくれたようだ、そしてラクスに向き合った。
「僕の心配よりラクスさんでしょ。分かり易く顔が売れてるし、クライン家のご令嬢なんだから。てか、本来街に出て買い物なんかしないんじゃないですか?それが今日はどうして?」
「わたくし、ずっとお友達と街歩きをしてみたかったんです。ミリアリアさんに無理を申しました」
「そうでしたか」
朗らかに交わされる会話に、アスランがぐったりする。キラは撃沈したアスランに呆れたような視線を送った。
「そんなに心配ならきみも一緒に来れば?杞憂だと思うけど」
「勿論だ!」
アスランなら体術も会得している。因みにラクスも護身術くらい叩き込まれているはずだから、今一番の不安材料はキラなのだが、それを言ってしまえば確実にヘソを曲げてしまうだろう。クライン家の護衛に加えてアスハ家の護衛を山ほど連れて行けば、そうそう手出しされることもないはずだと、アスランは無理やり自分を納得させた。

キラとラクスが本質的に同類であることに、忸怩たる思いを抱えながら。




◇◇◇◇


ラクスが案内したのは、その辺にいくらでもある路地裏のひとつだった。違うのは覆面パトカーが数台停車していて、 目的の路地へは近寄れなくなっていたことだった。ここへ到着するまでも、何度も停止を求められ、都度身分を証明しつつ進んできた。明らかに“刑事”と思われる強面の男たちが周囲を警戒していて、キラは(この人たちがカガリを連れ去ったって言われても信じちゃうかも…)などとこっそり失礼なことを考えたりもした。


「ラクスさん!」
異質な高級車に見覚えがあったミリアリアがいち早く駆け寄った。
「すいません、置き去りにするようなことしちゃって。無事で良かった」
運転手に開けてもらったドアから現れたラクスに、周りの強面たちに静かな動揺が走る。この年頃の普通の服装でも、纏うオーラまでは隠し切れない。勿論、集まる視線をラクス本人が気にした様子はなかった。
「何を仰います。寧ろ休日にも警察官であるという矜持を忘れない素晴らしい方だと感服しておりますわ」
ミリアリアは手放しの称賛に照れて一頻り謙遜した後、そういえば…と疑問に思った。
「ラクスさんはどうしてここに戻って来たんですか?」
ミリアリアが楽しい休日を続行できないのは明白で、当然家に帰ったと思うのが妥当だ。若しくは一人でも街歩きを続けたか。どちらにせよ未だ全容の見えない“事件現場”に舞い戻る必要はない。





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