訪問





「ここがアスハ家ですか…」
車の窓から眺めたそこは鬱蒼とした森にしか見えなかった。
「いかがいたしますか?」
木々の先に屋敷があるのは分かっているが、ここからでは片鱗すらうかがえない。車が入って行けそうな箇所には重々しい鉄の門が下ろされており、徒歩で到達するにはかなりの時間を要しそうだ。ラクスはアポイントを取っていないのだから、現状正体不明の車に門が開かれるはずはなかった。
「先に帰っていてください。護衛も必要ありません。用があればこちらから連絡します」
短い会話の間にも、周囲に配置された男たちが数人、怪しんでこちらへ向かって来る。ラクスは運転手に命じて、自分から車を降りた。

明らかに“普通”の女性の佇まいとは違うラクスの登場に、男たちは驚いたようだったが、勿論それが追求しない理由にはならなかった。
「失礼ですがこの家に何かご用が?」
ただ、丁寧な対応が必要な人物だとは判断したらしい。これが身なりも怪しい人間なら、きっと彼らは容赦なく排除にかかったはずだ。
訓練の行き届いた男たちにいっそラクスは感心さえ覚えながら口を開いた。
「わたくしはクライン家の者です。ご当主代理の方にお会いしたくて参上いたしました。お約束はしておりませんが、取りついでいただけますか」
「────クライン家の…」
流石にラクスの顔は知っていたのか、声をかけてきた男に疑った様子は皆無だった。
「畏まりました。少々お待ちを」
(お顔が売れるというのも、そう悪いことだけではないようですわね)
即座に踵を返して指示を仰ぎに向かう男の後ろ姿を眺めながら、ラクスは呑気にそんなことを考えたのだった。




◇◇◇◇


“大騒ぎ”というわけではなかったが、通された屋敷の中はどことなく騒然としていた。すっかり殺風景になった廊下を進みながら、ところ狭しと置かれていたのだろう美術品を憂う。尤も失ってしまったのは残念だとは思うが、ラクスもクライン家の人間である。美しい美術品を眺めたところで腹は膨れないと考えるタイプだった。

やがて先導していた家令の身なりの男が、一際重厚な造りの扉の前で足を止める。
「クライン家のご令嬢をお連れいたしました」
すると中からパタパタと足音がして、「おい!」という慌てて引き留める声がしたと思うと、おもむろに扉が開いた。
「お、お久し振りです!」
現れたのはこんな重々しい雰囲気にはそぐわない可愛らしいキラと、間に合わなかったのだろう、アスランの泡を食ったような姿だった。扉の向こうの目を見開いた家令とラクスを見て、アスランがガックリと項垂れる。
「…………キラお前、無防備が過ぎるぞ…」
漸く苦言を呈したアスランに、キラはまるで意味が解らないとでもいう風に首を傾げた。
「え?だって声はいつも僕の補佐をしてくれてる人のそれだったし、ラクスさんが来てくれてるって先触れもあったし…」
すると歩み寄ったアスランが、何がいけないの?とばかりのキラの自分よりやや低い位置にある頭を、平手でパシンと叩いた。
「いたっ!」
「もういい。お前は下がってろ」
そもそも当主が自ら扉を開ける、などということはしないものだ。加えて今は“カガリが帰ってこない”という異常事態である。家令が脅され“言わされて”いるかもしれないと説いたところで、自分に価値などないと信じ込んでいるキラが理解してくれることはないだろう。これまでも散々言ってきたにも関わらずそれなのだから、今さらそこから説得するとなると時間の浪費にしかならない。というか面倒くさい。
なのでアスランは突然頭を叩かれて文句を垂れているキラを黙殺することにした。
「ラクス嬢。貴女がなぜ今ここに?」
ラクスは喚くキラをたっぷり堪能してから答えた。
「先に聞かせてください。このお屋敷の雰囲気、なにがあってのことでしょうか」
「──────」
こんな時に約束もなくラクスが来たというだけで、おおよその予想はついていた。だからといって即話してしまっていいものかと、アスランが躊躇ったすぐ隣で、疑う気などゼロのキラが口を開いた。
「え!?ひょっとしてカガリの行き先をご存知なんですか?」
全部言ってしまったも同然の台詞に、思わず天井を仰いだアスランなど眼中にないといった様子で、ラクスはキラにだけ向けて鷹揚に頷いた。
「実はつい先ほどカガリさまに似た方をお見かけいたしましたので、わたくしにもお力になれることがあるかもと参上したのです。ですが残念ながら行き先までは存じ上げません」
小さく首を振ったラクスに、明らかにキラが肩を落とす。しかしアスランは目を眇めてラクスを見た。





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