目撃




ミリアリアはさっと後ろを振り返り、ラクスに視線で物陰に隠れるよう促すと、男たちの背後へと駆け出した。
「貴方たち!そこで何をしてるの!!」
「!!」
一斉に振り返った男たちは、一見してまともではない風貌をしている。いわゆるチンピラを若くしたような感じだ。ミリアリアにとっては別に珍しくもない連中。
「な、なんだ!?」
男たちは最初こそ驚いた様子だったが、やがて下卑た笑みを浮かべた。
「つーか、女じゃねーか。吃驚させやがって!なぁに?もしかして自分から混ざりたくて来たのか?」
「いいじゃん、俺たちと楽しいことしよーぜ」
4~5人の男たちに口々に囃し立てられて、ミリアリアの眉間に皺が寄る。見えないがラクスも同じような表情をしているに違いないと思った。きっと彼女にはこんな醜悪な人間を見た経験はないだろうから。
だがミリアリアの予想は大きく外れていた。ミリアリアは知るよしもないが、ラクスはこういったどうしようもない人間がいることを“教育”されている。社会の屑である人間は何を言っても無駄なのだと知っていて、寧ろミリアリアより残酷なことを考えている始末だった。
「その女の人をどうするつもり?」
「煩せー!関係ないだろ!!」
敢えて聞いてやるミリアリアを優しいとさえ思う。もしもこういう輩に絡まれたら、ラクスなら問答無用で力で捩じ伏せるか、金で黙らせるかの二択だろう。
しかしミリアリアも無策で飛び出したわけではなかった。
「あら、そんなこと言っちゃっていいの?私、刑事なんだけど!」
「な──!」
チンピラに再び動揺が広がる。
「がっつり顔は覚えさせてもらったわ!何をする気か知らないけど、これで私の記憶を消すか殺すしかなくなったわね。ただしその人を今解放したら少しは罰も軽くなるかもよ。さあ、どうする?貴方たちに選ばせてあげるわ」
ミリアリアの台詞は充分な効果を発揮したようで、男たちの一人が情けない声を出した。
「な、なぁ…。俺ら捕まるのか?」
つられるようにもう一人が口を開く。
「女を拉致ってくるだけの、美味しい仕事じゃなかったのかよ…?」
所詮こういった輩は烏合の衆だ。仲間意識などありはしないから、すぐに離反者が出る。案の定、彼らも例外ではなかった。
「え?女性を拉致しておいて、何の罪にも問われないって、本気で思ってたの?もしかして馬鹿?」
やや呆れたようなミリアリアの呟きに、増々男たちの腰が引ける。相変わらず女性の姿は見えないが、唸り声しか聞こえてこないことで、未だ口を塞がれているのが分かった。明らかに意思に反する連れ去りだ。
後一押しだと思った瞬間、物陰から躍り出て来たオレンジの髪の男がすっかり弱腰になったチンピラたちを一喝した。
「ビビッてんじゃねえ!さっさと逃げるぞ!!」
その声に寄せ集めの男たちが、一斉に駆け出した。
「待ちなさい!」
局面が一気に変わる。ミリアリアの厳しい声も、彼らを止めることはできなかった。慌てて追いかけたミリアリアだったが、男たちの追跡は不可能で、暫くは追っていけたものの、この辺を熟知していたのだろう彼らに、敵うはずがなかった。
ただ男たちは全てをある種冷めた目で観察していたラクスの存在には気付いていなかった。だから目撃されていたと思わなかったのである。
屈強な男たちの陰に見え隠れしていた女性の髪が、鮮やかな“金髪”であることを。



やがて追跡を断念したミリアリアが息を切らせて戻って来た。
「ご、ごめんなさい、ラクスさん!せっかくのお出かけだったのに。私、行かなくちゃ」
ラクスも神妙に頷いた。
「そうですわね。あの女性を放っておくことは出来ません。わたくしのことはお気になさらず、ここで分かれましょう」
「本当にごめんなさい!!」
言い置いてミリアリアは携帯を耳に当てながら駆け出した。報告と緊急配備の手配でもしているのだろう。

犯人の追跡や確保は本職に任せておけばいい。ラクスは自分の後ろに音もなく停まった車に乗り込んだ。
ミリアリアは気付いていなかったようだが、ラクスにはずっとクライン家の護衛がついていたのだ。彼らの過不足のない仕事に感謝しつつ、ラクスは車内に落ち着くとミリアリアの施してくれた“変装”を解いた。
(────さて。ではわたくしはキラさまにお会いするとしましょうか)
チラリと目にしたあの金の髪には見覚えがあった。まともに顔を合わせて言葉を交わしたことはなくても、あれが彼の姉であるカガリだと直感した。とはいえ数回見かけたことがあるだけの彼女だから違う可能性もあったが、昔からこういった勘が外れた試しがない。
(まぁ違ったら違ったで良しとしましょうか)
だったら単に会いに来たということにしてしまえば良いのだ。
「帰宅致しますか?」
運転手の声に、ラクスはほどいた髪を手櫛で整えながら答えたのだった。


「いいえ。アスハ家へ向かっていただけますか?」






20240418
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