目撃




「じっとしててください」
そうしてラクスの髪を結い上げて、買ってきた帽子を被せてやる。最後に似合う似合わないなど考える余地もなかった伊達眼鏡をかけさせると、絶妙にダサい仕上がりになった。スタイルの良さまでは隠せなかったが、これなら一見してラクス・クラインだとは誰も気付くまい。
(やりきった──!)
おかしな方向へ満足したミリアリアに、ラクスは何故かモジモジしながら言ったのだった。
「普段から使用人の方やスタイリストさんに髪を整えてもらっていますが……それとは全く違うのですね」
「え!?そ、そりゃまぁプロの方々に敵うはずありませんけど」
おまけにミリアリアがやったのは、ラクスの容色を“落とす”ためのものだ。流石に調子に乗りすぎたかと謝罪しかけたミリアリアより先に、ラクスが楽しそうに笑った。
「そういった意味ではなく。仕上がりの優劣をつけたのではなくて、気持ちの問題です。お仕事としてのものと好意によるものとの違い、と言えば伝わりますでしょうか」
あまりにもストレートな表現に、ミリアリアは真っ赤になった。
「いや、好意──というか…」
確かにプライベートの場までファンに囲まれてしまうのは可愛そうだと思っての行動だったが、そう直球でこられると照れてしまう。モニョモニョと返すミリアリアにラクスは増々好感を持った。
「わたくしも自覚が足りませんでした。クライン家の影響で少しは顔が売れてますものね」
いや、売れてるどころの規模ではないのだが、そこを指摘しても分かりあえそうにない。
「どうやらわたくしの常識と、世間のそれとは少々かけ離れているようです。このままではミリアリアさんにもご迷惑をかけるところでした。申し訳ございません」
花が萎れたように元気をなくすラクスに、今度はミリアリアの方が好感を持つ番だった。
残念ながら世の中には自分の意見こそが正しいと思い込んでいる人が一定数存在する。周囲の意見など一切取り入れず、世間の方を非難するのだ。大多数がドン引きしていても気付かない。なんせ自分が正義なのだから。
だがラクスはそういう人間ではない。きっとご令嬢としてかしずかれて生きてきたはずなのに、ちゃんと自分を客観的に判断し、反省する能力を失ってはいない。だから迷惑をかけたとしょげているのだ。
こうなるとミリアリアの世話焼き気質が刺激される。
「さ、時間が勿体ないです。行きましょうか」
「────!はい!!」
ラクスは輝く笑顔で差し出されたミリアリアの手を取ったのだった。




◇◇◇◇


意気込んだのはいいものの、結局ミリアリアは学生時代に経験した友人との街歩きしかラクスを案内出来なかった。
値段の安さだけが取り柄のチープな洋服を見ては、とてもラクスが選びそうにない服を試着してみたり、宝石に見せかけたガラス細工がついたアクセサリーを斜め見したり、甘いだけのデザートを食べ歩いてみたり。
しかしラクスはそのどれもを本当に楽しそうに付き合ってくれた。
「わたくし、こういうのに憧れていたのです」
他愛ない会話の途中で、何度もラクスはそう口にした。最初はモタモタしていた食べながら歩く所作も、何度か繰り返す内にすっかり慣れた様子である。まだ“一般人”とはかけ離れたところがある感は否めないが、『甘いものは別腹』という大多数の女の子が持っている特性はあるようで、次々とソフトクリームやクレープなどを見付けては買って食べていた。


そんなありふれた女の子同士のウインドゥショッピンクの最中、ふと、ミリアリアの“刑事の勘”に障る男たちがいた。
華やかな表通りの隙間にある暗い路地へと神経を尖らせる。楽しそうにしているラクスを気遣ってゆっくりと視線を向けると、数名の男たちが目に入った。ラクスもミリアリアの異変ではなく、幼少期から叩き込まれた危機管理能力や護身術のお陰で、すぐに気付いて全身を緊張させる。

最初、彼らの狙いはラクスだと思った。
しかし彼らは全くこちらには注意を向けていない。一旦体の力を抜いたミリアリアだったが、それならば彼らの異質さの原因が何なのか解明する必要があった。
なんとなくラクスと頷きあって、件の路地裏へと近付く。すると小声ながら男たちの命令口調が聞き取れた。
「──い!………する─」
「さっ──歩け!」
どうやら“誰か”を急かしているようだと察した瞬間、女性の唸り声が耳に届いた。大柄な男たちに囲まれて見えなかったが、捕まっているのは女性だったらしい。
これは一刻を争う事態だ。





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