保釈




キラが目を見開く。今日初めて見せた年相応の無防備な表情だった。
「今さら…面白いことを言いますね」
しかしながら話す内容の凄惨さは相変わらずだ。
「それってお互いさまでしょ。僕だってカガリを許す気はない」
「いや、そういうことを言ってるんじゃないんだが」
「既に恨み言はぶつけたつもりなんですが、あれから冷静になったらもっと言ってやりたくなったんですよね。あれじゃ足りなかったなって。だからチャンスに恵まれて良かったとすら思ってますよ。あと言っておきたいんですが、それでどんなに困った事態を招いたとしても、貴方に頼ることはない」
「…………」
どこか噛み合ってない気がしたが、なさぬ仲とはいえ、腐ってもカガリとキラは姉弟である。しかもウズミは親である自分に自信を失っていて、現実にキラに“頼らない”と言われてしまった。二の句は継げなくされたのだ。
「カガリにはこっちにも顔を出すように手配しておきます。それじゃ、僕はこれで」
腰を上げ、ドアへと向かうキラの背中を見送る。その細い姿に、せめて姉弟にこれ以上の確執が生じないよう祈るしかなかった。




◇◇◇◇


「キラさま。来客です」
いつもならハキハキと用件を伝える年配の使用人が、どこか戸惑った様子で執務室を訪れた。
基本、主人であるキラへの来客を、独自の判断で門前払いは出来ない。アポイントメントがない相手でもキラの判断を仰ぐのが筋だというのが彼の信念だ。
何事も原則に従って動く彼が僅かとはいえ感情を現すのは珍しいな、と思いながらも誰が来たのかと尋ねる。
「それが…ザラ家のアスランさまです」
「…………あー…、悪いんですが、ここへ案内してもらっていいですか」
申し出に目を丸くした使用人は、それでも頷いて姿を消した。
使用人にはカガリとの一件以来、アスランがどんな立ち位置なのか知らせていない。もうザラ家とは縁が切れていると思い込んでいても無理はない。


やがて小さなノックの後、「お連れしました」と小さな声が聞こえる。応じると勢い良くドアが開いた。
「どうやら間に合ったみたいだな」
屋敷の雰囲気で未だカガリが到着していないと算段したアスランの第一声だった。
「アスラン…。どうしてここへ?」
首を傾げるキラからは警戒心の欠片も窺えず、やっぱり来て正解だったと確信する。
「カガリ嬢が保釈されると聞いた」
「誰がそんなことを──って、ディアッカさんか」
自らを対人関係に疎いと評するキラだが、それはあくまでも自身に関する感情だけで、他者のアレコレには鋭敏だとアスランは思っている。気持ちを酌んで相手を思いやるために常に神経を遣っているからこその産物だ。だからディアッカと例の傷害事件で知り合った女刑事のミリアリアが今でも繋がっていると気付いていても不思議ではない。
キラが聡明なのはこういうところにも表れている。
アスランは深く頷いてキラを肯定した。それを横目で眺めたキラは大きく息を吐いてがっくりと項垂れた。
「保釈中の身元引き取り人はお前がたなんだろう?」
「……そうだけど。だからってきみがわざわざ足を運ぶようなことじゃないでしょ」
繰り返すが、キラは他人の心理状態には敏感だ。但し自分が関わるとなると途端に鈍くなる。カガリがキラに対してどんな感情をぶつけるかなど想像も出来てないに違いない。だがそこを今指摘してキラがすぐに考えを改めるとも思えないので、敢えてスルーしておく。
「それで、いつここへ来る予定なんだ?」
キラは素早く時計に視線を走らせた。
「あと一時間くらいの予定かな」
「そうか。間に合って良かった」
「まさか…会うつもり?」
「それ以外になにがある」
「あんまりお勧め出来ないかな。会っても平気なの?仮にもきみを、その──刺した相手なんだよ?」
意識を失っていてあまり自覚はないが、生死の境を彷徨ったのだ。気圧の変化が大きい時には未だ傷痕が痛む日もある。それにキラを守るためとはいえ、刃物など持ったこともないような素人に、正直不覚を取ったとも思う。
しかし裏を返せばそのくらいの強い感情で、キラを傷付けようとしたということだ。
その辺をキラはちゃんと分かっているのだろうか。いや、絶対に分かってない。
だとしてもそれをキラに後一時間程度で説くよりも、アスランが守り切ればいいだけの話だ。そう思って彼はここまでやって来た。
「俺にもカガリ嬢に言いたいことは山ほどある。手を上げるようなことはしないから安心しろ」
「そんな心配はしてないけど。でも実際傷付けられたのはきみだし、直接罵倒したいって言うなら、僕に止める権利はないかな」
本来の目論見を隠したアスランの言葉を、キラはあっさりと信じたのだった。




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