保釈
・
「ああ。カガリ嬢がまだ自分を害するつもりだなんて考えもしてないだろう。あと頭が良すぎて馬鹿の思考が理解出来てないのも問題だ」
両腕を首の後ろで組んで、ソファの背もたれに体を預け、ディアッカが天井を仰いだ。
「俺は精々お前がハッキリとカガリ嬢に三くだり半を告げる機会だなと思ったから知らせに来たんだが…。まっさかそんな惚気を聞かされるとはなー。そういうのシングルには堪えるってのによ。ま、俺も姫さんが窮地に陥るとこなんて見たくねーから、お前に期待しとく」
するとアスランが唐突に振り向いた。
てっきりそのまま部屋を出ると思っていたディアッカが目を向け、たちまち青ざめる。
「おい!別に俺は姫さんに邪な感情があって言ってんじゃないからな!!だからそんな凶悪な顔してんじゃねーよ!」
「…………」
ディアッカに嘘がないと読み取ったのか、アスランは漸く部屋を出て行った。
残されたディアッカは背中に嫌な汗が流れるのを感じた。不快感に鼻に皺が寄る。
「ほんと、あれは俺の良く知るアスラン・ザラなんですかね~。俺が横恋慕するわけないっしょ。あんな余裕がない顔すんの、姫さんに関わることだけなんだから、姫さんも罪作りだよな」
動揺する自分を落ち着かせようとしてお茶を口にしたディアッカは、またも薄過ぎる紅茶に眉をしかめたのだった。
◇◇◇◇
カガリの保釈が叶ったことを報告するために、キラはウズミの病室を訪れていた。
なんだかんだ言って、ウズミはカガリを溺愛していた。てっきり手放しで喜ぶと思っていたのだ。
が、ことの子細を聞いたウズミは浮かない表情を見せた。
「大丈夫なのか?」
難色を示したウズミに、キラは首を傾げた。
「なにが、ですか?」
全く理解出来てない様子のキラに、ウズミは長い溜め息を吐いた。
「私が言うのもなんだが、あれはプライドばかりが高くて厄介な性格に育ってしまった。しかもお前には、その…あまりいい感情を持ってないだろう」
ウズミの言うことが理解出来ないキラではない。だが納得するかは別の話だ。
「残念ながら僕は妾腹ですからね。カガリは潔癖なところがあるんでしょう。認められない気持ちは僕にも分かります。でもたった2人の姉弟ですから」
「…───、アスハ家を解体する意思は変わってないのか?」
微妙に矛先を変えてきたウズミを不思議に思いつつ、質問に答える。
「ええ。でもちゃんと貴方たちが住む場所は確保するつもりです。そこは安心してください。暮らせるだけのお金も用立てる手筈は整えます」
「そんなに…」
腐っても前当主だ。懐事情には誰よりも詳しい。
「領地に住んでいた人たちに立ち退きを願うんだろう?」
「そうですね。彼らはこちらの勝手で一番割りを食う形になりますから、それなりのものを用意する必要があります。かなり苦心しましたが、良い出会いもありましたから、漸く目処が立ちそうです」
「私は……無力だな」
肩を落としたウズミに、怒りが再燃するのを感じた。
悪いのはウズミではない、と何度も言い聞かせて気持ちを落ち着ける。だがカガリに妙な価値観を植え付けた要因のひとつは、親であるウズミなのだ。姉が起こした不始末の責任の一端は間違いなく彼にある。「無力だ」と嘆くくらいなら、力ずくでもカガリを止めて欲しかった。そのチャンスは何度もあったはずなのに。
尤も今ここで彼を罵倒してもしょうがない。起こってしまったことは取り返しがつかないからだ。
「貴方を断罪する権利はありません。僕には僕に出来ることをするだけです。さっきも言ったように手伝ってくれる人たちもいますからご心配いりませんよ。今日来たのは貴方に判断を仰ぐためでも責めるためでもなく、現状を報告するためです」
ウズミははっとしてキラを見た。この瞳を知っている。
キラの母親も一見たおやかな優しい印象を与える女性だったが、いざという時には他者に左右されない確固たる意思を持っていた。最後に彼女のこの瞳を見たのは、そう───
キラと二人でウズミの元を去ると宣言した時だった。
「なんですか?」
突然凝視してきたウズミにキラは戸惑った。しかしウズミはそれには答えず、ただ眩しいものを見るように瞳を眇めただけだった。カガリの母を愛していなかったわけではないが、やはりキラの母親に対して抱いた情とは明確に違う。自分が生涯でただ一人選んだ女性。
その女性の面影を色濃く受け継ぐキラが愛おしいと思った。
「カガリはお前を恨んでいるのではないか?」
ウズミは固い口調でキラに忠告を落とした。
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「ああ。カガリ嬢がまだ自分を害するつもりだなんて考えもしてないだろう。あと頭が良すぎて馬鹿の思考が理解出来てないのも問題だ」
両腕を首の後ろで組んで、ソファの背もたれに体を預け、ディアッカが天井を仰いだ。
「俺は精々お前がハッキリとカガリ嬢に三くだり半を告げる機会だなと思ったから知らせに来たんだが…。まっさかそんな惚気を聞かされるとはなー。そういうのシングルには堪えるってのによ。ま、俺も姫さんが窮地に陥るとこなんて見たくねーから、お前に期待しとく」
するとアスランが唐突に振り向いた。
てっきりそのまま部屋を出ると思っていたディアッカが目を向け、たちまち青ざめる。
「おい!別に俺は姫さんに邪な感情があって言ってんじゃないからな!!だからそんな凶悪な顔してんじゃねーよ!」
「…………」
ディアッカに嘘がないと読み取ったのか、アスランは漸く部屋を出て行った。
残されたディアッカは背中に嫌な汗が流れるのを感じた。不快感に鼻に皺が寄る。
「ほんと、あれは俺の良く知るアスラン・ザラなんですかね~。俺が横恋慕するわけないっしょ。あんな余裕がない顔すんの、姫さんに関わることだけなんだから、姫さんも罪作りだよな」
動揺する自分を落ち着かせようとしてお茶を口にしたディアッカは、またも薄過ぎる紅茶に眉をしかめたのだった。
◇◇◇◇
カガリの保釈が叶ったことを報告するために、キラはウズミの病室を訪れていた。
なんだかんだ言って、ウズミはカガリを溺愛していた。てっきり手放しで喜ぶと思っていたのだ。
が、ことの子細を聞いたウズミは浮かない表情を見せた。
「大丈夫なのか?」
難色を示したウズミに、キラは首を傾げた。
「なにが、ですか?」
全く理解出来てない様子のキラに、ウズミは長い溜め息を吐いた。
「私が言うのもなんだが、あれはプライドばかりが高くて厄介な性格に育ってしまった。しかもお前には、その…あまりいい感情を持ってないだろう」
ウズミの言うことが理解出来ないキラではない。だが納得するかは別の話だ。
「残念ながら僕は妾腹ですからね。カガリは潔癖なところがあるんでしょう。認められない気持ちは僕にも分かります。でもたった2人の姉弟ですから」
「…───、アスハ家を解体する意思は変わってないのか?」
微妙に矛先を変えてきたウズミを不思議に思いつつ、質問に答える。
「ええ。でもちゃんと貴方たちが住む場所は確保するつもりです。そこは安心してください。暮らせるだけのお金も用立てる手筈は整えます」
「そんなに…」
腐っても前当主だ。懐事情には誰よりも詳しい。
「領地に住んでいた人たちに立ち退きを願うんだろう?」
「そうですね。彼らはこちらの勝手で一番割りを食う形になりますから、それなりのものを用意する必要があります。かなり苦心しましたが、良い出会いもありましたから、漸く目処が立ちそうです」
「私は……無力だな」
肩を落としたウズミに、怒りが再燃するのを感じた。
悪いのはウズミではない、と何度も言い聞かせて気持ちを落ち着ける。だがカガリに妙な価値観を植え付けた要因のひとつは、親であるウズミなのだ。姉が起こした不始末の責任の一端は間違いなく彼にある。「無力だ」と嘆くくらいなら、力ずくでもカガリを止めて欲しかった。そのチャンスは何度もあったはずなのに。
尤も今ここで彼を罵倒してもしょうがない。起こってしまったことは取り返しがつかないからだ。
「貴方を断罪する権利はありません。僕には僕に出来ることをするだけです。さっきも言ったように手伝ってくれる人たちもいますからご心配いりませんよ。今日来たのは貴方に判断を仰ぐためでも責めるためでもなく、現状を報告するためです」
ウズミははっとしてキラを見た。この瞳を知っている。
キラの母親も一見たおやかな優しい印象を与える女性だったが、いざという時には他者に左右されない確固たる意思を持っていた。最後に彼女のこの瞳を見たのは、そう───
キラと二人でウズミの元を去ると宣言した時だった。
「なんですか?」
突然凝視してきたウズミにキラは戸惑った。しかしウズミはそれには答えず、ただ眩しいものを見るように瞳を眇めただけだった。カガリの母を愛していなかったわけではないが、やはりキラの母親に対して抱いた情とは明確に違う。自分が生涯でただ一人選んだ女性。
その女性の面影を色濃く受け継ぐキラが愛おしいと思った。
「カガリはお前を恨んでいるのではないか?」
ウズミは固い口調でキラに忠告を落とした。
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