保釈




とはいえ傷害罪である。保釈を勝ち取るには相当の苦労が必要だったに違いない。素人でも分かる。

「弁護士さんには手厚い労いを。あとカガリが解放される時間に合わせて迎えの車を手配してください」
「畏まりました」
「それと…僕のスケジュールの調整もお願いします」
キラ自身が迎えに行くつもりはないのかと、初老の使用人が少し言葉に詰まった。まるで咎めるかのように空いた間に苛立ったが、彼に当たっても意味がない。キラは落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせつつ、なるべく感情を抑えて付け加えた。

「僕はここで待ってます。保釈されたらすぐに僕のところに連れて来てください」


使用人は無言のまま一礼し、キラの命令に従うために、執務室を辞した。
聞こえていただろうがホムラは静観を決めたようだ。門外漢に徹してくれたことに感謝しながら、キラは長い溜め息をついてすっかり皺になってしまった書類に視線を落とした。




カガリに言いたいこと、聞きたいことはは山ほどある。このままにはしておけない。だが現実にその機会を目の前に突き付けられると、何から話せばいいのか迷うのも事実だ。

取り敢えずアスハ家を解体していることに反発するのは必至だろう。なにしろ彼女は名家の息女として育ったプライドがある。他の家と接したことで前よりも想像くらいは出来るようになったものの、キラには本当のところは分からない。ただ単に生まれた家が特殊だっただけじゃないかと実は未だに思っている。
そんなカガリと話したところで分かり合えるのは難しいのではないか。
おまけにカガリはキラを傷付けようとしたほど恨んでいるのだ。聞く耳を持つと思えるほど、楽観的にはなれなかった。
(ほんと、次から次へと…)
乗り越えるべき壁が多過ぎる。

軽い頭痛を覚え始めながら、キラは無理やり書類に集中をしたのだった。




◇◇◇◇


「保釈が認められただと?」
アスランはザラ家子会社の一室でディアッカの訪問を受けていた。

国内のアチコチにある関連会社を飛び回っているアスランを掴まえるのは至難の技だ。だがディアッカたちなら話しは別である。滞在先に突然現れても門前払いを食らうこともない。

出された薄い茶に眉をひそめながら、ディアッカは彼らしい呑気な口調で答えた。
「本来ならこういうの、バラしちゃマズいんだろうけど。まぁお前は被害者っていう関係者だしな」
慌てた様子で端末を操作するアスランに、敢えて嘲るように言う。
「ばーか。姫さんが連絡して来るはずないだろ。お前にこれ以上迷惑かけたくないって考えちまうタイプだからなー」
ディアッカの言う通り、山ほど来ているメールの中に、キラのそれは含まれてなさそうだ。
「だからわざわざ俺が知らせに来てやったんだよ」
「………………」
がっかりと肩を落としたアスランに、立ち上がったディアッカが思い切り背中を叩いた。
「──った!なにすんだ!?」
「腑抜けてる場合かよ!姫さんはお前に連絡してこなかったかもしれないが、来るなとも言われてないだろ!だったらお前がどうしたいかで動けばいいんだよ!!」
「俺が…どうしたいか?」
「そーだ!まさか大事な人ひとり守れないほど、情けない男だって言うんじゃないよな!!」
ディアッカがわざわざ足を運んだ本来の目的は、こうしてアスランの背中を押すことだったのかもしれない。企業人としてなら躊躇わず英断できるアスランだが、ことキラに関してはモダモダする傾向にある。
非常に認めたくはなかったが──

「────キラには…本当に敵わないな……」
「あん?」
小さなアスランの呟きを聞き逃したのか、それとも意味が分からなかっただけか。ディアッカの問いにアスランは答えなかった。
彼らの“友情”に対する感謝など、今さらどの面下げて言えというのか。恥ずかし過ぎる。

その代わりといってはなんだが、アスランは無言で扉へと向かった。
「行くんだな」
短い問いにアスランが足を止める。
「そもそもカガリ嬢が狙ったのは俺じゃなくてキラだ。あの姉がその恨みを捨てたとは思えない。自暴自棄になってる可能性さえあるのに、キラひとりで会わせるわけにはいかないからな」
「俺はカガリ嬢を直接は知らないけど、そんなヤバい感じなのか?」
「お前は、誰か邪魔な相手がいたとして、その相手を殺そうなんて考えるか?」
「あ~流石にそれはないかな」
「彼女はそう考えたから実行した。思い通りにことが運ばないのを“誰か”のせいにするって発想が、既に俺たちの思考の範疇を越えてる」
「まぁ俺も邪魔な相手を社会的に抹殺するくらいは考えるかもしれないが。カガリ嬢には裏で暗躍する頭脳もないってことか。加えて姫さんは自覚のない性善説で動くから、尚更厄介だな」




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