保釈




しかし悔し涙を流すキラの肩をアスランはあやすように優しく叩いた。
「キラがそうしたならそれでいいんだ。思う通りでいいんだよ」
寧ろアスランにとって、キラが自分のことでそれほどまでに怒っている方が嬉しかった。


擽ったい思いを隠しながら、アスランはキラを促し、二人は並んで帰路についたのだった。




◇◇◇◇


アスランがその知らせを聞いたのは、ウズミが入院している病院を訪れた翌日の夜のことだった。

アスハ家には自分が居られない間、部下に監視をさせている。残念ながら四六時中キラの側に居てはいられないからだ。
パトリックと多少の食い違いはあっても、アスランのザラ家を継ぐ意思に変わりはない。いずれ総裁になるために、仕事を疎かにするわけにはいかないのだ。


緊急性を感じない限り、部下からの報告は1日に一度、夕食を終え就寝するまでの時間が当てられていた。
部下の話では昼前くらいから、アスハ家の様子がいつもと変わってきたという。ただキラに直接なにかがあったようではなく、報告も急がなかったという判断だった。
「配下の者の動きが慌ただしくなっている」というそれを受けて、アスランは改めてメールを確認したが、キラからのメッセージは届いていなかった。キラの身に危険が迫っているのではないのなら、とも考えたが、キラはアスランにただ頼るだけという人間ではない。探りを入れるつもりで何気ない振りを装ったメッセージを送ってみた。

するとたっぷり30分は待たされた後、返ってきたメッセージは───

『悪いんだけど出来れば今日、都合をつけて欲しい』

というごく短いもの。要件については一切触れていない。だがアスランの都合を考慮せず、キラからこんな要請が来ることは珍しく、妙な胸騒ぎを覚えた。
片手間で目を通していた仕事の書類を放り投げ、アスランはほぼ1日ぶりとなるアスハ邸へ向かった。




「カガリが帰って来ないんだ」


深刻な表情でアスランを迎えたキラは、開口一番そう言った。キラの監督のもと保釈中のカガリが姿を消したとなれば、大変な問題になる。
尤もキラにそんな顔をさせている原因の八割はカガリを心配してのことだろう。
「車は置いてきたじゃないか」
昨日、病院から帰宅する時、アスランとキラはアスハ家の車を置いて帰った。アスランが自分の車で来ていたから足はあったし、後でカガリが使うだろうと思ったからだ。
だがキラがアスハ家へ到着してアスランを見送ったすぐ後に、その車はカガリを乗せずに帰って来てしまった。事情を聞くと先に帰っているようにと伝令を受けたという。元々カガリだけを乗せて帰るのにうんざりしていた運転手は、嬉々としてそれに従ってしまったらしい。カガリにも顔を見せたい友人くらいはいるのだろうと軽く考えたというのもある。実際キラも事情を聞いてそう思ったのだから、運転手に責はない。


だが一晩待ってもカガリは帰って来なかったし、連絡ひとつ寄越さなかった。流石に何かあったのかと動揺したキラは、思わずアスランに頼ってしまったというあらましだった。




「───ごめんね。不安できみを巻き込んじゃった」
経緯を話しながら、自分のしたことに自覚が芽生え始め、キラは段々恥ずかしくなってきた。これ以上カガリのことでアスランを煩わせたくなかったというのに、やったことは全くの逆ではないかと。

しかし正直、これはキラの手に余る事態かもしれないとアスランは思った。アスハ家の配下にもそれなりの者はいるが、所詮は名家に仕える人間だ。そう悪いことなど起こらないという前提の元で動いている。まして今は普通の学生だったキラが当主代理のアスハ家なのだ。良くない想像はできても実際に行動には移せないだろう。
対してザラ家の配下は違う。経済界の裏幕は血生臭さとは切っても切れない。時には騙し、相手を傷付けるような行為も秘密裏に行われるのだ。
子供の頃から見てきたアスランには、その辺りの“事情”を熟知している。勿論、この先もキラにそんな世界を見せるつもりはない。荒事は全て自分が請け負えばいいだけの話だ。


「アスラン……?」
勧められたソファに腰を下ろし、何事かを考えているアスランに、キラが不安げに声をかけてきた。見上げたキラは眉を下げ、今にも泣き出しそうな表情をしている。
(最悪の事態も視野に入れておくべきだな)
そう内心で思いつつも、アスランはお首にも出さずに笑ってみせた。
「こっちでも手を打ってみるよ。あんまり心配するな」
気休めにしかならないと分かっていても、そんな台詞しか出てこない。自分の不甲斐なさを噛み締めるアスランに、それでもキラは浅く頷いた。


アスランにとってカガリは鬱陶しい女以外の何者でもない。だがカガリのためではなく、キラのためになら自分が動く理由になる。


既に色々と策を練りつつ、アスランは立ち上がった。





20240328
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