保釈




内心で自分に失望しつつ、キラは言った。
「今ある屋敷を解体したら、残した領地の端に小さな家を用意する予定です」
声までが穏やかになってしまったがしょうがない。それがキラという人間なのだから。
(断罪するのって、ほんと難しい…)
正義は自分にあると信じていても、所詮そんな自信は自分基準でしかない。神さまなんているとは思わないが、いっそそういう絶対的な存在にジャッジしてもらいたいくらいだ。


「───それで、お前はどうするんだ?」
非現実的な思考に逃避しているキラに、ウズミは静かに問うた。立て続けに襲い来る衝撃に放心していたカガリも我に返る。
「そ、そうだ!私たちをそんな環境に陥れて、自分はアスハ家当主として君臨し続けるつもりなんだろう!?」
そうだ。そうやって詰ってくれた方がこちらも罪悪感に苛まれずに済む。他力本願ではあるが、この際利用できるものは利用する。
「まさか。再三言ってるようにアスハ家は解体するんだよ?そんな場所に居場所なんてあるわけないでしょう?というか居たくもない。頼まれてもごめんだね」
「なんだと?」
それまで拠りどころであった“家”を否定されて、カガリが剣呑な空気を醸す。しかしキラは真正面から向かい合った。
「僕のことなんか気にしてる場合じゃないでしょ。これからきみたちには“普通”に暮らす覚悟が必要なんだから」
この台詞がカガリにとって決定的なものとなった。自分たちを陥れておいて、キラ自身はアスラン・ザラの元へいくのだと。
勿論、この時のキラはそういう意味を込めて言ったわけではない。アスランのところへいくのは既定路線かもしれないが、立場の逆転したカガリたちを嘲笑するつもりなど露ほどもなかったのだ。

しかし些細な言葉のすれ違いによって生まれたものは、カガリを激昂させるに充分だったのである。
「お前──いい気になるのも大概にしろよ!!」
喚きながら立ち上がったカガリの手には光る物が握られていた。
「カガリ!!」
ウズミが大声で制止した時には既に遅かった。全体重をかけて弾丸のように飛び込んで来たカガリを、しかしキラはあっさりと身体を捻って躱すことに成功する。
そう低くない確率でカガリの暴挙を予測していたのだ。それにこんなカガリを見るのは残念なことにこれで二度目である。
「っ!」
たたらを踏んだカガリの腕を掴んで力を込めた。痛みに耐えかねた手から軽い金属音を立てて床に転がった物。
料理人たちの目を盗んで厨房から持ち出していたナイフだった。


「痛いっ!離せ、離せったら!!」
「──そういうものを振り回すってことは…全く反省してないようだね」
「やっぱりあの日!お前を殺しておけば良かった!!」
キラが目を細めた理由を、キラ自身も分からなかった。
見下げ果てたのか、あるいは彼女に自分に対する身内の情などこれっぽっちもないのだと、突き付けられたからなのか。それでも彼らを寒空の下へ放り出すなど出来そうもない。

キラは投げ出すようにカガリから手を離した。
「後は精々二人で不幸な境遇を慰め合えばいい。僕はお邪魔だろうから先に消えるよ」
もうこれ以上傷付きたくなかった。彼らの無意識の言動がこんなにも心を揺らすとは想定外だったのだ。


ウズミの引き留めるような声に気付いたが、キラは聞こえない振りでそのまま病室を後にする。外へ出たところでアスハ家の車が寄って来たのも断り、歩き始めた。早くひとりになりたかった。
青い空を見上げていると、段々と気持ちが落ち着いてきた。漸く息を吐けた気がする。だが込み上げてくる複雑な感情は到底ひとりで処理し切れそうになかった。



「キラ」

すると聞こえるはずのない声に呼ばれて、キラは驚いてそちらを見た。そこには今一番逢いたいと願っていた人が佇んでいる。
(ああ…真昼の星だ)
あの日観たプラネタリウムの星も霞むほどの美しいエメラルドグリーン。キラだけの光はあくまでも優しく包み込んでくれる。
「元気の補給にやって来たよ」
今日ここへ来ることは知らせていなかった。なのに何故アスランがここにいるのだろうと疑問に思ったが、最早そんなことを問い質す余裕はなかった。
駆け出したキラはそのまま腕を広げたアスランの胸へと飛び込んだ。
「駄目だった!!きみにあんな怪我を負わせたカガリに、せめて罰を与えたかったのに!」
こんなにアスランを傷付けたことに腹を立てているのに、それでも家族であるウズミたちを糾弾することは出来なかった。それが悔しくて情けない。





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