保釈




一頻り茶番劇を見せられて半ばうんざりしていたキラは、一段落するのを見計らって歩み寄った。
「ウズミさま。懐かしむのは分かりますが、それだけでは困ります」
見上げてくるウズミと振り返ってキラを見るカガリの瞳に、自分はさぞや悪人に映っていることだろう。正しいのはこちらだというのに、まったく理不尽な話だ。すいませんね、可愛げのない息子で、と口にしないだけ感謝して欲しいなどと益体もないことを考えて気を紛らわす。
「漸くアスハ家の全員が揃ったわけです。これからの方針を話し合っておくべきでしょう」
カガリの視線が普段キラに向ける時のように鋭くなった。
「方針もなにも、もう決まっているんだろ!?あの屋敷の変わりよう!お前が勝手なことをしてるのは明白だ!!」
「──────」
カガリの反発は想定内だったが、ウズミが何も言わないのは、内心ではキラのやり方に忸怩たる思いを抱えていたということだ。裏切られたとまでは思わないが、胸がチクリと小さな痛みを訴えた。
しかしキラにだって言い分はある。
「しょうがない。カガリ、これだってきみがあんなことをしでかした結果だとは思わない?僕は当主代理になったのもそうだ。僕はやりたくなんかなかったし、相応しいとも思わないけど、ウズミさまの意向を受けてのことなんだから、決定権だってあるはずだ」
至って普通の見解を披露したキラに、当然カガリはぐうの音もでない。ここへ至って無言を貫くしかないウズミにキラは失望した。離れて暮らしていた時はあんなに大きく見えていたウズミも、所詮は他家の面々と同じ“名家”の当主でしかなかったのだと。
「まぁ確かに話し合いというには語弊があったかな。これは当主代行である僕の決定の通達だからね。───アスハ家は解体します」
「っ!」
はっきりと宣言したことで、小さくない衝撃に襲われたのだろう。ウズミは勿論、カガリも咄嗟に反論出来そうになかった。
「何でそういう結論になったのか聞きたい?」
わざとキラはカガリに向けて挑発的な態度を取った。せめてカガリにはこんなことくらいで言い負かされて欲しくなかった。
「きみがアスランを傷付けたことを、絶対に許すつもりがないからだよ」
何でもないような振りを装っていても、アスランがふとした瞬間に眉を寄せることがあるのを、キラは気付いていた。以前はそんな素振りは見せなかった。
新しく加わったアスランの癖。
キラの手前、もう平気だと言ってはいるが、あれは確実にカガリの負わせた怪我が痛んでいるのだ。完治に嘘はなくても、内臓まで達した怪我だった。不意に痛みを訴えることがあっても不思議ではない。
キラの大事な人に大怪我を負わせたカガリを、キラは許すつもりはなかった。
「そもそもこんな歴史しか誇るものがない家なんて滅びるべきなんだ。外面ばかり競い合って土台が揺らいでることは見ない振りをする。僕は別に拝金主義ではないけど、はっきり言って醜悪だよ。まったく時代にそぐわない」
「だ、だからって──」
それでもなお折れずに反発しかけたカガリに望むところだと思う。もっと喚いてくれれば、キラも言いたいことが全て言える。

「止めないか、カガリ」
しかしその目論見はウズミによって止められた。舌打ちしたい気分で視線を向けたウズミは悄然としつつも、まだ冷静さを保っていた。
「いくらお前が反論しようとも、論破されるだけだ。私の当主としての務めに穴があったのも事実だ。否定されても仕方ない」
「そんな…、お父さま!」
「間違っていたとは思いたくないが、歴史の重みに唯々諾々と従ってきてしまった。他家に比べて懐事情が悪くないからまだ大丈夫だと。その辺りは今キラが苦労しているから充分過ぎるほど分かっているだろうが」
「そうですね。それはもう大変ですよ。なぁなぁで住み続けていたとはいえ、領地にいる人たちに立ち退きを要求するのはこちらの一方的な都合でしかない。他家に比べて懐具合がマシな方だったとはいえ、全ての家族にそれなりの支度金を用意するほど潤沢じゃなかった。仰る通り苦心させられてますよ」
冷たく言い放ったキラに、再びウズミが閉口する。小さく見えるウズミをキラは残念だと思った。こんな人間をこれまで驚異に感じていた自分が、滑稽に思えてくる。
だが同時に自分は駄目だなとも思う。相手に項垂れられれば、ましてそれが自身の言った言葉のせいだと思えば、どうしても罪悪感が湧いてしまうのだ。不遇だった母のこと、自分の育った環境やアスランの怪我。態度を硬化する要素なら枚挙に暇はない。それでも切って捨てられないのは、身内の情というものなのだろうか。

そんなもの、彼らから与えられたことはないというのに。




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