保釈




「キラ!?」
気付いたアスランが小走りに近付いてくる。刀傷沙汰になった気配は感じられなかったが、やはりキラを一人にするのではなかったと後悔しつつ、すぐ横に膝をついてキラの無事を確かめた。
「怪我はないようだな…」
安堵の溜め息とともに吐き出された台詞に、キラは苦笑を返した。
「なんの心配してるの。流石に女の子相手に不覚を取るほどどんくさくはないよ。ちょっと一気に緊張が解けただけ。あ、でもきみが今日来たのって、もしかして僕を心配してくれたからだったの?」
「お前ってそういう奴だよな…」
ぽやぽやと危機感のない口調に、アスランは怒りを通り越してちょっと虚しくなってしまった。いつも思うことではあるが、キラはもっと自分の価値を分かるべきなのだ。
今カガリが怒りの矛先をキラに向けている明確な理由は、彼女自身もよく分かっていないようだ。激情型の人間がただただ感情に任せているのだから当然といえる。しかしそんなカガリでも少し冷静になってくれば、それら全てがキラに対する劣等感からくるものだと気付くはずだ。
拘束されていた時間の中で、カガリがそれに気付いたのではないかと、アスランは危惧していた。
どうやってもキラには敵わない。
それを自覚してしまったら、何をしでかすかなんて、劣等感など味わったことのないアスランでは想像もつかなかった。

だから守りを固めるためにキラの元へと足を運んだのだ。どんなに可愛らしい顔立ちをしていてもキラは男だ。女に負けるほど弱くないのは確かだが、不意を突かれればどうなるかなど分からない。アスランがいい例で、大怪我をする可能性だってある。いや、肝心のキラがこれなのだから怪我で済まないかもしれない。

そんな未来は想像するだけでぞっとする。


カガリとアスランが婚約したと知った時にキラが味わった絶望と喪失感は、アスランにとっても同じくらい大きいものなのだ。



「────まぁ…何事もなければそれでいいんだが。これからどうするつもりだ?」
苦虫を噛み潰したような顔で聞いたアスランに、キラはやっぱり警戒心のない様子で呑気に答えた。
「うーん…。実はあんまり具体的に考えてないんだよね」
「は?」
「そんな恐い顔しないでよ。取り敢えずウズミさまには会わせるつもりだけど、そこから先はノープラン───って、痛っ!」
言い終わらない内に、アスランはとうとうキラの頭を平手で叩いた。
「大袈裟に言うな。然程痛くはないだろ。そんなんであの爆弾を抱えたのか、お前は」
「爆弾って。カガリはちょっとプライドの高過ぎる女の子ってだけだよ」
「そのプライドがおかしな方向へ向くから爆弾だと言ってるんだ。そもそも俺が怪我した時、本当に狙われていたのはお前なんだぞ。分かってるのか」
「プライドの方向性については否定し辛いけど。あ、やっぱりちゃんときみに謝らせる機会をもうけた方がいい?そこはけじめだと思うし」
「いらん」
アスランは一言で切って捨てた。
別に自分に対しての謝罪が欲しいわけではない。というかキラが関わっていなければ、本来は顔も見たくない相手なのだ。
するとキラは不思議そうに首を傾げた。
「きみがそう言うなら無理強いはしない。でもじゃあ結局なんで今日ここへ来たの?」
「一生悩んでろ」
「ええー、それって酷くない?」
どっちが酷いんだか、と相変わらずのキラにがっくりと肩を落とす。ここでキラの身を案じて来たのだと目的を告げたところで、どうせ信じはしないのだ。
「暫くは屋敷に居てもらうことになるだろうから、その内にアスランに会わせる機会をもうけるよ」
「まだ言うか。一体お前は何を聞いてるんだ。その耳は飾りか?」
とはいえ彼女との邂逅は避けられないだろうと、アスランにだって分かってはいる。キラはウズミとカガリに別宅を用意しているようだが、そこへ移るのも裁判を終え諸々落ち着いてからになる。それまでこの屋敷に滞在する他ないのだ。

とりあえずファーストコンタクトを無事に終えたことで良しとし、アスランは床に座ったままだった身を起こした。
「帰っちゃうの?」
腕を掴んで立ち上がらせたキラから、不意に思いがけない言葉が溢れた。驚いて顔を見ると、なんともいえない哀しそうな瞳と目が合った。
自然、口許に笑みが浮かぶ。
「寂しいのか?」
「ば──っ馬鹿言わないでよ!!」
全力で否定されても、そんな真っ赤になった顔では説得力は皆無だ。一歩下がったキラと更に大きな一歩で間合いを詰める。ゆっくりと肩に腕を回しても、キラにそれ以上離れる様子はなかった。




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