友人
・
ちょっと引いてしまった。
「なんてお可愛らしい!わたくし、これ以上の見返りはないと断言出来ます!!小首を傾げるその仕草!一日中見ていても飽きませんわ!」
「え?あ、はぁ…。それはなにより?です……?」
未だ握ったままの拳がプルプルと震えている。一体何がそんなに彼女の興奮を煽っているのだろうかと、キラは増々たじろぐしかなかった。隣でアスランが大きな溜め息を吐く。
「いいから、少し落ち着いてくれませんかね。これじゃ話しなんか出来ないでしょう」
アスランの意見に納得するものがあったのか、ラクスは小さく咳払いをする。それひとつで気持ちを切り替えたようで、異様とも言える雰囲気がピタリと収まった。
「不本意ながらごもっともです。限られた時間を有効に使わなければ勿体ないですね」
“勿体ない”という表現がいかにも経済界を牽引するクライン家の令嬢らしい。
「ですがアスランやニコルたちがキラさまに魅了される理由なら、既に分かった気がいたします」
先ほどから、いや、会った瞬間からラクスには驚かされてばかりだ。キラはもう声すら出てこなくて、ひたすら目を見開くしかない。しかしラクスはお構いなしで、うっとりとした表情で続ける。
「お顔の造作は言うまでもありませんが、パーツを一つひとつ取っても秀逸ですのね。紫水晶を彷彿とさせる透き通った瞳。真っ直ぐに通った鼻筋の先に、小さく色付く艶やかな唇。しっかりと男性でありながら、華奢なお身体のせいでしょうか。こちらの庇護欲をそそられます。なにより醸す雰囲気が暖かくて癒されますわ」
「ちょ、やめてください!」
真っ赤になって慌てる様も可愛らしいとしか表現の言葉が浮かばない。ラクスは再び俯いて「んんっ!」と良く分からない唸り声を上げた。
「────、ラクス嬢。いいですか。落ち着いて」
アスランに重ねて落ち着くよう言われたからか、ラクスは俯いたまま深呼吸を繰り返している。
「あの、お身体の具合が悪いのなら、今日は…」
「とんでもございません。大丈夫ですわ。重ね重ねのお気遣い、本当にお優しいんですね」
「あ、はい」
瞬く間に通常営業に戻したラクスに、アスランが今度は諦めたような長い息を吐いた。
「キラ。ラクス嬢の奇行に一々反応する必要はないぞ」
「奇行って……」
「アスランの言う通りです。わたくしは元気ですから、どうかご心配なきよう」
もっと言い方があるだろうと咎めたキラだったが、ラクス本人に肯定されてしまえば、頷くしかない。
「わたくしもキラさまと友人になりたいですわ」
────友人とは、こうして請われて成り立つ関係だっただろうか。
キラの脳裏に疑問が浮かぶ。だがアスランたちと知り合う前の自分は薄っぺらい人間関係しか築いてこなかったため、それを否定するだけの材料がない。それが自分の出生を勘繰られたくないという理由だったことを思い出し、先ほどのラクスの言葉が過った。
『名前など記号くらいにしか思ってませんもの』
そういう考えをもつラクスなら、キラが正妻の子でないという事情にまで、踏み込んで来ないに違いない。もし知られたとしても、色眼鏡で見てくることはないだろう。その辺の距離の取り方なら信用してもよさそうだ。
時折見せるアスラン曰く“奇行”は気になるところではあるが。
だからキラもそれに答えることにした。
「こちらこそ。図々しくなければ、友人の一人として加えてもらえれば幸いです。あと敬称は必要ないですよ」
「え?」
「だって友人に“さま”はつけないでしょう?」
するとラクスはみるみる内に頬をピンクに染めた。
「ええ!ええ、そうですわね!ならばわたくしのことも同様にお呼びください!」
「えーと、流石にそれは…」
敬称というには語弊があるかもしれないが、アスランでさえ彼女をラクス“嬢”と呼んでいる。今会ったばかりのキラが呼び捨てにするのは、ラクスが女性であるというのも相まって、あまりにもハードルが高い。しかしそんな危惧はラクス本人に一掃されてしまった。
「貴方にならラクスとお呼び頂きたいのです、キラ」
「は、はい」
「───アスラン、何かご不満でも?」
行儀悪く頬杖をついて無言になったアスランに、ラクスが勝ち誇ったように声をかける。するとアスランは不貞腐れているのを隠そうともせずに唸った。
「別に。貴女とキラとの間の話です。俺にとやかく言う権利はないでしょう」
「とやかく言ってますわ。顔が」
「顔!顔って!」
漫才のような会話に、思わず噴き出してしまった。弾かれたような笑顔にラクスが瞬時にヤニ下がったのは気付かなかったことにしようと誓うアスランだった。
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ちょっと引いてしまった。
「なんてお可愛らしい!わたくし、これ以上の見返りはないと断言出来ます!!小首を傾げるその仕草!一日中見ていても飽きませんわ!」
「え?あ、はぁ…。それはなにより?です……?」
未だ握ったままの拳がプルプルと震えている。一体何がそんなに彼女の興奮を煽っているのだろうかと、キラは増々たじろぐしかなかった。隣でアスランが大きな溜め息を吐く。
「いいから、少し落ち着いてくれませんかね。これじゃ話しなんか出来ないでしょう」
アスランの意見に納得するものがあったのか、ラクスは小さく咳払いをする。それひとつで気持ちを切り替えたようで、異様とも言える雰囲気がピタリと収まった。
「不本意ながらごもっともです。限られた時間を有効に使わなければ勿体ないですね」
“勿体ない”という表現がいかにも経済界を牽引するクライン家の令嬢らしい。
「ですがアスランやニコルたちがキラさまに魅了される理由なら、既に分かった気がいたします」
先ほどから、いや、会った瞬間からラクスには驚かされてばかりだ。キラはもう声すら出てこなくて、ひたすら目を見開くしかない。しかしラクスはお構いなしで、うっとりとした表情で続ける。
「お顔の造作は言うまでもありませんが、パーツを一つひとつ取っても秀逸ですのね。紫水晶を彷彿とさせる透き通った瞳。真っ直ぐに通った鼻筋の先に、小さく色付く艶やかな唇。しっかりと男性でありながら、華奢なお身体のせいでしょうか。こちらの庇護欲をそそられます。なにより醸す雰囲気が暖かくて癒されますわ」
「ちょ、やめてください!」
真っ赤になって慌てる様も可愛らしいとしか表現の言葉が浮かばない。ラクスは再び俯いて「んんっ!」と良く分からない唸り声を上げた。
「────、ラクス嬢。いいですか。落ち着いて」
アスランに重ねて落ち着くよう言われたからか、ラクスは俯いたまま深呼吸を繰り返している。
「あの、お身体の具合が悪いのなら、今日は…」
「とんでもございません。大丈夫ですわ。重ね重ねのお気遣い、本当にお優しいんですね」
「あ、はい」
瞬く間に通常営業に戻したラクスに、アスランが今度は諦めたような長い息を吐いた。
「キラ。ラクス嬢の奇行に一々反応する必要はないぞ」
「奇行って……」
「アスランの言う通りです。わたくしは元気ですから、どうかご心配なきよう」
もっと言い方があるだろうと咎めたキラだったが、ラクス本人に肯定されてしまえば、頷くしかない。
「わたくしもキラさまと友人になりたいですわ」
────友人とは、こうして請われて成り立つ関係だっただろうか。
キラの脳裏に疑問が浮かぶ。だがアスランたちと知り合う前の自分は薄っぺらい人間関係しか築いてこなかったため、それを否定するだけの材料がない。それが自分の出生を勘繰られたくないという理由だったことを思い出し、先ほどのラクスの言葉が過った。
『名前など記号くらいにしか思ってませんもの』
そういう考えをもつラクスなら、キラが正妻の子でないという事情にまで、踏み込んで来ないに違いない。もし知られたとしても、色眼鏡で見てくることはないだろう。その辺の距離の取り方なら信用してもよさそうだ。
時折見せるアスラン曰く“奇行”は気になるところではあるが。
だからキラもそれに答えることにした。
「こちらこそ。図々しくなければ、友人の一人として加えてもらえれば幸いです。あと敬称は必要ないですよ」
「え?」
「だって友人に“さま”はつけないでしょう?」
するとラクスはみるみる内に頬をピンクに染めた。
「ええ!ええ、そうですわね!ならばわたくしのことも同様にお呼びください!」
「えーと、流石にそれは…」
敬称というには語弊があるかもしれないが、アスランでさえ彼女をラクス“嬢”と呼んでいる。今会ったばかりのキラが呼び捨てにするのは、ラクスが女性であるというのも相まって、あまりにもハードルが高い。しかしそんな危惧はラクス本人に一掃されてしまった。
「貴方にならラクスとお呼び頂きたいのです、キラ」
「は、はい」
「───アスラン、何かご不満でも?」
行儀悪く頬杖をついて無言になったアスランに、ラクスが勝ち誇ったように声をかける。するとアスランは不貞腐れているのを隠そうともせずに唸った。
「別に。貴女とキラとの間の話です。俺にとやかく言う権利はないでしょう」
「とやかく言ってますわ。顔が」
「顔!顔って!」
漫才のような会話に、思わず噴き出してしまった。弾かれたような笑顔にラクスが瞬時にヤニ下がったのは気付かなかったことにしようと誓うアスランだった。
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