友人




案内したテーブルは、大きな窓から外の光が燦々と注ぐ、どこかほっとする場所にあった。この店で一番いい席なのは間違いない。
「ここ、巧妙に他の席から見えないようになってますからリラックス出来るでしょ?まぁ今日はこの店を貸し切りにしてますから、あんまり関係ありませんけど」
店の貸し切りと聞いて驚いた。
「か、貸し切りですか?」
「心配しなくてもいいですよ。費用はきっちりアスランに請求しますから」
「…………」
確かにアスランならザラ家に頼らなくても貸し切り代金くらい軽く用立てられるだろう。それどころかこの規模なら店ごと買い取るくらいのことも──
(いや、やめやめ!恐いこと考えるのやめとこ!!)
ニコルははっきりと“貸し切り”と言ったのだ。なら余計な想像はしないに限る。
それよりもこれから会うラクスのことを考えた方が余程建設的だと、キラは無理やり思考をストップさせた。


「遅いじゃないですか」
混迷する頭を必死で整理しているキラの耳に、ニコルの咎めるような台詞が入ってきた。どうやらアスランが現れたらしいと顔を店の入り口へ向ける。
アスランは手を顔の前で立てて小さく「すまん。仕事が長引いた」とニコルへ言い訳した。
そしてキラへと移した視線が如実に温度を変えて、キラは真っ赤になって俯いてしまった。勿論、気付かないニコルではない。
「ちょっとアスラン!僕に対するそれと違い過ぎません!?こっちが恥ずかしくなるんですけど!」
喚くニコルには目もくれず、アスランは一直線にキラの居るテーブルへと歩み寄った。
「お前を蔑ろにしてるつもりはない。キラが特別なんだ」
「ニ、ニコルさん。すいません…」
増々頬を染めつつ蚊の鳴くような声で漸くキラが謝罪すると、ニコルは蔑む様子を隠しもせず鼻を鳴らした。
「キラさんが謝ることではありません。アスランが馬鹿過ぎるだけです」
「馬鹿って言うな」
反論しつつもキラを腕に抱き込もうとしてくる。流石に人前で容認するわけに行かず、キラはその腕から逃れるために身を捩った。
「馬鹿じゃないとでも?キラさんに会えたのが嬉しいのは分かりますが、だだ漏れ過ぎです。今さら僕たちは諦めてますけど、まさかそんなヤニ下がったアホ面をラクス嬢に見せるおつもりですか?」

───うん、同い年の女の子にそれは恥ずかし過ぎる。

僅かに残った冷静な部分で、キラはアスランにだけ聞こえるように小声で囁いた。
「アスラン。いい加減にしないと、色々考えさせてもらうから」
効果は覿面だったようで、一瞬ピタリと動きを止めたアスランが、何事もなかったようにおとなしくキラの隣の椅子へと腰を下ろす。一部始終を見ていたニコルが噴き出した。
「さっすがキラさんですね!あのアスラン・ザラが尻に敷かれてるとこなんて、早々見られませんから!!それだけでもここへ来た甲斐がありました!」
手を叩いて称賛するニコルに、アスランは渋い顔だ。しかしキラの一言が効を奏したのは確かで、反論のしようがなかった。

やがてキラとアスランの前にいい香りのする紅茶が運ばれて来る。
「さて、僕もキラさんとお話ししたいのは山々なんですけど、そろそろ約束の時間がきちゃいました」
チラリと腕時計を堪忍したニコルが心底残念そうに呟く。キラは折角の紅茶に目もくれず立ち上がった。
「あ、じゃあ僕、出迎えに──」
しかしキラの気遣いをアスランはばっさりと切り捨てる。
「必要ない。これはラクス嬢が望んだことだからな」
「でも…」
なおも躊躇するキラを取りなすようにニコルがアスランに同調した。
「本当に大丈夫なんです。出迎えは僕が。そのまま帰りますけど、アスラン、後はお任せしますね。くれぐれも」
「頼まれるまでもない」
「……………」
本当に大丈夫ですか?と言わんばかりに瞳を眇めたニコルだったが、結局無言で店の入り口方向へと足を向けた。やがてそちらから話し声が聞こえて来る。どうやら先方は時間通りの到着のようだ。
すとんと腰を下ろしたキラは、緊張を解すように香り高い紅茶を一口啜った。


そう広くはない店内である。
すぐに二人の女性が現れた。ニコルは本当に帰ったようで、既に姿はない。
アスランが立ち上がったのに数秒遅れて、キラもそれに倣った。遅れたのは現れた女性二人に少々気後れしてしまったからだ。
「紹介しよう。こちらラクス・クライン嬢。言うまでもなくクライン家のご令嬢で、キラに会いたいとこんな面倒ごとを言い出した張本人だ」
まるで極悪人のような紹介文を全く気にとめた様子もなく、ラクスは美しいピンクの長い髪を揺らして優雅に頭を下げた。




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