友人
・
優しい雰囲気を醸しておいて油断させ、その隙を狙って自分の主張を強引に捩じ込んでくるのが、ニコル・アマルフィという男なのだ。
「まぁまぁ、そう頭から否定せずに。話してみなければ分からないじゃないですか」
「いや、分かるから。女がいいならイザークの──シホっつったか、彼女がいるだろ!?」
「勿論どうしても無理ならシホさんに頼みますよ。でも彼女はイザークとの縁組みが半ば決まりかけていて、アスランに近い人物と認定される恐れがあります。余計な勘繰りをされるのは出来るだけ避けたいですから、全く接点のない女性の方が適している。あ、こうなってみると、ディアッカがそのミリアリアさんと仲良く“なりすぎてない”現状は、寧ろラッキーでしたね。だって余計な勘繰りの入り込む余地はありませんから!モテないこともたまには役に立つんですね!!」
邪気のない様子で残酷なことを言われて、ディアッカはとうとうテーブルに突っ伏してしまった。
「…………ひでーよ。酷過ぎないか?」
「で?交渉するんですか?しないんですか?」
瀕死のディアッカにニコルは相変わらず容赦ない。
「分かったよ…。でも断られても俺を恨むなよ」
力なく承諾したディアッカに、アスランもイザークも憐憫の視線を向けるしかなかった。
◇◇◇◇
「は、はじめまして!」
緊張に声を裏返らせたミリアリアに、ラクスは優雅に口許に人差し指を立てた。
「まだですわ。あくまでもわたくしたちは“交流はそれほど多くない、でも一緒にショッピングに出掛けるくらいには仲の良い友人”でなければなりません。ご挨拶は車に乗ってからでお願いします」
「は・はいっ!!」
ミリアリアは乗って来たタクシーに歩み寄るラクスに道を空けた。
正直、何で自分がこんなことになったのか、正確なところは分からない。
カガリ・ユラ・アスハの障害事件後、妙に纏わり付いてくるディアッカに、平均低頭頼み込まれたのが発端だ。別に叶えてやる義理もない案件だったが、ミリアリアにだってエルスマン家がこの国でどんな位置付けなのかくらいは知っている。だからこそ再三再四に渡る誘いも無碍には出来ず、何度か一緒に食事をする程度の関係だった。まぁその“何度か”でディアッカがそう悪い人間でないと思い始めていたのだが。
しかしこれはそれまでのどんな誘いとも違っていた。
自分が特別コミュ障だとは思っていないが、職業柄観察眼は養われているものの、コミュニケーション能力は至って普通だ。流石に初対面の相手に長年の友人のような振る舞いは出来ない。だがディアッカの今回の“お願い”は、そんなミリアリアの能力を完全に越えたものだった。
(しかもその相手がクライン家のご令嬢とか!)
今も目の前でタクシーに乗り込む姿を見て足が震えている。何気ない仕草であるはずのそれすら、ラクスには華があった。タクシーの運転手もミラー越しに伺いながら、ポカンと口を開けている始末だ。足がつかないように、市井のタクシーを使ったのだが悪手だったかもしれない。
「───、ミリアリアさま?」
固まったまま動かないミリアリアに、後部座席から不思議そうなラクスの顔が覗いて、慌てて足を動かした。
「初めまして!ミリアリア・ハウと申します。あと“さま”とか必要ありませんから」
走り出したタクシーの中で、ヒソヒソとミリアリアは隣に座るラクスに言った。
意味が通じなかったのか、ラクスが首を傾げてミリアリアを見る。
「け、敬称です。なんなら呼び捨てにしてくださっても全然構いません」
「ああ…」
合点がいったのか、ラクスは美しく微笑んだ。
「自己紹介がまだでしたわね。わたくし、ラクス・クラインと申します。以後お見知りおきを」
深々と頭を下げるのを、ミリアリアは身振りで止めた。
「あああ、頭とか下げないでください!」
「ですが──突然の“友人役”ですし。ご迷惑をおかけしたでしょう?」
「迷惑とか、思ってませんから!ディアッカが急に振ったのが原因で!」
「いいえ。それもわたくしの我が儘が発端です。彼らは慎重を期しただけ。でもキラさまにお会いするのが増々楽しみになりました。彼らがそこまで守りたいと思っているのですから。ミリアリアさんはキラさまにお会いしたことが?」
「え、ええ。といっても仕事上で少し面識があった程度です。人となりを話せるようなものではありません」
「構いませんわ。どんな方でしたか?」
興味があるのも本当だろうが、きっとミリアリアの緊張を解く目的もあったに違いない。敢えてキラのことに話題を進める。
「第一印象は…可愛らしい人、でした」
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優しい雰囲気を醸しておいて油断させ、その隙を狙って自分の主張を強引に捩じ込んでくるのが、ニコル・アマルフィという男なのだ。
「まぁまぁ、そう頭から否定せずに。話してみなければ分からないじゃないですか」
「いや、分かるから。女がいいならイザークの──シホっつったか、彼女がいるだろ!?」
「勿論どうしても無理ならシホさんに頼みますよ。でも彼女はイザークとの縁組みが半ば決まりかけていて、アスランに近い人物と認定される恐れがあります。余計な勘繰りをされるのは出来るだけ避けたいですから、全く接点のない女性の方が適している。あ、こうなってみると、ディアッカがそのミリアリアさんと仲良く“なりすぎてない”現状は、寧ろラッキーでしたね。だって余計な勘繰りの入り込む余地はありませんから!モテないこともたまには役に立つんですね!!」
邪気のない様子で残酷なことを言われて、ディアッカはとうとうテーブルに突っ伏してしまった。
「…………ひでーよ。酷過ぎないか?」
「で?交渉するんですか?しないんですか?」
瀕死のディアッカにニコルは相変わらず容赦ない。
「分かったよ…。でも断られても俺を恨むなよ」
力なく承諾したディアッカに、アスランもイザークも憐憫の視線を向けるしかなかった。
◇◇◇◇
「は、はじめまして!」
緊張に声を裏返らせたミリアリアに、ラクスは優雅に口許に人差し指を立てた。
「まだですわ。あくまでもわたくしたちは“交流はそれほど多くない、でも一緒にショッピングに出掛けるくらいには仲の良い友人”でなければなりません。ご挨拶は車に乗ってからでお願いします」
「は・はいっ!!」
ミリアリアは乗って来たタクシーに歩み寄るラクスに道を空けた。
正直、何で自分がこんなことになったのか、正確なところは分からない。
カガリ・ユラ・アスハの障害事件後、妙に纏わり付いてくるディアッカに、平均低頭頼み込まれたのが発端だ。別に叶えてやる義理もない案件だったが、ミリアリアにだってエルスマン家がこの国でどんな位置付けなのかくらいは知っている。だからこそ再三再四に渡る誘いも無碍には出来ず、何度か一緒に食事をする程度の関係だった。まぁその“何度か”でディアッカがそう悪い人間でないと思い始めていたのだが。
しかしこれはそれまでのどんな誘いとも違っていた。
自分が特別コミュ障だとは思っていないが、職業柄観察眼は養われているものの、コミュニケーション能力は至って普通だ。流石に初対面の相手に長年の友人のような振る舞いは出来ない。だがディアッカの今回の“お願い”は、そんなミリアリアの能力を完全に越えたものだった。
(しかもその相手がクライン家のご令嬢とか!)
今も目の前でタクシーに乗り込む姿を見て足が震えている。何気ない仕草であるはずのそれすら、ラクスには華があった。タクシーの運転手もミラー越しに伺いながら、ポカンと口を開けている始末だ。足がつかないように、市井のタクシーを使ったのだが悪手だったかもしれない。
「───、ミリアリアさま?」
固まったまま動かないミリアリアに、後部座席から不思議そうなラクスの顔が覗いて、慌てて足を動かした。
「初めまして!ミリアリア・ハウと申します。あと“さま”とか必要ありませんから」
走り出したタクシーの中で、ヒソヒソとミリアリアは隣に座るラクスに言った。
意味が通じなかったのか、ラクスが首を傾げてミリアリアを見る。
「け、敬称です。なんなら呼び捨てにしてくださっても全然構いません」
「ああ…」
合点がいったのか、ラクスは美しく微笑んだ。
「自己紹介がまだでしたわね。わたくし、ラクス・クラインと申します。以後お見知りおきを」
深々と頭を下げるのを、ミリアリアは身振りで止めた。
「あああ、頭とか下げないでください!」
「ですが──突然の“友人役”ですし。ご迷惑をおかけしたでしょう?」
「迷惑とか、思ってませんから!ディアッカが急に振ったのが原因で!」
「いいえ。それもわたくしの我が儘が発端です。彼らは慎重を期しただけ。でもキラさまにお会いするのが増々楽しみになりました。彼らがそこまで守りたいと思っているのですから。ミリアリアさんはキラさまにお会いしたことが?」
「え、ええ。といっても仕事上で少し面識があった程度です。人となりを話せるようなものではありません」
「構いませんわ。どんな方でしたか?」
興味があるのも本当だろうが、きっとミリアリアの緊張を解く目的もあったに違いない。敢えてキラのことに話題を進める。
「第一印象は…可愛らしい人、でした」
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