友人




当の本人ならばラクスでなくても気になるのは当たり前だろう。
「別に俺もそう詳しく話した訳じゃない。ただパトリック氏の命令でもラクス嬢との結婚はアスランが承諾しないだろうと言っただけだ」
「あー、そういうこと」
やっと合点がいったらしい。ディアッカはぽんと手を打った。
「それでアスランには他に決めた相手がいると察したわけね。流石ラクス嬢」
聡明なラクスなら少ない情報ですぐに理解したのだろう。多くを語らないイザークに、アスランの想い人が元許婚者であるカガリだと思ったのは想像に難くない。
アスランは漸くイザークを睨む眼光を弱めた。
「成る程。だから彼女には俺の相手がカガリ嬢だと思っていた節があったのか…」
アスランにどんな誤解をされたとしても一向に構わなかったイザークだが、視線の鋭さが緩和して居心地の悪さが減り、手にしていた酒を口に運んでから深く頷いた。

ただイザークが洩らした情報で、ラクスから面倒極まりない“お願い”をされてしまったのだから、アスランの目から完全に険が消えたわけでもなかった。そこへ能天気なニコルの声。多分、わざとだ。
「結果オーライじゃないですか。アスランがラクス嬢を選ばないのは揺るがない事実なんですから。これがカガリ嬢だったら彼女もアスランとの結婚を視野に入れなきゃならないですけど、キラさんならその必要はない。ラクス嬢にとってハッキリさせた方が、将来のことに目を向けられますよね。諸々一気に解決すると思えば」
確かにラクスの立場になってみれば、中途半端な状態など早急に解決するに越したことはない。“誰と”結婚するかによって、大きくこの先をの道が変わってくる。いくら政略的に進められるとはいえ、やはり結婚となると看過出来ない人生の一大事だ。
「ま、彼女なら親の決めた縁談でも、気に入らなけりゃ袖にする、くらいの胆力はありそうだけどな」
「不本意ですがそこのところは僕もディアッカと同意見です」
「こら待て。不本意ってなんだ」
「言葉通りです」
ディスられたのに気付いて不満を訴えるディアッカ。勿論ニコルは完全にスルーの方向だ。残念だが横道に逸れている時間はない。
「ですが問題はあります。ザラ家と縁戚関係になることはクライン家にとっても大きなメリットになるでしょう。ラクス嬢がそこを考慮しないとは思えません」

アスランは先日パーティで一緒になった時のラクスの顔を頭に描いた。
“名家”の深窓のご令嬢にも見劣りしない美しく慎ましい佇まい。だが蝶よ花よと育てられて気位ばかりが高い女たちと、ラクスには決定的な違いがある。彼女は聡明な頭脳を持ち、時にアスランたちも舌を巻くほどの狡猾さを併せ持っているのだ。クライン家のためだと判断すれば、例え本意ではないとしても、結婚すら承諾する可能性がある。
アスランにラクスを受け入れる気は微塵もなくても、周囲が結託すればどんな展開になるか分からない。何故なら身内のパトリックになら多少の無理を通せても、他人でしかないシーゲルやラクスに対してそうそう無茶は出来ないだろう。

ラクスから引いてもらうのが一番波風立たないと考えるのは、そういう事情があるからだ。


「────ここはやっぱり、キラさんに頑張ってもらって、ラクス嬢に納得してもらうしかないですかねぇ…って、なんでそんなに不満そうなんですか?」
総意を述べたニコルがふと見ると、アスランが唇をへの字に曲げていた。
「結局はキラ頼みだからな。あまりにも不甲斐ないんだろ」
イザークがアスランの内心を代弁しつつ鼻で笑う。ディアッカもさも可笑しそうに尻馬に乗った。
「ほんと、こんな愉快なことってないぜ。自慢の頭脳も約束された次期ザラ家総帥の地位も、なーんの役にも立たないんだもんな~」
「そう言われれば、その通りですよね」
「お前ら…好き勝手言い過ぎだろ」
しかし彼らの言うことは尤もで、ぐうの音も出ない。キラを守りたいという気持ちばかりが逸っても現実はこのザマだ。しかも彼らには言っていないが、パトリックとの関係もキラ次第で変化する事態になっている。
「ま、甲斐性なしの自覚があるだけいいんじゃないですか?アスランって基本ヘタレですからね」
「おい」
フォローになってないフォローに、イザークとディアッカもうんうんと頷いた。反論したいことは山ほどあったが、アスランは敢えてそれを飲み込んだ。
間違いなくディスられているのに、悪い気分だけではなかったからだ。自分を理解してくれていて、しかも許されている。彼らの前では虚勢を張って“強い自分”である必要はないということだ。

かつてキラが言ったように、彼らは最高の友人なのだろう。
勿論、一生口に出す機会は訪れないだろうが。





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