友人




が、たったひとつとはいえ年下のニコルを、アスランは常に弟分のように思っている。仮にそのニコルが窮地に立ったとすれば、果たして知らん顔が出来るだろうか。
「真相の解明に努めるくらいはするかもなぁ」
「ほら、そういうことだよ」
「別に普通だろ」
「だから!“友人”だからそう思うんだって言ってるの!」
「ええ…」
アスランは心底嫌そうな表情で唸った。
「彼ら以外がそういう目にあっても、きみは動かないでしょ?」
当たり前だがアスランは聖人君子ではない。寧ろ誰よりも腹黒いと自負(?)している。名前を知っている程度の人間が窮地に陥っているのを見ても、助ける気など更々湧いてこなかった。手を貸したとしても、それは恩を売るための行動だと思う。

これではキラの発言を認めざるを得ない。
「今さら友達ごっことか…。恥ずかしいんだが」
「ごっこじゃないし!あと、そういう照れ、いらないから」
今度はキラがムスくれている。さっきまでの自分を見せ付けられているようで、アスランは居心地が悪くなり、話題を元に戻した。
「俺のことはともかく、対策は練れたのか?」
「────対策?」
「だから!ラクスと必要以上に親密になった話だよ!俺の機嫌を良くしてくれるんだろ?」
「ああ…」
そういえばそんなことを言ったなぁ、などと呑気に思い出す。ただのアスランの独占欲からくるものだと分かった今ならば、別にその必要もないのだが。
「はいはい。ラクスさんとはきみの目の前届かないところで会ったりしないよ。これでいい?」
「────」
しかしそれはそれでなんだか違う気がして、アスランが黙り込む。アスランとてキラの交友関係を狭めたいわけではないのだ、決して。
「……そういうことを言わせたいんじゃないんだが」
「もう!じゃあどうすればいいの、僕」
当然のようにキラが喚いたが、そんなもの、アスランだって分かるわけがない。
「と、とにかく!必要以上に愛想を振り撒くなよ!」
「──なに、それ」
「ホイホイと人をたらすなって言ってんだろ」
「はぁ…」
このままでは永遠にループしそうだ。
キラは溜め息ひとつで一旦話を切ると、やや冷めた紅茶を飲み干した。
「時間は大丈夫なの?」
「おっと。残念ながらそろそろ戻らないとまずい」
促されて腕時計を見たアスランは腰を浮かした。そもそもここへ来る時間すら無理やり捻出したものだが、キラといると時間の概念がすっぱ抜けるから油断できない。
「お前は?」
店の出入口へと進みながら、半身を向けながら聞いてくる。キラは店員に頭を下げながら答えた。
「僕はもう少しなら大丈夫。多めに時間見てたから」
「じゃあウチの車に乗っていくといい。俺が降りた後、送らせる」
公共交通機関を使っても次の予定には充分間に合うのだが。
「いいの?」
敢えて甘えることにする。そうすればアスランの目的地までは一緒にいられるから、というのは内緒だ。
「勿論。ちゃんと言っとく」
「それじゃ、アスハ邸までお願いしようかな」
「かしこまりました」
車のドアを開けて待っていた運転手が丁度のタイミングで答えを返す。
「すいません。宜しくお願いします」
既に顔見知り程度にはなったいつもの運転手だった。微笑ましいと顔に出ていた運転手に優しくドアを閉めてもらうと、先に後部座席に座っていたアスランが、再び面白くなさそうに呟いた。
「ほんと、人たらし」
とは言うものの、キラはこの運転手が無関心を装いつつ、実はアスランを気にかけていることを知っている。
「────きみほどの人が、自分のことは分からないとか、可愛過ぎでしょ」
「ん?」
「別に」
だがそれはキラがとやかく口出しする内容ではない。続いて後部座席に乗り込んだキラがぷいっと外方を向いた柔らかい髪を、意味も分からないまま横から伸びてきたアスランの手が宥めるように撫でる。
「では、まずは社の方へ参ります」
「そうだな。宜しく頼む」
無粋なことをバラす様子のないキラに小さく笑い、運転手はスムーズに車を発進させた。




「有難うございます」
アスランと近々の再会を約束し別れた後、車内に感謝の言葉がポツリと落ちた。車にはキラと運転手しかいないので、この言葉はキラに向けられたもので間違いない。しかし何に対する感謝なのか分からずに、キラは静かに首を傾げた。バックミラー越しに映る運転手の目は、とても穏やかな色を湛えている。
無言のキラに、運転手は続けた。
「アスランさまが人間らしくなったのは、全て貴方のお陰です」
「人間らしくって…彼は元々人間ですよ?」
表現方法が可笑しくて、キラが笑う。だが運転手は大真面目だ。
「いいえ。以前のアスランさまはまるで機械のようでしたから」
そんな彼をずっと気にかけてきたのだろう。運転手は本当に嬉しそうだった。
(ほら、ちゃんと伝わってるよ)

もっとアスランの本質を知り、彼の理解者が増えればいい。



キラは流れる風景を目にしつつ、世界がアスランに優しいものであることを願った。






20230511
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