友人
・
これではあまりにも店員が気の毒だ。
「いい加減にして。嫌いになるよ」
「───別に…。ぶすくれてるわけじゃない」
「嘘。こんなに分かりやすく拗ねてるじゃないか」
わざと選んだ“嫌いになる”という台詞は、狙い通りアスランには有効だったらしい。醸す雰囲気が変わることはなかったが、それでもぼそりと返事が返ってきた。
なにかと障害の多い関係ではあったが、大分アスランの操縦方法を会得してきたキラである。
「それで?何がそんなに気分を害したの?教えてくれなきゃ対策も練れない」
運ばれた新しいお茶を口にする。10席程度の小さなカフェであるが、いい茶葉を使っているのか、馥郁とした香りが鼻腔を楽しませた。まぁ貸し切りにした相手が相手だから、店側が最高級の茶葉を使用しただけかもしれないが。
こくりと喉を動かして、キラはじっとアスランを凝視し続ける。これは逃げられないなと諦めたアスランが渋々口を開いた。
「ラクスがお前を気に入ったからだよ」
「は?」
「最初からこうなるって分かってたから、俺はお前とラクスを会わせるのに反対だった」
「情報が大雑把過ぎて処理出来ないんだけど」
「…………」
「また、だんまりなの?」
キラ以外の誰だったとしても、アスランの言葉の意味を察することが出来ただろう。しかしあまりにも自己評価の低いキラにはハードルが高過ぎた。
このままでは永遠に会話が成り立つことはない。キラがアスランの操縦法を会得し始めたように、アスランもそのくらいのことは分かっていた。
「あのな。お前の魅力は俺だけが知ってればいいし、それを他人と共有するつもりはないんだ」
「な、何を言い出すの、急に!」
「言わせてるのはお前だぞ」
「~~~~っ!」
キラは瞬時に真っ赤になってテーブルに伏せてしまった。せっかくキラにお許しを得た機会だという勝手な解釈に基づいて、アスランはついでとばかりに洗いざらいをぶちまけた。
「他人が泣こうが喚こうが関心のないあのイザークでさえ、お前を懐に入れてるんだぞ。あいつに比べればラクスなんかちょろいもんだ。そろそろ自分の人たらしぶりを自覚しろ」
キラの脳内の大混乱を慮るつもりなど更々ないアスランの追い討ちに、キラはテーブルにのめり込むのではないかというほどの撃沈ぶりだ。「もう止めて。恥ずか死ぬから」と力なく制止するのが精一杯だった。
しかし容赦ない猛攻に瀕死の状態にさせられて、ずっと心の奥底に眠っていた感情が浮上する。もしかしたらこんなことでもなければ、自分の中にそんな感情があったことにすら気付かなかったかもしれない。
とはいえ顔を上げるほどの勇気は湧いて来そうにないので、伏せた腕の合間から、ちらりと顔を覗かせた。
「──アスランにだけは言われたくない」
「ん?」
キラは相変わらず真っ赤なままで、そんなキラを可愛いな、などと不埒な感想を抱きつつアスランは次を促した。すると非常に言い難そうに、キラは更に声を小さくした。
「アスランだって…信頼出来る友人がいるじゃない」
「────友人?」
そんなものとは無縁の世界で生きてきて、これからもそうだと疑ったことはない。だからこそ心を預けられるキラという人間に会えたことを得難い幸運だと思っているし、彼に執着するのだ。
暫く考えてみたが、該当しそうな相手は浮かばなかった。
「誰のことを言ってるんだ?」
本気で分からない様子のアスランに、怒りすら湧いてこない。これは駄目だとがっくりと肩を落とすしかなかった。
「あのね…、そのイザークさんですらきみのために色々と動いてくれてるの、忘れたわけじゃないよね?」
アスランは顎に手を当てて天井を眺め、考える素振りを見せる。
「確かにな。だがそれはキラのことを思ってだ。結果的に俺のためになってるだけで──」
「そんなわけないじゃない」
予想通りの結論を、がばりと顔を上げたキラはばっさりと切り捨てた。
「きっかけは僕の存在かもしれないけど、巡りめぐってきみのために骨を折ってるんだって、みんなちゃんと分かってるよ。寧ろ目的はそこにあるんじゃないかって勘ぐるほどなんですけど?」
「いやいやないない」
半ば茶化すような否定をしたアスランだったが、キラの真剣な色をたたえた瞳に、それ以上の言葉を飲み込まされる。
キラはピッと人差し指を顔の前に立てると、分かり易い仮説を立てた。
「じゃあさ、仮にニコルさんがありもしない罪に陥れられたら、アスランはどうするの?」
「ニコルが?」
彼に限ってそんなヘマをする姿は想像するのも難しい。犯罪スレスレ(または歴とした犯罪)の行為を行っても、涼しい顔で尻尾すら掴ませないだろう。
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これではあまりにも店員が気の毒だ。
「いい加減にして。嫌いになるよ」
「───別に…。ぶすくれてるわけじゃない」
「嘘。こんなに分かりやすく拗ねてるじゃないか」
わざと選んだ“嫌いになる”という台詞は、狙い通りアスランには有効だったらしい。醸す雰囲気が変わることはなかったが、それでもぼそりと返事が返ってきた。
なにかと障害の多い関係ではあったが、大分アスランの操縦方法を会得してきたキラである。
「それで?何がそんなに気分を害したの?教えてくれなきゃ対策も練れない」
運ばれた新しいお茶を口にする。10席程度の小さなカフェであるが、いい茶葉を使っているのか、馥郁とした香りが鼻腔を楽しませた。まぁ貸し切りにした相手が相手だから、店側が最高級の茶葉を使用しただけかもしれないが。
こくりと喉を動かして、キラはじっとアスランを凝視し続ける。これは逃げられないなと諦めたアスランが渋々口を開いた。
「ラクスがお前を気に入ったからだよ」
「は?」
「最初からこうなるって分かってたから、俺はお前とラクスを会わせるのに反対だった」
「情報が大雑把過ぎて処理出来ないんだけど」
「…………」
「また、だんまりなの?」
キラ以外の誰だったとしても、アスランの言葉の意味を察することが出来ただろう。しかしあまりにも自己評価の低いキラにはハードルが高過ぎた。
このままでは永遠に会話が成り立つことはない。キラがアスランの操縦法を会得し始めたように、アスランもそのくらいのことは分かっていた。
「あのな。お前の魅力は俺だけが知ってればいいし、それを他人と共有するつもりはないんだ」
「な、何を言い出すの、急に!」
「言わせてるのはお前だぞ」
「~~~~っ!」
キラは瞬時に真っ赤になってテーブルに伏せてしまった。せっかくキラにお許しを得た機会だという勝手な解釈に基づいて、アスランはついでとばかりに洗いざらいをぶちまけた。
「他人が泣こうが喚こうが関心のないあのイザークでさえ、お前を懐に入れてるんだぞ。あいつに比べればラクスなんかちょろいもんだ。そろそろ自分の人たらしぶりを自覚しろ」
キラの脳内の大混乱を慮るつもりなど更々ないアスランの追い討ちに、キラはテーブルにのめり込むのではないかというほどの撃沈ぶりだ。「もう止めて。恥ずか死ぬから」と力なく制止するのが精一杯だった。
しかし容赦ない猛攻に瀕死の状態にさせられて、ずっと心の奥底に眠っていた感情が浮上する。もしかしたらこんなことでもなければ、自分の中にそんな感情があったことにすら気付かなかったかもしれない。
とはいえ顔を上げるほどの勇気は湧いて来そうにないので、伏せた腕の合間から、ちらりと顔を覗かせた。
「──アスランにだけは言われたくない」
「ん?」
キラは相変わらず真っ赤なままで、そんなキラを可愛いな、などと不埒な感想を抱きつつアスランは次を促した。すると非常に言い難そうに、キラは更に声を小さくした。
「アスランだって…信頼出来る友人がいるじゃない」
「────友人?」
そんなものとは無縁の世界で生きてきて、これからもそうだと疑ったことはない。だからこそ心を預けられるキラという人間に会えたことを得難い幸運だと思っているし、彼に執着するのだ。
暫く考えてみたが、該当しそうな相手は浮かばなかった。
「誰のことを言ってるんだ?」
本気で分からない様子のアスランに、怒りすら湧いてこない。これは駄目だとがっくりと肩を落とすしかなかった。
「あのね…、そのイザークさんですらきみのために色々と動いてくれてるの、忘れたわけじゃないよね?」
アスランは顎に手を当てて天井を眺め、考える素振りを見せる。
「確かにな。だがそれはキラのことを思ってだ。結果的に俺のためになってるだけで──」
「そんなわけないじゃない」
予想通りの結論を、がばりと顔を上げたキラはばっさりと切り捨てた。
「きっかけは僕の存在かもしれないけど、巡りめぐってきみのために骨を折ってるんだって、みんなちゃんと分かってるよ。寧ろ目的はそこにあるんじゃないかって勘ぐるほどなんですけど?」
「いやいやないない」
半ば茶化すような否定をしたアスランだったが、キラの真剣な色をたたえた瞳に、それ以上の言葉を飲み込まされる。
キラはピッと人差し指を顔の前に立てると、分かり易い仮説を立てた。
「じゃあさ、仮にニコルさんがありもしない罪に陥れられたら、アスランはどうするの?」
「ニコルが?」
彼に限ってそんなヘマをする姿は想像するのも難しい。犯罪スレスレ(または歴とした犯罪)の行為を行っても、涼しい顔で尻尾すら掴ませないだろう。
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