友人




折角知り合ったキラとこれが最初で最後の仲になるつもりはないラクスは、ちらりと壁の時計に視線を送ると素直に立ち上がった。
「楽しい時間とは本当に過ぎるのが早いものですわね」
キラも大きく頷きながら腰を上げたのだが、何故かアスランがテーブルに肘を付いたままだ。
「ちょっと!アスラン!!」
まさか見送りすらしないつもりかと、キラが急かす。しかしアスランが姿勢を変えることはない。それどころか、ぷい、と外方を向いた。
「なにやってんの?ラクスさん、帰っちゃうよ!」
ミリアリアに促されるまま店の入り口へと足を向けたラクスは、潜められたキラの声に一瞬立ち止まった。
「どうかお気になさらず。別れを惜しまない見送りなどされても、わたくしも嬉しくないですから」
「ふん」
振り返って鮮やかに笑うラクスを横目に、鼻を鳴らすアスラン。どうやら少々苛め過ぎたらしい。
そのまま再び帰路へ向かうラクスの後ろ姿と相変わらずのアスランを交互に見たキラは、せめて自分だけでもとアスランをその場に残し、そそくさと後を追った。


「ご迷惑でなければ、また会っていただけますか?」
横付けにされたタクシーに乗る直前のラクスの懇願に、キラは右手を差し出しながら答えた。
「友人に会うのに迷惑だなんて思うわけないでしょう?」
「ご連絡、致しますわね」
握手を交わすと、彼女たちを乗せたタクシーは、角を曲がって見えなくなった。




後ろ髪を引かれるようにしていたラクスだが、やがて満足そうな表情で前を向いた。
「良い出会いだったみたいですね」
頃合いを見計らってミリアリアが声をかける。
「ええ。わたくしどものような人間には、得難い方であるのは間違いありませんわ。アスランでなくても手放したくなくなります」
ミリアリアが目を見開く。多分“わたくしどものような人間”というワードが理解出来なかったのだろうが、ラクスはその辺りを説明するつもりはなかった。
「ミリアリアさんも。差し支えなければこれからも仲良くしてください」
「え!?私も、ですか?」
「駄目ですか?」
この美しい人に懇願されて、否やと言える人間がいるだろうか。慌ててミリアリアは首を左右に振った。
「駄目だなんて!身分不相応だなって思っただけですから!」
するとラクスは鈴が鳴るようにコロコロと笑った。
「身分、ですか?わたくしどもの家はただ商売で成功しただけですわ。身分差などございません。貴女もキラもわたくしの人間性を広げるために、必要な人たちだと思いましたから、こうしてお願いしているのです」
「~~~~っ!そ、そういう理由なら有難くお受け致します!」
「────良かった」
あからさまに安堵の息を吐いたラクスに、なんとか気分を落ち着けたミリアリアは少し後ろめたい気分になった。

ミリアリアは刑事だ。ラクスの提案は自分から望んだものではなかったが、打算が働かなかったとは言い切れない。
(例えば……クライン家のご令嬢と懇意になれば、これから起こる事件に有利になることがあるかも、とか)
ラクスはあのキラという青年の純粋さに惹かれたようだが、ミリアリアからしてみればラクスだって充分純粋なのでは、と思う。社会人として先に一歩を踏み出しているのだからしょうがないとはいえ、出来るだけこの貴重な縁を仕事に利用するようなことがないように決意したミリアリアだった。

ミリアリアは知りようもないことだが、ラクスに打算がなかったわけではない。深謀遠慮にかけてはラクスもクライン家の娘だ。それなりに腹芸には自信がある。ただ法を犯し、あまつさえそれを露呈させるようなヘマをする予定はないので、ちらりと脳裏を過った刑事であるミリアリアと友になるメリットは静かに封印したのだった。


色々と複雑な背景を抱えつつも、感謝出来る出会いになることを願って、お互い温かい気持ちを抱えていた。




◇◇◇◇


「まだぶすくれてるの」
ラクスとミリアリアを乗せたタクシーを見送ったキラが店舗へ踵を返すと、先ほどと寸分変わらず付いた肘に顎を乗せたままのアスランがいた。明後日の方向に顔を向けているアスランは、呆れ返った声に、視線だけを移動させてキラを見た。が、無言のままだ。
「何がそんなに気に入らないの?」
店員が新しいお茶を運んでくれる。それに小さく頭を下げながら、今度は隣ではなくアスランの正面の席へ腰を下ろした。ついさっきまでラクスが座っていた椅子だ。
ふと見るとラクスの使ったカップを下げる店員の手が僅かに震えていた。アスランから発せられる険悪な空気に、余計な緊張を強いられているのだろう。




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