友人
・
「では皆さんが揃ったところで、早速本題に入りましょうか」
「“では”じゃねーよ。一体何事なんだ?俺も暇じゃないんだけどよ」
ディアッカが苦情を言いつつ、低いテーブルに突っ伏した。言葉の通り疲れているのは察せられるが、その体勢の方が疲れるのではないかと、ニコルはどうでもいい感想を飲み込んだ。
彼とイザークはニコルの2歳上、アスランの1歳上である。当然家業を継ぐための勉強も自分たちより多い時間を割いているはずた。あれだけ女にうつつを抜かしていたくせにいつそんな時間を工面したものか、既に卒業に必要な単位は取得済みらしく、大学には籍を置いているだけになっている。まぁそれを言えばアスランなどは一学年下でありながら、彼らと同様に必要単位数は既に取得済みではあるが。
(と、余計なことを考えている暇はなさそうですね)
イザークも態度には出さないが、しっかり疲れていそうだ。ニコルはサッと頭を切り替えた。
「ニコル。俺から言わせてくれ」
だが口を開こうとした瞬間、アスランに制された。確かにアスランの一世一代の重要なイベントだ。本人が話すのが筋であるし、普段意識していないが、年下のニコルに丸投げというのはあまりにも不甲斐ない。
ニコルが引いてくれたのを見て、アスランは改めてイザークとディアッカに向き合った。
「俺、キラと結婚するから」
彼らを前にこれほど緊張したことが、かつてあっただろうか。異様な喉の乾きが度量の小ささを証明しているようで、アスランは内心で舌打ちするしかなかった。
突然何を言われたのか分からなかったのか、伏せていた顔を上げたディアッカが間抜けにぽかんと口を開けて固まっている。迷惑だという空気を全面に押し出していたイザークも、持っていたグラスの動きがピタリと止まってしまっていた。
「えーと…」
ディアッカは身体を起こし、ポリポリと後頭部を掻いた。体感的には何時間にも思われた(実際には十秒ほどだった)沈黙が破られ、漸く時が動き始める。
「それって今となってはかなり難しいってこと、理解しての宣言、だよな?」
アスランが現状を理解していないわけはないのだが、つい確かめてしまった。しかし「馬鹿な質問だ」と蔑ろにすることなく、アスランはしっかりと頷いた。
「勿論。そのためにも早急に父上には総帥の座を退いてもらう」
「────やはり、クライン家のご令嬢推しなのか」
酒のグラスをテーブルに置いて、イザークはニコルを見た。ニコルは腕組みをして2度ほど浅く頷いた。
「それはそうでしょうね。名家との縁組みを諦めたパトリック氏なら、クライン家の存在を指を咥えて見過ごすわけがない」
「ザラ家とは活躍のフィールドが違うから、ラクス嬢と結婚すりゃそっちにも顔が利くようになるからな。で?彼女自身はどんな反応なんだ?」
「会ってみたい、と言ってたな」
「は?なんだそれ?」
ニコルとイザークは「なるほど」と言わんばかりの納得顔だが、ディアッカには伝わらなかったようだ。予想してなかったアスランからの返答に目を白黒させている。
「だから、キラと会ってみたいらしいぞ」
「…………知ってんの?」
面倒くさそうに付け足した言葉はまだ不完全だったらしい。ディアッカは“アスランの見合いパーティ”でのアレコレを知らないのだから無理はないだろう。そもそもラクスとキラの接点など皆無だったはずだ。
「いつそんな機会があったか知らないが、イザークがラクス嬢に懇切丁寧に説明してくれたそうじゃないか」
抗議の意味も込めて鋭い視線を向けたアスランに、イザークは鼻で笑って再び手にしたグラスを小さく左右に振った。
「まだオフレコだがクライン家は新たな活動としてラクス嬢を全面に押し出そうと考えてる。どんなに言葉を飾ってみても、慈善活動には金が要るからな。で、ウチの傘下の銀行に相談を持ちかけて来た」
思い当たる節があるのか、ニコルも天井を眺めた。
「ああ、それならウチにも話がありましたよ。専属に出来そうな演奏者に心当たりはないかって。まだ打診程度でしたから、具体的な人材の選出には至ってませんが。でもそっか。ラクス嬢を前面にってことなら納得です。彼女、声楽部門では相当の才能がありますから。色んなところを巡って歌を聞かせる活動でも始めるのかもしれませんね」
音楽に特化したアマルフィ家の後継者が才能を認めるのだ。芸術方面に疎いアスランにも納得出来る話だった。
「それで会う機会があったんだな」
「そういうことだ。まぁ具体的な金の話しはシーゲル氏とするつもりだったから、彼女本人とは当り障りのない世間話に終始した。が、俺は正直芸術ってのに造詣が浅いし、早々に話題に尽きた時、彼女の方からお前の縁談がどうなってるのかと振ってきたんだ」
「そりゃ、彼女だってそこのところは気になるだろうしな」
次にアスランの許婚者に名前が挙がるとすればラクスに違いない。
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「では皆さんが揃ったところで、早速本題に入りましょうか」
「“では”じゃねーよ。一体何事なんだ?俺も暇じゃないんだけどよ」
ディアッカが苦情を言いつつ、低いテーブルに突っ伏した。言葉の通り疲れているのは察せられるが、その体勢の方が疲れるのではないかと、ニコルはどうでもいい感想を飲み込んだ。
彼とイザークはニコルの2歳上、アスランの1歳上である。当然家業を継ぐための勉強も自分たちより多い時間を割いているはずた。あれだけ女にうつつを抜かしていたくせにいつそんな時間を工面したものか、既に卒業に必要な単位は取得済みらしく、大学には籍を置いているだけになっている。まぁそれを言えばアスランなどは一学年下でありながら、彼らと同様に必要単位数は既に取得済みではあるが。
(と、余計なことを考えている暇はなさそうですね)
イザークも態度には出さないが、しっかり疲れていそうだ。ニコルはサッと頭を切り替えた。
「ニコル。俺から言わせてくれ」
だが口を開こうとした瞬間、アスランに制された。確かにアスランの一世一代の重要なイベントだ。本人が話すのが筋であるし、普段意識していないが、年下のニコルに丸投げというのはあまりにも不甲斐ない。
ニコルが引いてくれたのを見て、アスランは改めてイザークとディアッカに向き合った。
「俺、キラと結婚するから」
彼らを前にこれほど緊張したことが、かつてあっただろうか。異様な喉の乾きが度量の小ささを証明しているようで、アスランは内心で舌打ちするしかなかった。
突然何を言われたのか分からなかったのか、伏せていた顔を上げたディアッカが間抜けにぽかんと口を開けて固まっている。迷惑だという空気を全面に押し出していたイザークも、持っていたグラスの動きがピタリと止まってしまっていた。
「えーと…」
ディアッカは身体を起こし、ポリポリと後頭部を掻いた。体感的には何時間にも思われた(実際には十秒ほどだった)沈黙が破られ、漸く時が動き始める。
「それって今となってはかなり難しいってこと、理解しての宣言、だよな?」
アスランが現状を理解していないわけはないのだが、つい確かめてしまった。しかし「馬鹿な質問だ」と蔑ろにすることなく、アスランはしっかりと頷いた。
「勿論。そのためにも早急に父上には総帥の座を退いてもらう」
「────やはり、クライン家のご令嬢推しなのか」
酒のグラスをテーブルに置いて、イザークはニコルを見た。ニコルは腕組みをして2度ほど浅く頷いた。
「それはそうでしょうね。名家との縁組みを諦めたパトリック氏なら、クライン家の存在を指を咥えて見過ごすわけがない」
「ザラ家とは活躍のフィールドが違うから、ラクス嬢と結婚すりゃそっちにも顔が利くようになるからな。で?彼女自身はどんな反応なんだ?」
「会ってみたい、と言ってたな」
「は?なんだそれ?」
ニコルとイザークは「なるほど」と言わんばかりの納得顔だが、ディアッカには伝わらなかったようだ。予想してなかったアスランからの返答に目を白黒させている。
「だから、キラと会ってみたいらしいぞ」
「…………知ってんの?」
面倒くさそうに付け足した言葉はまだ不完全だったらしい。ディアッカは“アスランの見合いパーティ”でのアレコレを知らないのだから無理はないだろう。そもそもラクスとキラの接点など皆無だったはずだ。
「いつそんな機会があったか知らないが、イザークがラクス嬢に懇切丁寧に説明してくれたそうじゃないか」
抗議の意味も込めて鋭い視線を向けたアスランに、イザークは鼻で笑って再び手にしたグラスを小さく左右に振った。
「まだオフレコだがクライン家は新たな活動としてラクス嬢を全面に押し出そうと考えてる。どんなに言葉を飾ってみても、慈善活動には金が要るからな。で、ウチの傘下の銀行に相談を持ちかけて来た」
思い当たる節があるのか、ニコルも天井を眺めた。
「ああ、それならウチにも話がありましたよ。専属に出来そうな演奏者に心当たりはないかって。まだ打診程度でしたから、具体的な人材の選出には至ってませんが。でもそっか。ラクス嬢を前面にってことなら納得です。彼女、声楽部門では相当の才能がありますから。色んなところを巡って歌を聞かせる活動でも始めるのかもしれませんね」
音楽に特化したアマルフィ家の後継者が才能を認めるのだ。芸術方面に疎いアスランにも納得出来る話だった。
「それで会う機会があったんだな」
「そういうことだ。まぁ具体的な金の話しはシーゲル氏とするつもりだったから、彼女本人とは当り障りのない世間話に終始した。が、俺は正直芸術ってのに造詣が浅いし、早々に話題に尽きた時、彼女の方からお前の縁談がどうなってるのかと振ってきたんだ」
「そりゃ、彼女だってそこのところは気になるだろうしな」
次にアスランの許婚者に名前が挙がるとすればラクスに違いない。
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